15-1 お買い物に行こう
朝の講堂で、精霊に祈りを捧げる催しがあった後は、いつもどおりの授業が行われた。
その日は一日、舞のこともあるけど、教室の同級生の視線が、何だか今までと違う感じがして落ち着かなかった。例えばアメリとその取り巻きがいない時に、何人か私のところにやって来て、
「とても綺麗だったよ」
「踊り、すごく上手なのね」
と声をかけてくれたり。
いつもと勝手が違う濃い一日だったから、家に戻ると、どっと疲れが襲ってきた。
「疲れたー」
昨夜と同じように呟いて、ふかふかのソファに腰を下ろす。
でも何だろう、昨日の疲労感とは質が違う感じで、達成感のある疲れだ。
「お疲れ様でした。これをどうぞ」
さっとステラがミルクをたっぷり入れた温かい紅茶を持ってきてくれる。フェルナンの姿は見当たらなかった。
ステラにお礼を言って、カップから一口、紅茶を含んだところで、先に帰宅していたルイスが私の後ろに立った。
「お疲れ様。とても綺麗でしたよ。妹として鼻が高いです」
ルイスはとても嬉しそうに言いながら、私の肩を揉む。いい感じの力加減で揉まれると、強張った筋肉がほぐれていく。とても気持ちが良い。
私が目を閉じて、ルイスの施術に身を委ねていると、彼は私の頭を撫で、
「アイリーン。明日はお休みですし、買い物に行きましょうよ。美味しい焼き菓子屋さんがあるそうですよ」
と提案してきた。
「疲れた時には甘いものが一番でしょう?」
確かに色々気疲れしたし、甘いお菓子は魅力的だ。
「それもいいかも」
と答え、私とルイスは城下町に買い物に行くことになった。
☆
さて。
一緒に住んでいるんだから、一緒に家を出ればいいのに、
「ちょっと用事があって先に出ますね。店で直接、落ち合いましょう」
とルイスは何故か、いそいそと先に出て行き、王都にある美味しいお菓子で有名なお店で待ち合わせることになった。
そして……。
「なんで、その格好なわけ?」
私は呆然としながら尋ねた。
待ち合わせの場所で待っていたルイーゼは……男の子の格好をしていた。
(しかも、なんか気合い入ってる)
最近のルイスは、家では男の子の格好をしている。でも、外出する時はいつも女の子の格好をしているから、私はてっきり、ルイーゼとお出かけのつもりでいたのだけど。
でも、ルイスは楽しげに返す。
「え、だってこの方がデートらしいでしょう?」
「デートじゃない。お買い物」
私は即座に訂正しておいた。
なるほど、この格好に着替えるために、先に出て行ったのね。一緒に家を出る時に、この格好をされていたら、間違いなく私「着替えて」って言っていた。けれど。
「大丈夫かな?」
ルイスも私も、学園ではちょっと悪目立ちしているところがある。そして休日の王都は人出が多いので、ばったりと学生に遭遇してしまう可能性がある。そこでルイスの姿を見た時に、
「あれ? 誰かに似てる?」
ってならないか、とても心配。王立学園で性別を偽って通ってるなんて知られたら、ちょっとまずいんじゃないかなぁ。
その懸念を伝えるけれどルイスは、
「大丈夫ですよ。うまく躱しますから」
と楽観的だ。
でもまあ今更、着替えろと言っても仕方ない。時間も無駄になるし、そのままルイスと一緒に買い物に行くしかなかった。
☆
新作の焼き菓子の他にもあれこれ買い込んで、どっさりと荷物を持った私たちは、王都の中心に位置する中央公園で足を止めた。
中央公園は綺麗な円形で、真ん中に大きな噴水があり、周囲には休憩にぴったりの長椅子が配置されている。
露店なんかも出ていて、デート中の恋人たちや、家族連れなどで賑わっている。ちょうど、母親と子供が休憩を終えて長椅子から離れたので、私たちはそこに腰を下ろした。
「いっぱい買ったね」
「まあ、ほとんど文房具や新しい家に足りなかったものですけどね」
ルイスの言うとおり、買ったものはほとんどは生活必需品だ。私もルイスも、あんまり享楽的な買い物の仕方はしないたちなのだった。
それにしても、本当に王都は人が多い。未だ人混みに慣れない私にとっては、人の波を縫って歩くのも一苦労だった。
人心地ついて、ふうと息をつくと、
「アイリーン、ちょっと疲れたんじゃないですか」
とルイスは気遣わしげに私を覗き込んできた。本心を隠すような間柄じゃないから、正直に答える。
「うん、少し人に酔ったみたい」
「私が浮かれて連れ回したせいですね……。何か飲み物を買ってきますから、ここで待っていてください」
そう言ってルイスは、荷物の番を私に任せて、露店に向かっていった。
私は長椅子に腰掛けて、人の流れをぼんやり眺めながら、ルイスの帰りを待つ。
(なんだか、本当にデートみたいになっているんだけど……?)
今日のルイスは終始、男の子として、私をエスコートしてくれる。ルイスの綺麗な容姿が、どうしても人目を引いてしまうのが心配だったけれど、決して嫌な気分じゃないのは、どうしてだろう。
(でも、ルイスも楽しそうにしてた)
女の子として学園に通う日々は、やはり気が張っているのかもしれない。だとすれば、ルイスも気分転換になったのなら、良かったなあ、なんて足元の荷物を見守りながらぼんやりを考えていると、不意に、
「アイリーン」
と頭上から名前を呼ばれたので、私は顔を上げた。




