14-1 精霊の愛し子の舞
学園では朝一番に、その日の連絡事項を担任が生徒に伝える時間が設けられている。
というわけで、教壇の前に立った担任が、生徒全員を見渡しながら、こう告げた。
「明日は精霊の愛し子が、この国に降臨された日と言われています」
学園の催しについて、途中編入したばかり私はそんなに詳しくないのだけど、少し前からアメリが妙に忙しそうにしていたことには気付いていた。
『お姉様は暇でよろしいですわね』
と勝ち誇ったように言われたけどーーいいじゃないですか。私はのんびりと勉強しながら静かに過ごすのが好きなんです。
「明日は全校生徒一同で、我が国に祝福をもたらしてくださる精霊に感謝の祈りを捧げる日です。皆さん、この時間には講堂に集まっていてくださいね。また例年どおり精霊に捧げる舞を愛し子が舞われます」
つまり、精霊の愛し子であるアメリが、王国の繁栄と安寧を祈るために、全校生徒の前で舞を舞う催しが明日、あるらしい。なかなかの特別待遇だ。
私は、まあ「へえ、そうなんだー」って他人事として聞き流していたんだけど、不意にアメリが挙手して、立ち上がった。
……嫌な予感。
「明日の舞なんですけど……」
皆の注目を浴びる中、アメリは殊勝な表情で、そう切り出した。
「私一人だと不安で……お姉様も一緒でよろしいですか?」
……嫌な予感、大的中!!
いやいや、そんな繊細な人間じゃないでしょう、貴女は。というか、毎年のイベントなんでしょう? 今更、不安とか、絶対ないわー。
クラスメイトの中立の子たちも「ないわー」という顔をして目を逸らしている。
しかしアメリは、なよなよとしなを作りながら、畳み掛けてくる。
「お姉様が後に控えていると思うと、安心しますから」
よくもまあ、心にもないことをつらつらと並べ立てることができるのか。呆れるを通り越して感心してしまう。
一方で、教師の方は愛し子にここまで言われて断ることは難しいのだろう。ちょっと困った表情をしつつも、
「なるほど。一理あります」
と頷いた。
……いや、一理ないでしょう。日和らないでください。
(明日のことでしょう? 無理だって!)
何か、それなりの理由をつけて断らないと。
「あの、愛し子の舞は……」
恐れ多くて凡人の私にはできません、と上手にへりくだって断ろうとする私の声を遮るように、アメリの取り巻きたちが賛同の声を上げた。
「それがよろしいですわ。愛し子の姉君ですもの。素晴らしい舞を見せてくださると思いますわ」
「姉君様の舞を見てみたいですわ。皆さま、そう思いませんこと?」
「姉君のために活躍の場を設けられるなんて、アメリ様はなんてお優しいのでしょう!」
「きっと素敵な舞台になりますわ」
彼女たちは素晴らしい一体感で、私の退路を断ってくる。
そうなると、もう反対意見など、通る余地もない。
教室には、アメリやその取り巻きに良い感情を持っていない人もいるのだけど、なんといってもアメリは精霊の愛し子で王子の婚約者だ。表立って敵対できないし、関わりたくない、というのが一番の本音だろう。そっと目を逸らしている彼らの立場を非難することはできない。
「では、決まりですね」
教師はそう告げると、これ以上関わりたくないといった様子で、そそくさと教室を出て行った。
そうして私の出演は、私の意思に関係なく、勝手に決まってしまったのだった。
……アメリ派ではない生徒たちの同情の目が痛かった。




