閑話1 制服と乙女
これは、私たちがコーネリア王立学園に編入する、少し前の出来事である。
学園では、原則として制服を着用することが校則によって定められている。
寸法が決まっている既製品を買うこともできるけれど、貴族は概ね、セミオーダーで発注するものだ。
私とルイーゼも、一応は貴族の端くれなので、母がセミオーダーで注文をしてくれた。
採寸を済ませて、しばらく経つと、製品が出来上がる。その製品を最終的に微調整する段階で試着が必要となる。袖とか裾とかね。
そして、その日は試着の日だった。
談話室で、母と仕立て屋さんを待つ間、
「王立学園の制服って、とっても可愛いんですよ」
と一緒に待っていたルイーゼ……いや、男の子の格好をしているからルイスか……が上機嫌に話しかけてくる。
制服の見本は一応、事前に確認してはいたけれど、あんまり興味なくて、よく覚えていない。そんな私に、ルイスはデザイン画を差し出してきた。
紺を基調とした上品な意匠。
うん、確かに可愛い。
「貴女にとても似合いそうね」
と私が応じると、ルイスは心外そうに答えた。
「私に似合ってどうするんですか。私はアイリーンのことを言っているんです」
「私?」
まさかの切り返しに、思わず疑問形になる。私が可愛い制服を着ても、まあ、普通だろう。せいぜい馬子にも衣装という感じかな。
……たまにルイスって、私のこと、すごく可愛いみたいに言ってくれることがあるのよね。身内びいきか、それとも自分の綺麗な顔に見慣れすぎて、他がほとんど同じくらいに見えているのかも。
「そうです。王立学園の制服を着たアイリーン、すごく可愛いと思います」
試着が楽しみですね、とうきうきした表情で歌うように語られる。
(……いや、あんまり期待されると困るなぁ)
と思っていると、
「お待たせ」
と母が女性の仕立て屋さんを連れて談話室に入ってきた。
☆
まさかルイスの前で着替えるわけにはいかないので、別の部屋に移動して新しい制服に袖を通した。うん、ぴったりだ。
着方でおかしいところがないか鏡を確認していると、
「とても良くお似合いですよ」
と仕立て屋さんは、明るい声でそう褒めてくれた。
というわけで、私は改めて談話室に戻り、母とルイスに見てもらうことにした。着心地は良いけれど、念の為、人の目を入れて確認しないとね。
談話室で、二人の前でくるりと一回転し、
「……どう?」
と私が尋ねると、ルイスは一瞬、口を噤んだ。
……なに、その沈黙。似合わなかった?
そんなに変というわけでもないと思うんだけどな。
少し不安になっていると、ルイスが唐突に立ち上がった。
「お義姉さま……かわいい……!」
目をキラキラ輝かせながら、私の正面、横、後ろと移動しながら、じっくり見て回る。やがて握り拳を作って、こう言った。
「この姿を肖像画にしなければ……!」
「それは良い考えね」
母が無責任に相槌を打つ。やめてください、そんなふうに言うと、ルイスのことだ、本当にやりかねない。
案の定、やる気満々のルイスが、母に提案する。
「すぐに絵描きを呼びましょう。そして肖像画が出来上がったら、私にください」
「何に使うか分からないから、だめ」
母は即答した。
けれど、その回答の仕方って、ちょっと不思議だ。私は首を傾げる。
「肖像画は見るものじゃない? 使うとは言わないような」
すると母とルイスが顔を見合わせた。その後、母は私の頭をよしよしと撫でる。生温い眼差しで、
「アイリーン、貴女はいい子ね。……このまま純粋なままでいてね」
と言われて……なんというか、言葉の中に含みがありそうで、妙に納得できないような気持ちになった。
なお、
「あまり純粋すぎても私が困るんですけど」
と口を尖らせたルイスは、母に軽く頭をはたかれていた。なんだか私ひとり、ちょっと置いて行かれていて、疎外感を感じてしまう。二人の会話意味が分かるよう、勉強しなきゃね。
そんなことを考えつつ、何となくルイスを見やって、私はふと疑問を覚えた。
「あれ、ルイスは試着しないの?」
学園に通うのはルイスも一緒だ。けれどルイスは普段着のままである。私が首を傾げるとルイスは、
「私は、もう終わりました」
と澄ました顔で、そう答えるのだった。
天下の王立学園ですからね。性別を偽って入学なんて、絶対にできるわけないと思っていたから、当然、ルイスは男子学生として編入するものと思っていたわけだけれど。
蓋を開けてみれば、ルイス……ルイーゼは、私より可愛く制服を着こなして、麗しき女子学生として編入することができたのだった。
王族も通っているのに、こんな防犯面がゆるゆるで大丈夫なのかしら? と王立学園の身元確認の甘さに、ちょっと不安になってしまう私だった。