8-1 カイン王子
その日、学園中が浮き足立っているように見えた。
生徒たちは落ち着きなく、何人かで集まってヒソヒソと話をしている。ただ、悪い感じのヒソヒソ話ではない。
また、周囲をよく見回すと、女生徒は、いつもよりお化粧がしっかりしているような気がする。
まあ、何が起こっているか分からない私にとっては、何も関係なさそうなことだけれど……一つだけ良いことがあった。朝から教室にアメリとその取り巻きの姿がない。つまり私としては平和である。
けれど、何も知らない私を、ちょっと心配してくれたのだろうか、隣の席の人の良さそうな女学生が、こっそりと教えてくれた。
「今日はカイン王子が来られるのです」
「そうなんですか?」
カイン王子がこの学園に在籍していることは、流石に私も知っていた。ただ、王族として色々と忙しいのだろう、授業に出席できない日の方が多いと聞いている。
(そういえば、まだお顔を拝見したこと、ないわね……)
私たちが編入してきた時、カイン王子は外国に行っていて不在だったし、そもそも学年が違うから、会う機会はない。
まあ、今日の生徒の反応を見るに、実際、滅多に学園に来られることはないようだけれど。
「カイン王子が、こちらを通られるみたい」
カイン王子は、自分の教室に向かう道のりに、私たちの教室を横切るルートを選んだようだ。それを知った教室の面々は更に落ち着きを失っていく。
同級生たちは廊下側の席に集まり、ちらちらと様子を伺う。なお王子の通行の邪魔になってはいけないから、廊下には出ない分別はあるようだ。
私も、まあ、それなりに好奇心もあるので、ちょっとだけ廊下に視線を走らせる。
生徒たちの体の隙間から、少しだけ王子の姿が見えた。
(カイン王子かぁ)
流石、王子ということもあって、放たれる空気が違うような気がする。隣を歩くご学友も華のある男子学生だ。二人とも容姿もなかなかのもので、その顔を見た女生徒がぽーっと頬を蒸気させていた。
誰もが王子を畏れ多いとして遠巻きに眺めている中、
「カイン様!」
とアメリが堂々と駆け寄り、その腕に飛びついた。カイン王子の側にいた男子学生が、軽く肩をすくめて脇に退いた。
「お会いできて嬉しいです!」
嬉しそうなアメリとは対照的に、カイン王子の表情に変化はない。怜悧な瞳で一瞥したのみだ。
……うーん。アメリの取り巻きは、カイン王子はアメリに夢中だと言っていたけれど、正直なところ、今の様子だと、そうは見えないなあ。まあ、男女のことは分からないから、二人きりの時は、態度が違うのだろうか。
ちなみにコーネリア王家は現在、王位継承者を明らかにしていない。というのも、現在いる王子の誰にも、精霊の祝福の証が現れていないからだという噂だ。
そして、それを裏付けるように、魔獣の動きが活発だ。
一説によると、精霊の祝福を受けた者は、魔獣を統べることができるのだという。どういうことだろう? なかなか想像がつかないけれど。
……話は元に戻るんだけど、このカイン王子は、数いる王子の中でも特に優秀で、王位に最も近い者だと目されている。
だからこそ精霊の愛し子の印を宿したアメリと婚約しているのだ。
(いずれ精霊の祝福が現れるだろうってことかな)
王家の「精霊の祝福」がどういうものなのか分からない以上、推測でしかないけれど。
ただ「精霊の祝福」を持って生まれた子は、隠されて育てられるという話もある。実際、現在の国王も、即位するまでは地方で暮らしており、即位の時まで、存在を知られていなかった。
さて、私が王室について考えを巡らせている間に、いつの間にかアメリがカイン王子の腕を引っ張り、教室まで連れてきていた。……なんだか嫌な予感しかしなかった。




