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私から全てを奪っていく義妹から逃れたい  作者: しののめ


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10 クラス派閥と秘密の花園

 王立学園に入学して三ヶ月が経った。


 学習環境は、さすが王立学園って感じで充実しているんだけど、未だにクラスで一緒に行動できる友達ができなくて、そこは少し寂しい。


 今も、


「今、学食で大人気のマカロンを貰ったから、お昼ついでに一緒に食べましょう」


と誘ってくれたルイーゼと、人気のない休憩スペースの東屋でご飯を食べている。

 ルイーゼは既に、お菓子を貰えるくらい学校に馴染んでいるらしくて、ちょっとうらやましい。


「クラスの雰囲気はどうですか? いじめられたりしてませんか?」


 心配そうに手を伸ばして頰に触れてくるルイーゼに、


「思っていたほどじゃないよ。……教科書とか隠されたりするけど」


と答えると、ルイーゼが綺麗な眉をひそめた。私は慌てて手を振った。


「いや、本当。全然思ってたほどじゃないんだって」


 突然バケツの水をぶっかけられたり、靴や制服を切り裂かれたり、クラス全員から辛く当たられたりとか、先生すらアメリに加担したりとか。


 一応、色々と想定はしていた。けれど、そこまでのことはなく。


(何かの力に守られてるような気がする)


 まるで、もふもふに包まれているような、そんな安心感がある。


 何にしても。


「クラスも、一枚岩じゃないんだよ」


と言って心配するルイーゼに状況を説明してみた。


 私に対するクラスの子の反応は、だいたい三種類に分かれている。


 一つはアメリ派。アメリとその取り巻きと心棒者で構成されていて、人数は多くないけれど、精霊の愛し子という最大の権勢を持っている最大の派閥。


 一つは日和見派。アメリと私に極力関わりたくないと思っている人たちで、多分、大多数の子がこの考えだろう。私と目が合うと、露骨に目を逸らされる。でも、アメリのこともなるべく避けようとしている感じだ。


 一つは興味津々派。人数としては少数派で、私のことにちょっと興味があるみたい、とかアメリに従いたくない反骨精神がある子たち。

 とはいえ、王家に太い伝手を持つ学園の権力者アメリに真正面から逆らうのは難しいらしい。人がいない時に、こっそり学園のことを教えてくれたりして、とても助かっている。


 そう説明すると、ルイーゼは微笑んだ。


「アイリーンは前向きに頑張っているんですね。そんな頑張り屋さんのアイリーンに、私のおかずを一つあげます」


と言ってトマトを私のランチボックスに入れた。


 ……いや、それ、ただ自分がトマトが嫌いなだけでしょう?

 まあ、私は好きだからいいのだけど。


⭐︎


 ……………。

 ………………………。


 「私」はどきどきしながら、その人たちを遠目から眺めている。


 この学園には、人気を二分する女性がいる。


 一人目はアメリ様。お美しいけれど、ちょっと……いえ、かなりわがままで高圧的で、私はあまり好きではない。でも精霊の愛し子でカイン王子の婚約者だから、何かと持ち上げてあげないといけないのだ。正直、疲れる。

 ちなみに私と同じように感じてる子たちは、口にしないだけで、結構いる。


 もう一人はルイーゼ様。

 中途編入生で在籍期間も三ヶ月と短いのに、一気に人気者になった、少し中性的な感じの綺麗な少女。あまりの美しさに、誰もが溜め息を漏らすほど。

 アメリ様と違って高圧的ではないけれど、あまり人と関わるのがお好きじゃないらしく、孤高で物静かな方だ。


 でも、私の最近の一押しは、そのどちらでもなく……ルイーゼ様と同時期にこの学園に編入されたアイリーン様だ。


 アイリーン様はアメリ様の異母姉妹で、何故か随分とアメリ様に目の敵にされているけれど、なんとなく、その理由が分かる気がするの。

 アイリーン様はまず、学業の成績がとても優秀。貴族には学力なんていらないっていう人もいるけれど……たとえばアメリ様とかね……やっぱり優秀な人は一目置かれるもの。


 そして何より、立ち振る舞いがすごく優美なの。


 ルイーゼ様と親しいらしく、いつもお二人でいらっしゃるのだけど、その間の空気がもう「優美!」って感じ。


 ルイーゼ様は確かに抜群にお美しいけれど、アイリーン様のしゃんとした姿勢、指先まで行き届いた動き。物静かだけれど凛とした雰囲気。それらは決してルイーゼ様に負けない存在感だ。


 なんだろう、お妃教育を受けている人って、こんな感じなのかな、っていうような雰囲気だ。


 アメリ様の目を気にして堂々と公言することはできないけれど、実際のところ、アイリーン様に憧れる女生徒が意外といることを、私は知っている。


(アイリーン様とルイーゼ様……)


 学生の休憩場所として設置されている東屋に、話題のお二人が揃っていた。白く丸いテーブルに、隣り合って座っている。とても距離が近い。


 テーブルの上には、学生食堂で売ってあるマカロンの箱が置いてある。ここのマカロンは、王都の有名店に負けないくらい美味しいと評判だ。


 ルイーゼ様がマカロンを摘む。このマカロンは、普通のマカロンより、ちょっと小さめで、一口サイズだ。

 そのマカロンを、ルイーゼ様はアイリーン様の口元へ持って行く。アイリーン様はちょっと困ったように首を傾けたけれど、すぐに口を開ける。


(う、わ……)


 何という耽美な世界。なんという至福の景色。


 アイリーン様は、マカロンを食べ終わると、とても幸せそうに微笑んだ。そんなアイリーン様を見て、ルイーゼ様も柔らかく微笑む。


 ルイーゼ様は、誰とでもそれなりに上手にお付き合いされるけれど、決して誰とも馴れ合わない。けれど、アイリーン様に向ける表情は、とろける程に甘くて、柔らかい。


 そんなルイーゼ様がアイリーン様の耳元で、何か囁く。それを聞いて、くすくすと笑うアイリーン様。


(………完璧っ!)


 完璧すぎる。

 何て絵になるのでしょう。


 もっとお二人が近付いてくださると、もっと良いのだけれど。

 私は思わず前のめりに身を乗り出しそうになってーーーはっと我に返る。


 ……はっ、いけない。覗き見しているのがバレてしまう。


 私は慌てて、でも足音は立てずに、その場から離れる。校舎内に入ってもまだ、心臓がときめきでドキドキしている。


 本当に、見ているだけで、なんて至福の時間だったのでしょう。

 もう私は、いけない道に踏み外してしまいそう。




 ………。

 ……………………。


「ねえ、ルイーゼ」

「なに?」

「さっきから、妙に近いんだけど……?」


 私は少しのけぞり気味の格好で訴えた。

 ランチボックスのご飯を食べ終えて、マカロンを食べようってなった時、対面に座っていたルイーゼが、わざわざ椅子を動かして隣に移動してきた。その距離も、びっくりするくらい近く、肩が触れ合うくらい。


 しかもマカロンを摘んで、私の口元に押し付けてくる。ちょっと……逆に食べにくいから、やめて。

 でも、口を開けて食べてあげないと収まりそうになかったから、仕方なく口を開いた。


「美味しいですか?」


 もぐもぐとマカロンを食べる私に尋ねてくるので、素直に、


「美味しいよ」


と答えると、何かもう、ルイーゼがすごく満足そうな顔をしたから、もう、どうでも良くなった。


 マカロンを味合わないと、もったいないし。


 ルイーゼは、少し遠くの草むらの方に視線を送りながら、くすりと笑って、こう言った。


「また哀れな子羊を、背徳の世界に引き込んでしまったようです」

「……はい?」

「この学園には第四の派閥があるということですよ」


 何だかよく分からないことを口走るルイーゼに、私はただただ首を傾げるばかりだった。

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