11 乙女の寝室と二人の日常
窓の外から、チチチと小鳥が爽やかに囀る音が聞こえる。それは朝を告げる歌声。そろそろ起きる時間だな、と思って目を開けようとすると。
「アイリーン、朝ですよ」
そんな声が、私の耳元に聞こえてきた。しかも、ふうっと息を吹きかけてくる。
「ちょっ……」
背中がゾワゾワして鳥肌が立つ。私は慌てて飛び起きて、その悪戯の主を睨みつけた。相手は悪びれることもなく、爽やかな笑顔で口を開いた。
「おはよう、アイリーン。今日は少しお寝坊さんですね」
何でもないような態度の相手……当然それはルイスなんだけど……に、私はちょっとイラッとする。
「勝手に部屋に入ってくるなって、言ったでしょう!?」
ルイスは確かに見た目美少女だけど、紛れもなく男の子で、私は色気がなくても紛れもなく女だ。きょうだいであっても、年頃の異性の寝室に入るのは、非常識この上ない。
しかしルイスは、平然とのたまった。
「ちゃんとステラも一緒にいますよ」
ステラというのは、私たちの身の回りのお手伝いをするため、住み込みで働いてくれている女性だ。三十代前半くらいに見えて、よく立ち働く、しっかりした人だ。
ちなみに私たちは、学園から少し離れた場所にある小さな二階建ての一軒家に住んでいる。一階は食事をしたり、くつろいだりするための共用の部屋があって、二階には私とルイスそれぞれの寝室兼勉強部屋、そしてステラの部屋がある。
確かにステラは部屋の端に控えていて、でも困った顔をして、そっと目を伏せている。……多分、ルイスに押し切られてしまっただろう。
これ以上ルイスを責めると、ステラまで責任を感じてしまいそうなので、私は仕方なく抗議の声を収めた。
そして、寝台の側にいるルイスを見やった。
ルイスは、ここに来てから、家の中では女装しなくなった。でも学校ではずっと女の子の姿だから、この男の子の見た目に、なかなか慣れない。
けれどルイスは、それがお気に召さないらしい。
でも、ルイスが男の子の格好をしている姿を見ると、何だか落ち着かない気持ちになるのは、どうしようもなくて。
「家でも女装していてくれないかな?」
「嫌です」
きっぱりと断られた。えー、でも学園では麗しき女子学生として、結構、学園生活を満喫しているように見えるんだけど?
私が「解せぬ」と思いながら首を傾げていると、
「そろそろ、この姿にも慣れてもらわないと困るんです」
と言いながら、ずいっとルイスが身を乗り出してきた。寝台に片足を乗り上げてくる。
う……なんで、そんな近づいてくるの?
しかも色気がダダ漏れだ。私に色気を放たなくていいって!
「ル、ルイス、ちょっと……っ」
私は咄嗟に彼と距離を取ろうと、身をのけ反らせる。でも、ここはまだ寝台だから、そこまで距離を離せるわけではない。
追い詰められる私は、何故か肉食動物に狙われた草食動物の気分だ。
私を見詰めるルイスの瞳から、視線が逸せない。
「アイリーン……」
熱を帯びた声が、私の名を切なく呼ぶ。
……と、その時。
シュッと何かが飛んできた。それは、すごく絶妙に私たちの間をすり抜ける。はっと「何か」が飛んでいった方を見やれば、細い針のようなものが壁に刺さっていた。
見ようによっては凶器だ。
それが放たれた方角には……ステラがいた。彼女はにこり、と微笑むと、右手に持った細長い針を弄びながら言った。
「フェルナン様から、ルイス様がアイリーン様に無体を働かないよう、しっかり監視するように申しつかりましたから」
フェルナン「様」か。やっぱり彼は只者ではないみたい。
それに、このステラも、メイド服を着ているけれど、腕とかの筋肉のつき具合は、とてもしなやかで、普通のメイドさんとは違い、何かで鍛えているような感じだ。
多分、護衛とかもこなせる人なんだと思う。
さっきの投擲も、絶対に私たちに当たらないという確信があったはずだ。
一方で、ルイスはこの上なく不満げだ。でも、ステラの殺気を感じて私から身を離しつつ、抗議の声を上げる。
「無体って……。私はただ、お姉様と仲良くしようとしているだけです。きょうだいは仲良くあるべきでしょう?」
そう言うルイスを、ステラが冷たい目で見る。ルイスは、はぁとため息を漏らすと、軽く手を挙げた。
「分かってますって。節度ある行動を心掛けます」
「それでこそ紳士というものです」
ステラが満足げに頷く。そんなステラに、ルイスは未練がましく、こそこそと話しかける。
「でも、合意があれば良いでしょう?」
「もちろん。合意があれば構いません」
「……待って。合意とか、ないから」
私はルイスとステラの奇妙な会話に割って入る。私たちは健全なきょうだいなんですってば。
合意なんて、ありません!




