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私から全てを奪っていく義妹から逃れたい  作者: しののめ


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50/53

20-2

 鍵を厳重にかけていたにもかかわらず、窓が開け放たれていた。

 そこから差し込む密やかな満月の光により、普段より明るい夜更け。その中に黒尽くめの存在が二つ、蠢いていた。

 顔を覆う布地から覗く瞳は、底なし沼のように暗く、明らかに殺意を帯びている。


(殺される……!)


 成人した、恐らく訓練されているだろう大人と、幼い少年。その結果は火を見るより明らかだ。


 振り上げられた刃。それを見た瞬間ーー。


 どくり、と心臓が鳴った。


 同時に全身が燃えるように熱を帯びる。自分の体が、この世の摂理を超えて組み替えられる、不思議でいて不快な感覚。

 それは、とても長い時間のように思えたが、実際には一秒も経っていなかっただろう。


 その日、初めてルイスは化身したのだった。


⭐︎


 白い毛並みを持つ獣のしなやかな肉体は、暗殺者を軽々と押し潰した。鋭い牙で、ナイフを奪い取り、容赦なく皮膚を引き裂く。その肉体は、はじめから戦い方が組み込まれているかのよう、易々と襲撃者を屠っていった。


 窓から差し込む月の光が、獣の純白の毛並みを美しく輝かせる。その姿はコーネリア王家の紋章である聖獣そのものだった。


 しかし、ルイスが自分の正体に気づくのは、この時ではなかった。この時のルイスは理性を失い、ただただ、本能的に危険だと判断し、部屋の窓から飛び出して無我夢中で走っていた。


 獣の足は、人の足より遥かに速い。たとえ他に暗殺者たちがいたとしても、決してルイスに追いつくことはできないだろう。


 そうして走り続け、やがてルイスは、全く見知らぬ土地に辿り着いていた。


 後から考えると、訳もわからず走っていてようでいて、化身したばかりの体は己が必要とする場所を求めて動いていたのだろう。


(ここは……?)


 ふと理性が戻る。それと同時に体が軋んだ。

 自分が「人間である」ことも思い出すと、姿が元に戻った。不思議なことに、聖獣と化す前の姿……衣服は着たままだった。


 ルイスはじっと自分の手を見つめる。先程まで鋭い爪を持ち、地面を蹴っていた手だ。


 ーー自分が人とは違う「何か」であることを、まざまざと突きつけられた日だった。


 人々はそれを、精霊の祝福だとか言って大層ありがたがるらしいが、その実態は異形と化す力だ。


(気持ち悪い……)


 その時のルイスにとって、自分の中に潜む力は、そういうものだった。


 と、その時。


 パキ、と枝を踏み締める音がした。

 この状況ならば、追っ手かと身構えるべきだろうが、聖獣と化したばかりで、未だ鋭敏な感覚が抜けないルイスには、その足音の主が誰か、すぐさま感じ取ることができた。


「フェルナン……」


 恐らく駿馬で追いかけてきたのだろう護衛の青年は、ルイスの無事な姿を見て安堵の息をついたのち、膝を着き、深く首を垂れた。


「襲撃者の侵入を許してしまいました。申し訳なく存じます」


 そして顔を上げると、悲壮な顔つきで告げた。


「この失態は、私の命でお詫びいたします」


 そう言って躊躇いなく剣を抜くフェルナンに、ルイスは鋭い制止の声を上げる。


「やめろ!」


 部屋に充満する襲撃者たちの血の匂いを思い出す。それは死の匂いだ。今はこれ以上、死の気配と接したくなかった。


 叫んだと同時に、自分の中から、何かが抜けていくのを感じた。それと同時に、


「これは……」


とフェルナンが驚く声が聞こえた。


 白い獣が、そこにいた。獣はフェルナンの手にあった剣を奪い取ったらしく、口に咥えている。フェルナンは呆然と、自分の手と獣の口にある剣とを交互に見比べていた。


 ルイスは、じっと白い獣を見つめた。


 それがどういう存在であるかは、本能的に理解できた。


 自分の分身のような存在。


 聖獣に化身することができるのは自分だが、それに似た存在を顕現させ、使役することができるのだ、と。


 戻れ、と念じると、白い獣はすっと煙のように姿を消した。剣が地面に落ちたが、フェルナンは拾わなかった。

 同時にルイスは、自分の中から抜けていた「何か」が戻ってきたのを感じた。


「……」


 ルイスはフェルナンに向き直る。絞り出すようにして告げた。


「もう、血の匂いは、うんざりなんだ」

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