7-3
一気に湯気が脱衣所に籠る。お互いの姿は、その湯気のせいで視認できなくなっていた。だから慌てて、声で私であることを主張する。
「あ、ごめん。私」
私の声を聞くと、ルイーゼはほっとしたように息をつき、
「アイリーンですか……気配を殺されると、少し驚いてしまいますから、声をかけてくださいね」
と少し厳しい声でたしなめる。
そういえばルイーゼは結構、警戒心が強いんだよね。すごく吃驚させたみたいで、申し訳ない。
「驚かせてごめんなさい。貴女の指輪が私の荷物に紛れ込んでいたから、返しに来たの。すぐ戻るから……」
と言っている間にも、脱衣所の湯気が落ち着いてきて、お互いの姿が少しずつ確認できるようになってきた。
ルイーゼの髪が水を含んで、ポタポタと床に滴り落ちていた。流石は美少女。少し気だるげな表情も、絵になる。
水に濡れていても、ルイーゼは綺麗だなーって改めて思う。
でも、胸は……ほとんどないな。
服を着ている時は、それなりに胸があるように見えていたから、詰め物でもしていたのだろうか。
こんなに綺麗なのに、胸が小さいことに悩んでいたのなら、ちょっと親近感が湧く。けれど。
「……ん?」
なんか、まだ残っている湯気ではっきりしないけど、見慣れないものが見えるような?
「んん……???」
私の目線は、下の方で……。
ーーーーーー。
私はギギっとブリキの玩具みたいな、ぎごちない動きで踵を返す。そして一気に駆け出した。敵前逃亡である。
「アイリーン……!?」
とルイーゼの声が追ってきたけれど、知ったことではない。
目指す場所はただ一つ。母の元だ。
「お、お母様……!」
母は談話室にいて、土地の有効活用と投資について記してある本に目を通しているところだった。寛いでいるようだったけれど、私の剣幕を見て、何か只事ではないことが起こったと判断したのだろう、本を閉じると、
「どうしたの?」
と心配げに尋ねてきた。
けれど肝心の私は、
「ルイーゼ、ルイーゼが……!」
と頭の中が混乱していて、うまく説明ができない。
「ルイーゼ? ルイーゼがどうしたの? また喧嘩でもしたの?」
要領を得ない私の様子に、母は不思議そうに首を傾げる。いや、喧嘩なんて、そんな次元の話ではない。何とかして、伝えなければ。
焦りながら捻り出た言葉は、よりによって、
「ついてるの!」
というものだった。
……なんか、すごく下品な表現のような気がしたけれど、それ以外に表現のしようがなかった。だって、ついているんだもの。
「ついてる?」
選んだ言葉があまりに端的すぎて、当然のように私の意図は伝わらない。
「だから、下に……!」
私の視線が母の下半身に注がれる。それを見て、ようやく母は察したらしい。ぽんと手を叩く。
「あ、ああ。そういうことね」
一つ頷くと、今度は可哀想な子を見るような目で、母は私を見た。
「ねえ、アイリーン」
言いながら、私の両肩にそっと手を置く。
「すごく言いにくいことだけど……」
少し口篭ったのち、軽く首を振る。
「というか、あんなにずっと一緒にいる貴女が、どうして気付かないのか不思議でならなかったのだけど」
じっと真っ直ぐに私を見つめ、そして意を決したように、こう告げた。
「あの子は、最初から男の子、だったのよ」