間話5 母子問答
それはルイスがアイリーンの家に保護されて、しばらく経った頃の出来事だった。ちょうど、アイリーンを襲おうとする魔獣を追い払った少し後の話である。
ふんふんと鼻歌を歌いながら、豆を莢から取り出す作業に勤しんでいる義母フィオナに、ルイスは声をかけた。
「義母上」
「ん? どうしたの?」
フィオナは手を止め、ルイスを見上げた。
彼女はその呼びかけを、日常的なものだと思って軽く応じたようだが、思いもがけず張り詰めた顔のルイスを見て、表情を引き締めた。豆を卓に置くと改めて、
「どうしたの?」
と再度、尋ねてきた。
ルイスは、義母の対面の椅子を引いて座る。そして硬い表情で、告げた。
「アイリーンは精霊の愛し子なのでしょう?」
と。
言葉は疑問形だったが、ルイスは確信している。あの、ルイスの心を掴んでやまない少女。彼女こそが、精霊の祝福を受けた自分の対となる存在だと。
そして、先日の魔獣の襲撃を受けて、その事実に自分が気付いているということを、義母に伝える必要があると思った。
同時に何故、フィオナが不遇な扱いを甘受してまで、その事実を隠すのか、彼女の本心を知っておきたかった。
フィオナは、はっとしたような表情でルイスを見た。その反応は、ルイスの推測が正しかったことを示唆するものだった。
彼女は一瞬、迷うように瞳を彷徨わせたが、やがて観念したように一つ、大きく頷いた。
「やっぱり貴方に隠し通すことは無理だったみたいね」
そう前置くと、ぽつりぽつりと話し始めた。
「アイリーンの右肩に愛し子の印が現れたのは、アメリが生まれた後だったの」
一方で「アメリは生まれた時から愛し子の印を持っている少女」だと喧伝されていた。ということは、現世に愛し子が二人いる状態になってしまう。そして、この国の歴史の中で、愛し子が同時期に複数いた例はない。
フィオナの元夫は愛人側の母娘を溺愛していた。ゆえに、ろくに精査もせず、こちらが偽物扱いされるだろうことは、容易に想像できた。
愛し子を騙る罪は重い。
下手をすれば悪魔の子だと指さされ、アイリーンが殺されてしまうかもしれない。そう考えたフィオナは、アイリーンが真実の精霊の愛し子であることを隠す他、道がなかった。
幸い、アイリーンの右肩の印は、常時現れているわけではなかったため、周囲に隠し通すことは、さほど難しくはなかった。
とにかく、リオーネ家から離れなければ、とフィオナは思った。
我が子こそ精霊の愛し子と偽りを吐く魔女の如きカーラ。彼女が真実を知れば、やはりアイリーンを亡き者にしようとするだろう。
幸いにも、向こうから離縁を迫ってきたので、フィオナはそれを受け入れ、実家の庇護を受けながら、アイリーンを育て続けたのである。
過去の出来事を語り終えたフィオナは、静かな瞳で、ルイスを見つめた。
「この間はありがとう。アイリーンに何事もなかったのは、貴方のおかげよ」
そして確信を込めた声で、こう言った。
「ルイス。貴方は精霊の祝福を持つ者、なのね」
全てを語ってくれた義母に対し、ルイスも誠実に応えるべきだと思った。そもそも義母は最初から全てを知っていたのかもしれない、とも思う。
「……はい」
ルイスが頷くと、フィオナは言葉を重ねた。
「あの白い獣は貴方自身、もしくは貴方の力が具現化したもの。でしょう?」
「はい」
もう一度頷くと、フィオナは優しい瞳で微笑んだ。
「あの時はアイリーンを守ってくれて、ありがとう」
「私がアイリーンを守るのは、当然のことです」
そう答えると、不意にフィオナの表情が翳った。
「一つ、言っておきたいことがあるの」
至極、生真面目な顔つきで、彼女は続けた。
「別にアイリーンは、貴方の運命の相手、ではないのよ。それは、アイリーンにとっても、そう」
普通の貴族ならば、自分の娘が精霊の愛し子ならば、喜んで王家に差し出すだろう。例えばリオーネ家の当主が、アメリをカイン王子の婚約者としたように。
しかしフィオナは、あくまで当事者の意思を尊重すると告げているのである。貴族らしからぬ彼女らしい主張に思えたが、次の言葉で、そんなに単純なものではないことが知れた。
「貴方に言ってはならないことかもしれないけれど……貴方のご両親を見れば、分かるでしょう」
ルイスの両親は精霊の祝福を持つ者と精霊の愛し子だ。その立場ゆえに、当然のように婚姻を結んだ。それが長年の習わしだったからだ。当人たちの意見や心など、何の配慮もされない。
二人の結婚に愛はなかった。彼らは結婚してから後も、愛を育むことはなかった。父親は複数の愛人に入れ込み、母親は、そんな父親に愛想を尽かしていた。
「分かります」
ルイスは目を伏せた。愛のない夫婦から生まれた、愛されない子供。それが自分だった。愛は自分とは縁遠いものだと諦めていたけれど。
「でも、私はアイリーンのことが好きなんです」
初めて出会った時、確かに雷に打たれたような衝撃を感じ、彼女は自分にとって必要な存在だと確信した。しかし、その時に抱いた感情は恋情ではなかった。
けれど共に暮らす内に、少しずつ心惹かれていた。積み重ねた時が、想いを育んでいったのだ。
同時に、これも伝えておきたかった。
「義母上のことも家族として大切に思っています」
生まれではない。育った環境を大事に思っているのだと伝えたかった。
その想いは真っ直ぐ義母に伝わったようで、フィオナは慈愛に満ちた眼差しでルイスを見つめ、
「ありがとう。とても嬉しいわ」
とルイスの親愛の情に応えた。
しかし、次の瞬間、目を三角に吊り上げて、
「でも、アイリーンの意に染まないことをしたら、ぶっ飛ばします」
と凄んだのだった。
目が、この上なく、本気だ。
アイリーンに無理強いをしたら、即、殺られる、と思った。しかし。
「はい」
ルイスは自信を持って頷いた。
自分が、彼女に対して無理強いすることなど、あり得ない。
ルイスにとって、彼女が幸せであることが一番なのだから。




