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7-1 私にはないもの

 それはルイーゼが家族の一員となって、一年ほど経った時……私が九歳になった頃の出来事だ。

 その日は、とても蒸し暑かった。空を覆う湿った雲が、大気の湿度を上げている。かと思えば唐突にかっと日が照り、一気に気温を上昇させる。要するに、不快極まりない天気だった。


 そんな時に最適な行動といえば、ただ一つしかない。


「水浴びに行ってきます」


 母が所有する土地には、小さいけれど、とても澄んだ泉があって、そこはいつでも涼しく、絶好の水浴び場所だった。

 私が着替えとタオルを持って外に出ようとすると、


「アイリーン、待って。私も行きます」


とルイーゼが駆け寄ってくる。私は首を傾げた。


「えー、ルイーゼは水浴びしないでしょう?」


 そう、ルイーゼは水浴びが好きではないようで、決して水に入ろうとはしない。なのに一緒に着いてきても、することなくて退屈だろうと、いつも思うんだけどなあ。

 けれどルイーゼは、しかつめらしく、こう言った。


「アイリーンが溺れないよう、しっかりと見張っていないといけませんからね」

「溺れるような泉じゃないから」


 即座に突っ込みを入れた。

 いつも行っている泉だし、一応、護衛の人も、視界に入らないけれど、着いてきているはず。見張りは足りている。

 しかし。


「一緒に行きます」


 ルイーゼは頑として譲らない。まあ、いつものことだし、頑なに拒絶することでもないので、


「まあ、いいけど」


と答えると、ルイーゼは嬉しそうに私の腕に飛びついてきた。





 水辺は一、二度ほど気温を低く感じられて、とても涼しい。

 また、泉の水は澄み切っていて、とても綺麗だった。


 私は泉の側の岩場で着ていた服を脱いで、下着姿になる。そして、体が水の冷たさでびっくりしないよう、足元から少しずつ体に水をかけて、ゆっくりと慣らしていく。


 しっかり準備をしてから、足先から慎重に水に入ると、気持ち良い冷たさが足元から全身に伝わってくる。涼しい。

 私はルイーゼをちらと見やる。彼女は岩場に座って、裸足の足を泉の水に浸すに留めていた。


 こんなに涼しくて気持ち良いのに、見ているだけなんて、やっぱりもったいない気がするなぁ。


「入らないの?」

「入りません」


 きっぱり断られた。つまらないけど、まあ、無理強いすることでもない。でも、私が水浴びしているところを、じーっと見ているだけで、一体何が楽しいんだろう。謎だ。


(ルイーゼって、ちょっと変わってるよね……)


 本人がそれでいいのなら、放っておこう。


 さて、涼しくなったので、体を動かしたい気分になって、私はフェルナンとルイーゼから「コーネリア王国の淑女としては当然知っているべき」と言われて教えられた踊りを踊り始める。

 踊っていると、いつも不思議な気分になる。何か優しい気配に守られ、包み込まれている感じ。体が火照って、特に右肩が熱を帯びる。

 うん、気持ちいい。

 一通り体を動かした後、私は、


「やっぱりルイーゼも入ればいいのに。涼しくて気持ちいいよ?」


と、もう一度誘ってみるけれど、澄ました声が返ってくる。


「私は慎み深い淑女ですので」


 慎み深い淑女じゃなくて悪かったわね。

 ルイーゼの言うとおり私は慎み深くないので、淑女な彼女に水でもかけてやろうと、後ろを振り向こうとした、その時のことだった。

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