閑話3−3
その瞬間、俺の頭は明らかになった事実を受け入れることができず、真っ白になる。
彼女の胸には、あるべきもの……凹凸がなかったのだ。
いや、確かに、胸が小さい女性もいる。でもそれは、そういう次元ではなかった。
ある一つの可能性が頭に浮かんだ。
(そんなこと、あるはずがない)
否定するための理由を探す俺を嘲笑うかのように、ルイーゼは艶やかに微笑み、そして恥じらうこともなく、上衣の胸元をはだけた。
……信じたくなかった現実が、そこにあった。
俺の視界に入ったのは見慣れた体の作り。それは紛れもない男の体だった。
(おと、こ……?)
あの全校生徒の誰よりも美しいルイーゼが?
どうしても現実を受け入れがたく、もう一度、ルイーゼの体を見る。しかし、先ほど見た光景と何ら変わりはなかった。
俺の中の恋心が、一瞬にして沸き立つような怒りに変わる。俺は、この男に謀られていたのだ。
「俺にこんなことをして、ただで済むと思っているのか!?」
いや、騙されていたのは俺だけではない。一体どれだけの男子生徒が彼女……彼に想いを寄せていたことか。
ルイーゼは、そんな俺の睨みつける視線を受け止めながら、言葉を紡ぐ。
「ご両親にでも言いつけてみます? 無駄だと思いますよ」
くすり、と笑うその姿は、女であれば蠱惑的と表現しただろうが、男だと知った今は忌々しい限りだ。
ただ、男だと露見しても全く慌てた様子はなく、むしろいつもより泰然とした振る舞いのルイーゼに、この上ない違和感を感じる。
(何だ、この余裕は……?)
そう考え、すぐに俺は頭を振る。その場の勢いで自ら秘密をばらしたことに焦った、ただの虚勢だ。俺は口の端を上げた。
「お前が女と偽っていたことを知ったクラスメイトが、どんな反応をするか……明日が楽しみだな」
女装を倒錯的な嗜好と心の奥で嫌悪感を抱くものは、決して少なくないはずだ。ルイーゼが築いてきた学内での絶大なカリスマは、明日で地に落ちることだろう。しかし。
「そうですか?」
ルイーゼは、この期に及んで余裕綽々な様子だ。
「私は自分から秘密を暴露したんですよ? 何の対策もなく、そんな危険を犯すとでも思っているんですか?」
貴方、思ったとおり愚かですねー、とルイーゼはせせら笑う。
「私は、使えるものは何でも使う主義なんです。出し惜しみはしません」
「はっ、強がっても無駄だ。明日には、お前の居場所はどこにもなくなる」
「そうですか。では明日がとても楽しみですね」
にっこりと微笑んだルイーゼは、その後、もう話は終わったとばかり、軽くひらひらと手を振りながら俺の脇を通り抜け、去っていった。
俺は苛立ち紛れに、足元の土を蹴る。
(くそ、くそっ!)
騙された自分にも腹が立つ。
この燻る怒りを収めるためにも、通りがかりの学生をひっ捕まえて、すぐにでもルイーゼの正体を暴きたかったのだが。
ぐるる、と低く唸る声が聞こえ、俺の足は反射的に止まる。嫌な予感がして声がした方にぎぎっと首を巡らせると、俺の尻を噛んだ、あの獰猛な白い獣が、いつの間にか木陰から俺を見つめていた。
白い獣は、俺が進むと進み、止まると止まる。つまり、付かず離れず着いてきているということだ。
(何なんだ、あの獣は……!)
まるで牽制するかのように、威嚇するような目付きで俺を見る。
また噛まれてはたまらない、と俺は白い獣から距離を取る。
そんなふうに獣の動きを避けるよう道を選んでいると、結局、誰一人としてすれ違うこともなく屋敷に辿り着いてしまった。
気がつくと白い獣は姿を消していたが、今更、引き返すのも面倒だ。
(仕方ない。まずは父上に報告しよう)
そう考えた俺は、屋敷に入り、すぐさま父の部屋を目指した。扉を開けるなり、
「父上、聞いてください!」
と俺は、学園にルイーゼという女装した男子が紛れ込んでいることを訴えた。
自慢ではないが、我が家はこの地方では名家だ。王家とも、多少、繋がりがある。その力を持ってすれば、ルイーゼを学校から追放するよう手配することなど、容易いことだった。
案の定、子供に甘い父は、我が事のように憤慨し、
「分かった。お前をコケにした男を我々も許しはしない。それに、お前の言うとおり、学校の風紀も乱れる。明日には学校の責任者に話をつけておこう」
と約束してくれた。
父の力強い後押しに、俺は勝利を確信した。明日は必ず、全てを奪われたルイーゼの吠え面が見られることだろう。
何の憂いもなく快眠できそうだ、とそう思った。
ーーーその夜。
寝台に潜り込んで、しばらく経った頃、誰かが訪ねてくる物音がして目が覚めた。深夜と言っても良い時間の訪問者に、
(こんな真夜中に非常識な……)
と思いつつも、俺に関係あることではないはずなので、再び眠りに就くために目を閉じた。




