7-4
母の言葉が、私の耳を滑るように通り抜けていく。
え?
「え? おと、こ……」
ただただ言葉を反芻する私を見て、理解が追いついていないと思ったのだろうか、母は再度、繰り返した。
「男の子」
……あんなに可愛い子が、男の、子……??
え? ……えー!?
私の頭はパニックだ。だってルイーゼは私の知る誰より綺麗で、可愛くて、可憐で。私が好きになる男の子は、みんなルイーゼのことを好きになって。
「いやいやいや、そんなはず、ないでしょう?」
私は首を横に振る。そうだ、これはきっと母とルイーゼが結託した、悪い冗談に違いない。けれど、
「いえ、これが現実ですよ」
という声が背後から聞こえてきて……私はギギっとブリキのおもちゃみたいな、ぎこちない動きで首を回らす。
そこに立っていたのは、話題の張本人、ルイーゼだった。
お風呂から上がったルイーゼは、急いで服を着て、私を追いかけてきたらしい。髪を拭きながら、さらに畳み掛けるように続けた。
「今まで気付かなかったアイリーンが鈍感すぎるだけですよ」
もう、どうでもいいと判断したのだろうか、今まで頑として肌を見せなかったルイーゼは、ガウンをしどけなく羽織り、胸元が覗いている。
ーー真っ平らだった。こうして改めて見ると、確かに男の子の体つきだ。そして髪から滴り落ちる水滴ですら色気を含んでいる。
そんな私の視線に対して、ルイーゼがにっこりと微笑む。
「アイリーン、そんなにじろじろ見て、いやらしいですね」
「い、いやら……違うっ!」
断じて裸を見ていたわけではない。ただ、本当に男かどうか見ていただけで。細いけど意外と引き締まってるなーなんて、ちょっと思ったりもしたけれど。
まるで痴女みたいに不名誉なこと、言わないでください。
私は目一杯、視線を外した。けれどルイーゼはずいっと回り込んでくる。
「気にしなくていいですよ。アイリーンなら、どんなに見ても構いません」
何なら触ってもいいですよ、とか宣いながら、私の手を取って、平たい胸に触らせようとしてくる。ぎゃー。
「いや、見ないって! 触らないって!!」
これ以上、痴女扱いされてはたまらない。私はルイーゼの手を振り払った。……なのにルイーゼは、めげずに私の視界に映り込んでくる。
そして、花が綻ぶように微笑んだ。
「ちなみに私の本当の名前はルイスと言うんですよ。男の格好をしている時は、ルイスって呼んでくださいね」
絶世の美少女は、男の格好をしていると、絶世の美少年だった。相手はルイーゼなのに、くらくらしそうになるのを、何とか理性の力で抑える。
(これはルイーゼ。ルイーゼなのよ……!)
だから私は断固として彼……いや、彼女の提案を拒絶したい。
「いいえ、あなたはルイーゼです。私の妹です」
「えー」
ルイーゼは大層不満そうだった。
しかし。
ずっと女の子として接していたのだ。今更、男の子として接して、と言われても困る。
そんな私の気持ちを察したのかどうかは分からないけれど、翌日からもルイーゼは、外出の際には女の子の格好を続けていた。
……家にいるときは、中性的な格好をしていることも多くなったけれど。
何にせよ。
私は断固としてルイーゼを妹として扱いたいけれど、事実は認めざるを得ない。
ーー私の義弟は美少女です。