閑話4 ある男子学生の独白
最初は、野次馬根性だった。
「今回の舞、いつもと違わなくね?」
「なんか、姉妹対決みたいなのをするらしい」
講堂に向かう生徒たちが、がやがやとお喋りをしながら歩いている。
今日は国民が精霊に感謝の祈りを捧げる日で、この王立学園でも毎年、全校生徒が集まってお祈りをすることになっている。
精霊の愛し子という身分を振りかざし、学園で幅を利かせているアメリ様。その異母姉であるアイリーンが、アメリ様と同じ舞台で精霊に捧げる舞を踊ることになったらしい。ーーどう考えてもアイリーンは引き立て役として選ばれただけだろう。
(とんだ災難だな)
そもそも精霊に捧げる舞は特殊なもので、一般人がその作法を知っているはずがない。
一体、どんな道化に仕立て上げられるのだろうか、と哀れにも思いつつ、興味もあった。
性格が悪いと言うなかれ。庶民にとってお高い貴族様がたのいざこざは、娯楽でしかないものだ。
僕と同じようなことを考えている物見高い学生たちも多いだろう。
(それに、アメリ様とその取り巻きたちは、ご満悦だろうなぁ)
さて、学園の講堂は全校生徒を収容できる十分な広さがあり、客席と舞台がある、ちょっとした劇場のような作りだ。そして王家の紋章である純白の聖獣が刺繍された紅の緞帳が、重厚な舞台を彩る。
ゆっくりと幕が上がり……それは始まった。
先に舞ったのはアメリ様だ。この催しは毎年行われるため、彼女は既に場数を踏んでいる。緊張することもなく、自然体で挑むことができるだろう。
慣れた、間違いのない動き。舞のための純白の衣装がひらひらと揺れ動くのが、とても幻想的だ。
そして舞が終わる。
そつなく舞台をこなしたアメリ様は、満足げな笑顔で客席を眺める。まさに「どうだ」と言わんばかりの自信満々の表情だ。
彼女は確信しているのだろう。この自分の完璧な演技の後に舞うアイリーンが、赤っ恥をかくことを。
(さてさて、どうなることやら)
みな、興味津々で次の登壇者を待っている。
やがて……その人は、観客席がまだざわついている中、舞台袖から姿を現した。
アメリ様と同じ衣装。明らかにアメリ様の方が器量が良いはずだったがーー決して見劣りしないのは何故だろう。
それは多分、その子が舞台に出てくるだけで、空気が変わったからだ。清らかで、ぴんと張り詰めた空気。けれど、どこか柔らかな気配が彼女を包んでいた。そう、まるで本当に何かに祝福されているかのように。
アイリーンは少し緊張した面持ちで舞台中央に立った。観客の不躾な視線に一瞬たじろいだ気配も見せたけれど、すぐに立ち直る。
綺麗な姿勢。真っ直ぐな眼差し。
そして観客に向けて一礼し……最初のポーズを取った。精霊に祈りを捧げる姿を模した動きだ。
音楽が鳴る。少女の手首に装飾された鈴が、しゃらん、と清浄な音を鳴らした。それが舞の始まりの合図。
アイリーンが舞い始めた。
そして……客席は、しんと静まり返った。
おおかたの予想に反して、彼女の踊りは驚くほど綺麗だった。神々しいとさえ感じるほどに。
指先まで意識が通った動き。重力を感じさせない羽根が生えたかのような跳躍。全ては無駄なく、しかし優美に。
それは祈り。
少女が精霊に捧げるもの。
否、そこにいるのは、本当に「人」なのだろうか。
アメリ様と全く同じ動きであるはずなのに、全然違う。いや、動きではない。根本が違うのだ。
アイリーンの視線も、どこか、世俗とは違う別の世界を見つめているようだった。
空気が浄化していくような清浄な感覚。
僕だけではない。恐らく会場にいる誰もが彼女の舞に魅了されていた。
やがてーー音楽が鳴り終わり、少女の舞は終わった。
僕は思わず拍手をしようとして……その手を止めた。アメリ様の取り巻きたちにぎろりと睨まれたからだ。
しかし、前方の席の一人が、空気を読まず大きな拍手をした。
(あれは……)
アイリーンの義理の妹であるルイーゼという少女だ。驚くほどの美少女で、頭の回転も良く、運動神経も抜群。ただし、義理の姉であるアイリーンにしか興味がない変わり者だ。
その少女の拍手に釣られたよう、その隣の学生が手を叩き出す。それに誘われて、また隣の子も。
やがて拍手は彼女を中心に広がり、アメリ様と同等……いや、それ以上の盛大な拍手のうねりとなったのだった。
(い、いいんだろうか)
アメリ様の顔を潰すようなことをして。けれど自分もいつの間にか、拍手をしていた。アメリ様は怖いけれど、それ以上に彼女を讃えなければ「精霊に失礼だ」と感じた。
手のひらが痛くなるほど拍手をしながら、ふと観客席の端を見ると、まさかの人物が舞台上のアイリーンをじっと見つめていた。
いや、これは本来、アメリ様の晴れの舞台だ。来ていてもおかしくはない。
(カイン王子……)
アメリ様の婚約者で、この国の王子。
しかし彼はアメリ様でなく、アイリーンを見つめていた。いつもの冷静で感情を表さない瞳が、囚われたようにアイリーンの姿を映していたのだった。




