6-3
その手の主は、私の腰に手を回すと、背中にぺったりと引っ付いてきた。そして私の肩に顎を乗せると、
「この子、誰?」
と、この緊迫した空気をものともせず、飄々と尋ねてくる。なお、この学園において、私の知り合いは一人しかいないので「誰?」とか誰何する必要はない。
「ルイーゼ、学園ではベタベタしない」
ただでさえ私は、アメリの異母姉ということで、初日から悪目立ちしているのだ。美人にも程があるルイーゼが引っ付いてくると、更に目立つではないか。
しかしルイーゼは、
「嫌です」
と私の苦言をきっぱりと拒絶した。そしてぐいぐい体重をかけてくる。どうでも良いけれど、ちょっと重い。そんな私の心を読んだかのように、ルイーゼは更に体重をかけつつ、
「で、この人、誰なんです?」
と最初の問いかけに戻った。
……というか、私たちがこの学園に通うことになった経緯を考えれば、答えは明白なのだけど? 知っていて聞いてるよね、絶対。
でも、ルイーゼは私に答えさせたいらしい。私は諦めて、
「私の異母妹」
と答えた。
するとルイーゼは「なるほど。そうなんですか」とちょっと芝居がかった相槌を打った後、続けた。
「あの精霊の愛し子の印を受けている、とかいう」
そして、すごく興味がなさそうな目で、アメリを上から下まで検分するように眺めつつ、
「精霊の愛し子、ねえ」
と、含みを持った声で繰り返した。
「ふうん……」
じっくりとアメリの姿を眺めた後、くすり、とルイーゼが笑う。それはもう、大輪の華のごとく嫣然と。
……いや、怖い。
今、言外に「私の方が美人ですよね」って言ってたよね?
一方で、ルイーゼの嫌味に気付き、はっと我に返った取り巻きたちが、ルイーゼを睨みつけた。
「なによ、貴女。今、アメリ様がお話しされている最中ですのよ」
「下賤な者は引っ込んでなさい」
うーん。
あんまり家柄のことは言いたくないけど、アメリはともかく、この子達は私たちを「下賤」と呼べるほどの良家のお嬢さんなのかなぁ? 母の実家のランベール家は、王家とは遠縁で結構良い家柄なんだよね。
「下賤の者、ねえ。……それで?」
凍りつくようなルイーゼの一声。そして、ルイーゼの表情を直視した取り巻きのお嬢さん方の顔色が蒼白になる。
多分、ルイーゼが凄んでみせたんだろうけど、私からはどんな顔をしているかは分からない。ただ、私は知っている。この子は結構、がらが悪い。
何にせよ、取り巻きのお嬢さん方はルイーゼの迫力に怖気づいたようで、アメリの袖を引く。アメリは、チッとでも舌打ちしそうな顔で取り巻きの手を乱暴に振り払うと、
「……白けました。こんな者と関わるなんて時間の無駄でしたわ」
と言い捨てて、踵を返してしまった。取り巻きたちは、きっと私たちをひと睨みした後、慌ててアメリを追いかけて行った。
……いやいや、話しかけてきたのは貴女の方だし、時間を無駄にしたのは呼び止められた私の方ですが? とは思ったけれど、ひとまず解放されたことに安堵し、ほっと息をついた。
一方で、私の背中にくっついていたルイーゼは、アメリら一団が廊下の角を曲がり、完全に視界から消えたのを確認すると、ようやく私から離れ、改めて向かい合わせに立つ。そして、にっこりと微笑みながら、
「アイリーン」
と私の名を呼ぶ。こういう満面の笑みを浮かべる時のルイーゼは、含みがあって怖いのだ。