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2-3

 それは、私が八歳になる少し前の話だ。


 離縁された母に与えられた屋敷は、小さなものだったけれど、土地は意外と広かった。あまり手入れされていないものの小さな森や泉があって、自然豊かな場所だ。

 リオーネ家という狭苦しく不自由な生活から解放された私は、その緑豊かで開けた環境を、ほどよく満喫していた。


 そんなある日、私は森に出掛けた。

 先述のとおり、その森は母の土地の敷地内。私にとっては広い遊び場だった。

 腕には籐の籠。森の中には、甘酸っぱい小さな赤い実が生っていて、それを摘んで持って帰るための入れ物である。


(どれがいいかなー)


 実の熟し具合を見定めていると、ふと傍らの木の枝に止まっていた小鳥が、私の側に舞い降りてきた。ちち、と鳴いて、警戒することなく腕に止まる。


 昔から、何故か私は動物に好かれるたちだった。だからか、リオーネ家で話し相手を奪われ一人ぼっちになっても、寂しさを紛らわすことができた。


 小鳥が飛び立つ。どうしてだろうか、その子は私を待つかのように振り返りつつ飛ぶものだから、私は「森の外に出なければいいか」と小鳥の先導について行った。

 でも小鳥の後を追っているうちに、何かひどく、追い立てられるような焦燥感が私を襲った。


 早く。早く行かなければ。


 意味もなく、そんなふうに思う。


(私を……待っている)


 何故か右肩が熱い。

 急がなきゃ。

 足取りが次第に小走りになる。いつの間にか小鳥はいなくなっていたけれど、私の足は目的地を知っているかのように「何か」を目指している。

 やがて。


(この辺……)


 何の気配もしない場所。

 だけど確信があった。何か、いる。

 茂みをかき分ける。すると、そこには……子供がいた。


 小さな子供が、しゃがみ込んでいた。膝に顔を埋めて微動だにしない。少し肩が震えていて、泣いているのかと思った。


「ねえ、どうしたの? 泣いてるの? それとも怪我をしているの?」


 私の存在に気付かないはずもないのに、反応しない子供に、私はめげずに声をかける。


「歩けないの? どこか痛いの?」


 今、思い返すと、相手は随分とうざいと思ったことだろう。でも仕方ない。当時の私は、その子の存在が、気になって気になって仕方がなかったのだから。

 相手は、このまま黙っていても私を追い返すことはできないと悟ったのだろう。


「……」


 その子は、顔を上げた。


「……!」


 私は思わず息を呑む。


 顔を上げたその子は、びっくりするような美少女だったのだ。


 年の頃は私とあまり変わらないように見えるけれど、少しだけ幼いような気もするから、1、2歳年下かもしれない。

 整った顔立ちに夢見るような瞳。柔らかそうな金の髪。長いまつ毛は頬に影を作り、憂いを帯びている。


(すごく……綺麗……)


 着ている服も若草色の上品なドレスで、首には何か狼のような動物を模したペンダントの首飾りをしている。その美貌に、幼心に、うっとり見惚れたことを覚えている。だけど直ぐに姿勢を正す。この子はずっと茂みの中に隠れていて、しかも幼いのに一人きりなのだ。ただ事ではない。事情を聞かないと、という使命感に駆られる。


「おうちは、どこ?」


 迷子だろうかと思ったので、そう尋ねてみる。でも、その子はふるふると首を横に振る。


「帰れない」


 帰れないってどういうこと? 首を傾げ……ふと一つの考えが頭に浮かんだ。


(もしかして捨てられた……?)


 貧しい家では、生活の苦しさのあまり、子供を捨てたり売ったりする親もいるという。もし、そうだとしたら、この子は帰る場所もない、本当の一人ぼっちだということだ。

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