閑話3−2
背中から地面に叩きつけられたため、視線は空に向いている。俺を見下ろすルイーゼの瞳には何の感情も映し出されていなかった。
「何す……」
何するんだと抗議の声を上げ、起き上がろうとする俺の言葉は、途中で霧散する。何故ならルイーゼが俺の胸に片足を乗せ、容赦なく体重をかけてきたからだ。これでは、どうあがいても起き上がれない。ちなみに、もっと体重をかけられれば、肋骨が折れてしまうかもしれない。
にもかかわらず、彼女はさらに体重をかけていく。痛い。苦しい。
俺は両手でルイーゼの足首を掴み、力を込めて持ち上げようとする。しかし可憐な見た目に反して彼女の体はびくともしない。
声は何とか出そうだ。俺は口を開いた。
「いい加減にしろ! 冗談にも程があるだろ!?」
骨の軋む音を感じながら叫ぶ。どんなに美しく大人びていても、所詮は女子供だ。男が大声で怒鳴れば恐れを抱き、跳び退くだろう。
「今すぐ足を退けたら、その暴挙、許してやってもいい」
「許してやってもいい?」
ルイーゼは不思議そうに首を傾げた。心の奥底から、俺の言葉が理解できないといった様子だ。
「そう……そうだな。その蛮行を改めて、俺と付き合うなら、全部なかったことにしてやるよ」
それは最大の譲歩だ。見た目に合わず凶暴な女でも、しっかり教育すれば従順になるはずだ。しかし、目の前の女は思っていたより愚鈍だったらしい。
「?」
もう一度、ルイーゼは首を傾けた。やがて、何か思いついたように、ぽんと軽く手を打った後、にっこりと微笑みつつ口を開いた。
「すごいですね。こんな状況なのに、強気でいられる貴方の図太さに、少しだけ、敬意を払ってあげます」
そのにこやかな表情のまま「まあ、ほんの少しだけですけどね」と付け加えて、彼女は少し足に力を込めた。
「うぐ……っ」
息が詰まって俺は呻いた。そんな俺の姿を眺めるルイーゼの瞳は、あくまで涼しげだ。
「でも、貴方に許してもらわなくても結構です。それに私には好きな人がいますから、貴方の要求は飲めません」
彼女は毅然とした態度で、俺にそう言い放った。ルイーゼに好きな相手がいるなど、考えもしていなかった俺は愕然とする。少なくとも学内に彼女と特別に親しげな男子生徒はいなかったはずだ。
だとすれば外部の人間か。
そんなことを考えていた俺を、ルイーゼは鼻でせせら笑う。
「私が誰を好きかなんて、貴方には想像もできないことでしょうから、考えるだけ無駄ですよ。そんなことより、もっと貴方に知ってほしいことがあるんです」
俺を踏み付ける、その荒っぽい行動とは逆に、歌うよう軽やかに、彼女は告げる。
「まず一つ。アイリーンはね、貴方がその価値を知らないだけで、そんなお安い女じゃないんですよ」
にっこりと微笑んだ。美しいけれど毒をはらんだ、そんな笑み。
「でも本当に安心しました。貴方がちゃんとアイリーンと別れてくれて」
貴方のようなクズを近寄らせて、万が一、アイリーンに何かあったら、悔やんでも悔やみきれませんから、とルイーゼが付け加えた。その後、おどけたような仕草で、彼女はぽんと手を叩く。
「それともう一つ。こちらの方が大事なことなんですけど」
ルイーゼは俺の胸に足を乗せたまま、器用にかがみ込む。そして俺の手を取った。
顔が近い。
こんな扱いを受けているというのに、きめ細かな肌、伶俐な瞳、その完璧な美貌に見惚れてしまう。彼女の手は、俺の手を彼女の胸元へと誘った。
「な……っ」
一体ルイーゼは何を考えているのか。全く分からない。ただ、このまま行けば、俺の手は彼女の柔らかな胸元に触れることになるわけで。
そして俺の手が、あやまたず彼女の胸に触れた。




