15-2
私の前に立っていたのは、一人の男の子だった。
(誰……?)
見覚えのない人だ。同じくらいの年に見えるので、王立学園の生徒なのかもしれない。ただ級友ではないので、他のクラスか別の学年の子だろう。
でも、本当に全然知らない人だから、こんなふうに馴れ馴れしいほど親しげに呼びかけられるのは、ちょっと不気味だ。
「何か私に御用ですか?」
そんな私の警戒心に気付く様子もなく、彼は突然、私の手を取った。
「……っ」
驚いて手を引っ込めようとしたけど、遅かった。彼は、私の右手を両手で包み込むようにして握り込むと、熱っぽい目で私を見る。
「この間の舞、すごく綺麗だった。それを伝えたくて」
どうやら、昨日の舞の感想を言うために声をかけてきたらしい。舞が綺麗だったと言ってもらえるのは素直に感謝するべきことだと思ったので、
「ありがとうございます」
と私は椅子から立ち上がり、礼を言う。同時に、
「あの、手は離してもらえませんか?」
と訴える。でも、相手は私の言葉なんて全く耳に入っていない様子で、自分に酔っているような芝居がかった口調で続けた。
「いや、綺麗なんて言葉じゃ足りない。神秘的というか見ているだけで心が洗われるような、そんな特別な舞だった」
「はあ」
確かに私は必死に舞ったけれど、それが観客の目にどう映ったかは、私には分からないことだ。だから、こんな気の抜けた声しか出すことができない。
けれど、相手の青い瞳は、未だ食い入るように見つめてくる。その言動からは、何かに操られているかのような、得体の知れない気味の悪さを感じた。
「君は特別な人なんだ。だから僕と……」
すごく押し迫ってくるから、私は反対に仰け反る。さして親しくもないのに、近い。すごく嫌だしーー怖い。
(ルイス……っ)
早く戻って来て! と心の中で願うと同時に、
「アイリーンに何か用ですか?」
と手に袋を下げたルイスが、にっこりと微笑みながら割り込んできた。男子生徒が私の手を握っているのを見ると、一瞬、眉をひそめる。そして男子生徒の手首を荒っぽく掴み、
「手を離してください」
と言った。
その一言には、不思議なくらいに力がこもっていた。決して逆らうことができないような、圧力というものだろうか。
しつこい男子生徒は、びくっと体を震わせ、慌てたように私から手を離した。解放された私を、ルイスは即座に自分の背後に庇ってくれた。
ルイスは紙袋を長椅子の上に置くと、改めて少年に対峙する。
「それで? アイリーンに何か用でも?」
口元は笑みを浮かべているが、目は凍えるほどに冷たい。もしかするとそれは「殺気」に近いのかもしれない。
言葉を失うほどに綺麗な少年の、刺すほどに鋭い視線。全てが男子生徒を圧倒していた。
「な、何でもありません」
気圧された男子生徒は、なぜか敬語でそう言うと、逃げるように去って行ったのだった。
(良かった……)
私はほっと息をつく。そしてルイスに向き直って礼を言った。
「ありがとう。助かった」
「すみません。ちょっと目を離した隙に、あんな輩をアイリーンに近づけてしまいました」
「いやいや、ルイスのせいじゃないし」
私に付け入る隙があったのだろう。でも腑に落ちない。
「でも、私に迫ってくるなんて、不思議ね」
するとルイスは、びっくりしたように目を見開き、軽く首を横に振った。
「いえ、アイリーンは最近、綺麗ですからね。気を付けてください」
「私が……綺麗……?」
何かの間違いだし、家族の贔屓目だろう、と笑い飛ばそうとしたけれど、
「本当にそうだね」
と唐突に、ルイスの言葉に相槌を打つ声が聞こえた。
さっきのことがあるから、私たちは同時に振り返る。警戒心は全開だ。
……そこに立っていたのは、先ほどと同じく私たちと同じくらいの年の少年だった。
でも、こちらは十分に見覚えがある。面識はないけれど、有名な人だ。
カイン王子といつも一緒にいる友人。私がカイン王子を初めて見た時、王子の側にいた男子生徒だ。
宰相の息子で、確かユーグという名前だったと思う。
彼は、私たちの側に近づいてくると、人好きのする笑顔をこちらに向けてくる。
「直接話をするのは初めてだったかな? 初めまして、アイリーン。僕はユーグ」
「初めまして、ユーグ様」
私も愛想良く応じる。
ーールイスはだんまりだけど、正体を明かすわけにはいかないので、まあ、仕方ない。ユーグ様も気にした様子はなく、
「この間の舞は、本当に綺麗だった。……誰も報復を恐れて口には出さないけれど、間違いなくアメリが霞んでしまっていたよね」
と言いつつ、にこり、と爽やかに笑う。そういえば、この人、家柄が良いけれど偉ぶったところがないって、女の子に凄く人気だったな。
「さっきの輩みたいに強引なのは論外だけど、僕も君のファンになってしまったよ」
そう言いながら、手を差し出してくる。
「それと是非、カイン王子とも仲良くして欲しい」
「はぁ……」
カイン王子は思いのほか良い人だったけれど、彼には既にアメリという婚約者がいるので、適度な距離を保つ方が、正しいあり方だと思う。
……どういう思惑があるのか分からないけれど、相手は宰相の息子だ。無下に断ることもできないので返事を濁しつつ、握手だけでその場を収めようとすると、
「それは難しいことですね」
と言いながら、ルイスが私とユーグ様の間に割って入ってきた。




