2-1 二人の妹
「ただいま……」
私は疲れた声で自宅の玄関をくぐった。ちなみに義妹のルイーゼは、あの後「用事があるから」と言って、どこかへ行ってしまったので、帰宅したのは私は一人だ。
「あら、疲れた顔をしているわね。どうしたの?」
すぐに声をかけてくれるのは、私の母だ。腕に野菜でいっぱいの籠を持っている。畑で採れたものだろう。
さて、私の経歴は、少しばかり複雑だ。
私はコーネリア王国の有力貴族リオーネ家の長女として生を受けた。その半年後、父と愛人カーラの間に娘が生まれた。その子はアメリと名付けられ、私とは異母兄弟ということになる。
その私の異母妹アメリは、生まれた時から、精霊の愛し子の印をその身に宿していた。その子が生まれた時、父はそれはそれは喜び、歓喜の涙を流したそうだ。
さて、この国には「精霊の祝福」と呼ばれる神秘の力が存在する。それは凶暴な魔獣から国を守るための重要な力だ。王家に生まれた者、それも男子の一子のみが受け継ぐものとされている。
なお、王家に伝わる精霊の祝福が具体的にどのようなものか、また継承者は誰であるかは、一般の人々には伝わっていない。王家の極秘事項らしい。何故かというと、最近、特に行動が過激になっている「ルラ教団」という存在にある。精霊の祝福を否定する過激な思想を持つ一派だ。王城に忍び込み、祝福を受けた者への暗殺を企てることすらあるらしい。
……と、今はルラ教団のことではなく、精霊の祝福の話に戻そう。
精霊の祝福を持つ者の力は強大で、本人では制御できないほどだということだ。そして、その力を唯一抑える役割を持つのが、精霊の愛し子らしい。らしい、というのは、あくまで伝聞程度の知識だからね。
だから、精霊の印を宿した娘は、やがて王家……祝福を持つ者に嫁ぐ運命にある。そういうわけでアメリは、生まれてすぐに、王家から婚約の打診が来たらしい。
王家との繋がりを生み出す娘として、リオーネ家は、それはそれは精霊の印を持つアメリを丁重に扱った。どんなわがままも受け入れ、望む全てを与えた。
一方で、姉の私は全てを奪われた。父に「いない者」として扱われる私を不憫に思った母が買い与えてくれた、数少ないお気に入りのお人形やドレス、そして親しい使用人の子供たち。
「アイリーン様と遊んではいけないってアメリ様が……」
欲しいものは何でも与えられ、溢れるほどに物を持っているはずなのに、アメリは私の物を欲しがるのだった。私が渡すことを渋ると、普段、私に一言も声をかけることがない父が、
「アメリが欲しがっているんだ。お前も姉なら快く譲りなさい」
と、当然のようにそう言って、私の数少ない持ち物をアメリと一緒になって取り上げるのだった。そして、軽蔑の目でこう言うのである。
「精霊の愛し子であるアメリに嫉妬しているのか? ……みっともない」
と。
やがてアメリは、自らの言いなりである父親に向けて、こう訴えたのだった。
「お姉様たちが私たちに嫉妬して、辛く当たってくるのです」
辛く当たられているのは私たちの方だけれど? と思うけれど、母と私は正妻とその娘だから、今や第二夫人となった元愛人カーラとその娘にとっては目の上のたんこぶだったということだったのだ。
そもそも私と母は、元々、精霊の印を受けた母娘を尊重し、息を潜め、ひっそりと暮らしていたのだけれど、それすら我慢ならなかったらしい。
そして、アメリの陳情を受けた父は、冷たい目で私と母に、こう言い放った。
「精霊の愛し子に、つまらぬ嫉妬をして足を引っ張る、ろくでもない母子だな。……さっさと出て行け」
そういうわけで、正妻であった母と当時七歳だった私は、リオーネ家を追い出されたのであった。