閑話3−4
翌朝。
ぐっすりと眠り、すっきりとした気分で起床した俺は、ルイーゼの吠え面を早く拝みたいとはやる気持ちを押さえながら、朝食を取るため食堂へ向かった。
食堂では既に両親が席についていたので、
「父上、母上、おはようございます」
と俺はいつもどおり朝の挨拶を告げたが、すぐに様子がおかしいことに気が付いた。いつもであれば、この時間には既に、食堂はパンが焼けた良い匂いで満たされているのに、今は無臭だ。
そして両親は、二人とも顔が真っ青だった。
一体何が起こったのか分からず、
「……どうしたのですか?」
と尋ねると、両親は震える声で口々に訴えてきた。
「転校するわよ」
「……母上?」
「このままだと身の破滅だ」
「……え? どういうことですか、父上」
身の破滅など大袈裟な、と思ったが、両親の顔に冗談の色はない。俺の中で突如として膨らむ不安に追い打ちをかけるよう、父は怒鳴るような口調で告げた。
「お前もさっさと荷物をまとめるんだ!」
そう言う父と母の側には、旅行用の大きな鞄が準備されていた。
「何で、そんな急に……」
訳が分からず戸惑う俺に、父が苛立った声を上げる。
「そんな悠長なことを言ってる場合じゃない。今すぐ……今すぐに、ここを離れるぞ! とにかく早く準備をしろ」
父に追い立てられ、朝食を取ることもできないまま、自室に逆戻りする。部屋まで着いてきた両親の視線を受けながら、俺は旅行用の鞄を取り出し荷造りを始める。
作業する俺に、父はかつてないほど険しい顔つきで、こう告げた。
「いいか。この学校で見聞きしたことは、誰にも言っては駄目だ」
「え?」
「特に通っていた生徒について、一切口外するな」
「え? えっ?」
「一刻も早く、ここから離れるのよ。荷物は最低限にね」
そうして俺は、何一つ理解できないまま、せき立てられながら身支度をした。
そのまま俺たちは、着の身着のままで住み慣れた屋敷を後にし、今以上に王都から遠く離れた地に移住し……二度と王都に戻れる日は来なかった。
⭐︎
「なんか、私を振ったあの子、急に転校したね」
学校で転校の話を聞いた私は、家に帰るなりルイーゼにそのことを報告した。でも、とても不思議に思う。彼に、そのような素振りは感じられなかったからだ。
(私に仲介させて、ルイーゼに近寄る気、満々だったように思うんだけど)
一方、談話室のテーブルで私の正面に座って話を聞いていたルイーゼは、さして興味ないといった様子で、グラスの中の果汁のジュースをスプーンでかき混ぜる。そして、
「王都の学校か何かに転校したのでしょう?」
と面倒臭そうに答え、
「とても良い家柄のご子息でしたようですので」
と肩をすくめながら「そんなことより」と続けた。
「大体、アイリーンにお付き合いは、まだ早いですよ。何度言ったら分かるんですか?」
「早いことなんてない。淑女は早いうちから、エスコートに慣れておかないといけないのよ」
社交の場では、子供の頃から、何かにつけ男女でペアを組まされる。慣れておかないといけないのは、紛れもない事実だ。なのに。
「淑女ね……」
私を見回しながら、そう返すルイーゼの口ぶりには、すごく含みがある。私は腕を組んで口を尖らせた。
「何か言いたいことでも?」
「いえ……エスコートの真似事だったら、私がしてあげますよ」
思いもよらなかった返しに、私はきょとんとしてしまう。でも、すぐに我に返った。
「いやいや。ルイーゼは女の子でしょう」
「だから真似事だと言っているでしょう?」
おどけたようにそう言いながら、ルイーゼは立ち上がり、私の前に跪くと、騎士が姫にするよう優雅に手を差し出した。綺麗な顔だけど、ちょっと中性的な雰囲気があるから、様になっている。
不覚にも、女の子相手なのに、どきっとしてしまった。
(ルイーゼって結構、女の子にも人気あるのよね)
確かに男装の麗人とか似合いそうだけど。
……少し前まで私より小さかったのに、生意気だ。
「しないから」
私がルイーゼの手を軽くぱしっと叩くと、ルイーゼは不服げに、
「えー、しましょうよ」
と言い募りながら、また私の手を取ろうとする。ちょっと子供っぽく拗ねるような調子のルイーゼに、私は手を引っ込めながら、言い含めるよう言葉を継いだ。
「しません。もう、おままごとをするような年じゃないでしょう?」
私の言葉を受けたルイーゼは、急に真面目な顔になって、私の肩にぽんと手を置いた。
「アイリーン」
「何?」
「恋に恋するのは、子供の証拠ですよ。早く大人になりましょうね」
したり顔で告げられて、何だかちょっとイラッとした。ので、私は机の下でルイーゼの足を軽く蹴っ飛ばしたのだった。




