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アメリはカイン王子を連れて私の席のすぐ側までやって来た。カイン王子はアメリの隣にいるから、彼女の表情は見えないだろうけれど、私からは当然見える。何かろくでもないことを考えている、悪い顔をしていた。
「ねえ、カイン様」
アメリは甘えを含んだ声を出したのち、これ見よがしにカイン王子にしなだれかかった。
……うん、そんなふうに見せつけてくれなくても、貴女達が仲睦まじい婚約者同士であることは疑っていませんから。
(王子様と婚約だなんて、羨ましいですねー)
と棒読みしたいくらいだ。
カイン王子も、ちょっと私の存在が気になるようで、うっかり視線が合ってしまった。でもアメリの許可なく王子様とお話しては駄目だろうから、私は丁寧に会釈するに留めた。王子も私に声をかけたりはしない。
王子が私を歯牙にも掛けなかったことに満足したのだろう、アメリは満面の笑みを浮かべた。そのまま私の存在を無視してカイン王子に話しかける。うん、二人の間の話なら、場所はここである必要はないよね? 向こうに行ってくれないかな?
「もうすぐ狩りの時期ですね」
「そうだな」
私の望みも虚しく、彼らは私の席の側で会話を続行する。というか、アメリが一方的に、カイン王子に話しかけ続けている。
しかしカイン王子は何を考えているのだろう、なかなか豊満なアメリにぺったり密着されても、全く表情は変わらない。
……まあ、カイン王子がどんな人だろうと、私には関係ないなぁ、と思いながら、彼らの会話を極力、聞かないよう、次の授業の教科書を開き読もうとすると、不意に、
「彼女は私の姉なんです」
と唐突にアメリがそう言うものだから、空気のような存在でやり過ごす作戦は不発に終わってしまった。仕方なく私は立ち上がる。二人に対し深く礼をすると、カイン王子が、
「そうか。私はカインという」
と名乗られたので、
「アイリーンと申します」
と返事をする。けれど、いたたまれない。早く二人で立ち去ってくれないかな。愛する二人は、二人きりの方がいいでしょう?
でも、わざわざ私をカイン王子に紹介したアメリには、何か魂胆があるはずなので、そうはいかないのよね。分かってます。
「実は、狩りの観覧に、是非、彼女を招待していただきたくて」
アメリが、そう言った。
いや、本当に何の魂胆だろう。なにゆえ狩りに私をご招待? アメリの意図を察することができない。が、私にとって有利なことでないことだけは確かだ。
しかし。
カイン王子は腕にかかったアメリの手をやんわりと解きながら、生真面目な顔で、
「……王室主催の狩りの観覧者は既に決まっている。君が精霊の愛し子だからと言って、独断で部外者をねじ込むことはできない」
とアメリの提案を一蹴した。私は内心でほっと息をつく。
良かった、カイン王子が常識的な方で。
一方で、アメリが唇を噛み締めている。自分の要求が通らなかったことが余程悔しいのだろう。しかし、彼女は精霊の愛し子だ。何とか体裁を取り繕う。
「そ、そうですわね。王室主催の狩りは高貴な方々のための特別な催しですものね。申し訳ありません。家族である姉に特別な空間を見せてあげたいと思ってしまいましたの」
けれど、アメリに提案がにべもなくカイン王子に却下された事実は変わらない。教室の生徒たちが、気まずそうにアメリとカイン王子から目を逸らした。
……目が合ったら、後でアメリに八つ当たりされそうだものね。
ーーーその後アメリは、来た時とは打って変わって不機嫌な面持ちのまま、カイン王子と共に教室を後にしたのだった。




