7-1 私にはないもの
それはルイーゼが家族の一員となって、一年ほど経った時……私が九歳になった頃の出来事だ。
その日は、とても蒸し暑かった。空を覆う湿った雲が、大気の湿度を上げている。かと思えば唐突にかっと日が照り、一気に気温を上昇させる。要するに、不快極まりない天気だった。
そんな時に最適な行動といえば、ただ一つしかない。
「水浴びに行ってきます」
母が所有する土地には、小さいけれど、とても澄んだ泉があって、そこはいつでも涼しく、絶好の水浴び場所だった。
私が着替えとタオルを持って外に出ようとすると、
「アイリーン、待って。私も行きます」
とルイーゼが駆け寄ってくる。私は首を傾げた。
「えー、ルイーゼは水浴びしないでしょう?」
そう、ルイーゼは水浴びが好きではないようで、決して水に入ろうとはしない。なのに一緒に着いてきても、することなくて退屈だろうと、いつも思うんだけどなあ。
けれどルイーゼは、しかつめらしく、こう言った。
「アイリーンが溺れないよう、しっかりと見張っていないといけませんからね」
「溺れるような泉じゃないから」
即座に突っ込みを入れた。
いつも行っている泉だし、一応、護衛の人も、視界に入らないけれど、着いてきているはず。見張りは足りている。
しかし。
「一緒に行きます」
ルイーゼは頑として譲らない。まあ、いつものことだし、頑なに拒絶することでもないので、
「まあ、いいけど」
と答えると、ルイーゼは嬉しそうに私の腕に飛びついてきた。
☆
水辺は一、二度ほど気温を低く感じられて、とても涼しい。
また、泉の水は澄み切っていて、とても綺麗だった。
私は泉の側の岩場で着ていた服を脱いで、下着姿になる。そして、体が水の冷たさでびっくりしないよう、足元から少しずつ体に水をかけて、ゆっくりと慣らしていく。
しっかり準備をしてから、足先から慎重に水に入ると、気持ち良い冷たさが足元から全身に伝わってくる。涼しい。
私はルイーゼをちらと見やる。彼女は岩場に座って、裸足の足を泉の水に浸すに留めていた。
こんなに涼しくて気持ち良いのに、見ているだけなんて、やっぱりもったいない気がするなぁ。
「入らないの?」
「入りません」
きっぱり断られた。つまらないけど、まあ、無理強いすることでもない。でも、私が水浴びしているところを、じーっと見ているだけで、一体何が楽しいんだろう。謎だ。
(ルイーゼって、ちょっと変わってるよね……)
本人がそれでいいのなら、放っておこう。
さて、涼しくなったので、体を動かしたい気分になって、私はフェルナンとルイーゼから「コーネリア王国の淑女としては当然知っているべき」と言われて教えられた踊りを踊り始める。
踊っていると、いつも不思議な気分になる。何か優しい気配に守られ、包み込まれている感じ。体が火照って、特に右肩が熱を帯びる。
うん、気持ちいい。
一通り体を動かした後、私は、
「やっぱりルイーゼも入ればいいのに。涼しくて気持ちいいよ?」
と、もう一度誘ってみるけれど、澄ました声が返ってくる。
「私は慎み深い淑女ですので」
慎み深い淑女じゃなくて悪かったわね。
ルイーゼの言うとおり私は慎み深くないので、淑女な彼女に水でもかけてやろうと、後ろを振り向こうとした、その時のことだった。