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そんな担任を、カーラは見下す目で一瞥する。
「私、最近塞ぎ込んでいる娘のことが心配だったので様子を見に来たのです。何もおかしいことなど、ございませんでしょう?」
「お嬢様をご心配されるのは、ごもっともです!」
長い物に巻かれまくっている担任は、カーラの言葉を全肯定してご機嫌を取ろうとする。けれどカーラはぎろりとひと睨みして黙らせ、言葉を継いだ。
「それなのに、みんなして私を引き止めてーーどういうつもりなのかしら」
ここに来るまでの間、随分と制止されたらしい。
精霊の愛し子の母である自分が、思うがままに物事を進めることができなかった。そのことが、腹に据えかねているようだ。
「まさか、精霊の愛し子である私の娘を蔑ろにしている、なんてこと、ありませんわよね?」
担任は、蛇に睨まれた蛙のように動けない。
カーラは懐から取り出した扇を担任の顎に当て、くいっと持ち上げる。
「私の娘は特別なのです。その辺の取り柄もない平凡な学生たちとは立場が違いましてよ? なぜ、そんな簡単なことも分からないのでしょう」
怯えた瞳の担任に対して吐き捨てるように言ったのち、威嚇するように教室を見渡したカーラは、私に目を止めると、忌々しげに睨みつけてきた。
言葉以上に感じる、重苦しい圧力に教室内が萎縮している一方で、アメリとその取り巻きたちは、勝ち誇ったようにふんと鼻を鳴らした。
担任がこの調子だと、
(あー、またアメリが好き放題するんだろうな……)
と心の底からうんざりしていたところで、また、扉の方から声が聞こえた。
「こちらでございます」
先ほどのカーラとは違い、丁重に案内されている様子が窺える。それと同時に、声が響き渡った。
「何を騒いでいるのです?」
凛とした、よく通る澄んだ声。その声に聞き覚えがあるような気がして、記憶を手繰り寄せている間にも、その声の主は教室に入室してきた。
すっと真っ直ぐに背筋が伸びたその姿を見て、はっと思い当たる。
(あの時の……)
図書館の花壇で会った、品の良い貴婦人だ。
理知的な面差しをしていたので、先生かなと思っていたのだけどーー今、彼女が着ている服装から、そうでないことが分かる。格調高い、気品ある青のドレスが彼女の高貴さを、教育に場に相応しい落ち着いた意匠が彼女の賢明さを裏付けていた。
彼女の隣には学園長が控えていて、額に汗を浮かべておろおろしていた。
我に返った担任も、慌てて彼女に頭を下げた。カーラにしたものより、更に深く。同時にクラスのみんなが立ち上がったので、私も倣って立ち上がった。
その女性と不意に目が合う。彼女は優しく微笑んだ。
その後、貴婦人はカーラに向き直ると口を開いた。
「あら、カーラ。こんなところで何をしているの?」
優雅な、けれど凛とした芯のある声。その一声で、教室内に澱んでいた重苦しい空気が清涼な物に変わった。
「カーラ。貴方は精霊の愛し子の母親にすぎないのよ。出過ぎた行動はおよしなさい」
彼女はカーラの圧をものともせず、ぴしゃりと言い放つ。
「……」
カーラは忌々しげに眉を顰めるが、反論はしない。ーーいや、できないのかもしれない。
「それと、ここは栄えある王立学園です。愛し子だからといって特別扱いしません。入学の際、そのように伝えていたはずですが、どうやら守られていないようね」
そう言って彼女は厳しい目つきでアメリを見た。先ほどまで意気揚々としていたアメリは一転、気圧されたように身をすくめる。
一変した空気に、カーラが忌々しげに舌打ちした。
「お役御免の精霊の愛し子の残滓が、偉そうに」
低い声で発された侮辱の言葉に、その場にいた全ての人々が凍りつく。
皆の微妙な視線に気づいたカーラは、取り繕うような笑みを頬に貼り付けると、
「ごめんなさいね。私は重大な役目を背負わされた娘が心配だっただけなのです。学園では皆、平等に扱うのでしょう? 私の娘も、どうぞ敬意を持って平等に扱ってくださいませ」
と、そう言い残し、くるりと踵を返した。そのまま退室して行く背中を見るだけで、カーラが怒りに震えているのが分かった。
対する学園長に伴われた貴婦人は、私に視線を送ると、柔らかく微笑んだ。
そして私は知った。
(この方は、コーネリア王家の王妃ーー)
先代の精霊の愛し子だ。
王妃様は私の元へ近づいてきて、私の手を取った。そして親しみを感じさせる口調で、こう言った。
「アイリーン。今まで私の息子と仲良くしてくれて、ありがとう。これからも、どうか、よろしくお願いします」
と。
その言葉に、周囲がざわついた。
王妃様の息子。
ずっと私と仲良くしてきた男の子。
それに当てはまる人物は、一人しかいなかった。
けれど、私は、そう驚かなかった。
どこかで私は、それに気づいていたのかもしれない。
彼が、この学園に易々と入り込めたこと。しかも女生徒と性別を偽っても誰も咎めないこと。フェルナンの人脈。お手伝いさんなのに異様に強いステラ。
ーールイスは何らかの理由で素性を隠す必要があったのだろう。
ルイス・コーネリア。
彼は、この国の王子だ。




