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長年の付き合いから、ルイーゼの態度を見れば、どんな感情を抱いているか、あらかた予測がつく。……これは、表面上は微笑んでみせているけれど、内心は怒っている。
「なんでしょう」
ちょっと後退りしつつ、思わず敬語になってしまう。ルイーゼは、そんな私の唇に人差し指を押し付けた。
「だめでしょう? あんなのに舐められ放題だなんて」
精霊の愛し子に対して「あんなの」呼ばわりだ。強い。
「確かに向こうのほうが、貴女よりちょっとだけ綺麗ですけど」
うーん、ちょっと、ではないと思うよ。私は自分のことを、ある程度は客観的に見ているから、アメリが私より随分美人であることはちゃんと理解している。
ルイーゼはルイーゼで、長年の付き合いから、そんな私の心の声を察しているはずなのに、頑として譲らない。
「本当にほんの少しですし、何より美しさを鼻にかける程美しくないでしょう?」
ううん、辛辣。
でも、美しさを鼻にかけるだけの美貌が彼女にはあると思うよ? ただ、ルイーゼの方が遥かに美人さんなだけで。
(自分の顔を見慣れているから、基準がずれているのかも……)
鏡を見ると、常に整いすぎるほど整った綺麗な顔と対面するわけで……ちなみに私にもその傾向があるのが悩みの種だ。美形の基準がルイーゼになってしまっている。まずい。
……それはともかくとして。
アメリが美しかろうと、そうでなかろうと、動かせない事実が一つある。
「でもね、ルイーゼ」
私はルイーゼに向き直る。これだけは言い聞かせておかなくては。
「あの子は精霊の愛し子だし、王子と婚約しているの。王家と繋がりがあって、私より立場が上なのは、動かしようのない事実だわ」
実際に、あの子の一言で私たち母娘は追い出された。あの子の一言で、王立学園通いを余儀なくされている。悔しいけれど、彼女には、それだけの力……権力がある。下手に絡んで、ルイーゼまで不利益を被ることは避けたい。
幼い頃のこと、彼女たち母娘からされた仕打ちの数々を思い出し、唇を噛んで俯く。すると、ふっとルイーゼの周りの空気が和らいだ。
「状況を冷静に理解していることは、悪いことではないと思います」
ルイーゼはそう言いながら、そっと手を伸ばして私の頬に触れる。
「でも、下に見られてはだめ。貴女は私のお姉様なのだから」
ルイーゼは昔から、こうだ。ルイーゼ自身は私を貶すんだけど、他の人間が私を貶すのは、絶対に許さないのだ。
ちょっと複雑な兄弟愛ってものだろうか。
「ここには私もいますし」
確かに、孤立無縁の状況を回避できているため、心強く思っている。
けれど……。
(ルイーゼがこの学園に通えるのって、やっぱり不思議でならないんだけど……)
王家の人間も通う学び舎だ。安全面から身元不明の人間は当然、門前払いで……まあ、ルイーゼは私の家族、つまりランベール家の人間として身元は証明されているのだけど……もっと根本的な問題がある。
洗練された制服を着こなしたルイーゼの綺麗な立ち姿。スカートから伸びたタイツを履いたすらりとした足。
廊下ですれ違う学生たちが、男女問わず、軒並みぼーっと目を奪われている様子を見て、私は昔の出来事を思い出すのだった。