18-1 二人の母
狩場での襲撃の後、
「妙な薬を嗅がされたと聞きましたし、怪我もしていますからね。絶対安静ですよ」
とルイスから、しばらく安静を仰せつかってしまった。
舞の日以来、母の元へ一度戻っていたはずのフェルナンも駆けつけてくれて、ステラとルイスとで深刻な顔で何か話し込んでいた。
その後、ルイスと二人きりになった時に、こう言われた。
「アイリーン。今回のことは序章に過ぎません。これからも魔獣が頻繁に出現すると思われますので、そのつもりで」
「うん。……でもどうして、こんな急に?」
魔獣は昔からいたけれど、もっと闇の中に秘められた存在だったはずだ。
「敵も焦っているんですよ」
苦い表情をしたルイスの答えに、私の中の疑問はますます膨れ上がる。
敵って何? ルラ教団のこと? そもそも何故、私が狙われたの?
尋ねたいことは山ほどあったけれど、
「アイリーン」
と畳み掛けるようにルイスが言葉を重ねてきたので、喉の奥に飲み込んだ。
「今回のようなことがあった時は、すぐに心の中で私の名前を思い浮かべてください」
「ルイーゼの?」
問い返すと、ルイスは軽く頭を振ると私の手を握り、真剣な瞳で告げた。
「いえ……私の本当の名前はルイスですから、ルイス、と」
そして私の手を握ったままの手を、自分の頬に押し当てる。
「私ももふもふも、どんな時でもアイリーンの元に駆けつけますからーー絶対に」
「うん」
心の中で名前を呼んだだけでどうにかなるなんてこと、あるはずがない。理性ではそう思うのに、なぜかルイスの言葉は信じられるようなーー願えば、すぐに駆けつけてくれるような、そんな確信があった。
また、そんなに大した怪我でもないのに、カイン王子が随分と責任を感じてしまったらしく、忙しい身の上にもかかわらず、何度もお見舞いに来てくださった。
毎回、綺麗なお花をくださるから、なんだか恐縮してしまう。
ちなみにカイン王子が来ると、ルイスが少し機嫌が悪くなってしまうのには困ってしまった。
「ここにせっせと来るより、不審者の対策とアメリをどうにかしてくれませんかねえ」
などなど、事あるごとに嫌味を飛ばすくらいだ。相変わらず一国の王子相手にも物怖じしないし、何故かカイン王子も、それを咎めることなく、
「……善処する」
と真剣に受け止めていた。
そんなふうに五日間ほど療養したのち、学園への登校を許された。
久しぶりに教室に入ると、周囲の空気が少し、いつもと違っていた。
まず教室に入って席に着くと、
「大丈夫だった?」
と声をかけられた。教室で同級生から話しかけられる時は基本、アメリとその取り巻きがいない時だけなんだけど、アメリがいても話しかけてくるのは、ちょっと驚く。
大丈夫なのかな? って逆に心配をしてしまった。
アメリの様子を横目で窺うと、きっと鋭い目で睨んでくる。だけど、何か言われるようなことはなかった。
カイン王子が何か働きかけてくれたのかもしれない。それもアメリだけではなく、学級全体に。
(ずっとルイスに注文をつけられていたからかな)
そんなことを考えていると、ふと廊下が騒がしいことに気付いた。
「お待ちください! 勝手に中に入られては……!」
何だろう、誰かが制止しようとする声が聞こえる。だけど上手くいかなかったようで、程なくして扉が開く。
何事かとざわめく教室の中に、一人の女性が足を踏み入れた。
およそ学園には似つかわしくない、黒を基調とした艶やかで扇情的なドレスに身に包んだ妖艶な女性。
(あれは……)
私は思わず息を呑んだ。その顔は、忘れたくても忘れられないものだった。アメリが彼女を見て、嬉々として立ち上がる。
「お母様!」
(カーラ……)
その女性は、アメリの母であるカーラだった。
久しぶりに見たカーラは、最後に見た時から全く見た目が変わっていなかった。ーー怖いくらいに。
彼女は踵の高い靴でカツカツと床を打ち鳴らしながら、教壇の前に立つ。そして傲然とした眼差しで教室を見回したのち、脇に退いた担任に視線を移した。
「先生」
美しいけれど、絡みつき締め上げるような声。担任はびくっと身を震わせて「はいぃ!」と裏返った声で返事をした。
お読みくださった皆さま、そして前回の後書を見て応援アクションをしてくださった方々、本当にありがとうございました!




