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8/20

8.キャラクターと語り手

 本作では色々なヒロインが登場するため、彼女たちの視点で各エピソードを語っていくことにしました。ヒロインたちから王子アーノルドがどのように見えるかを描くことで、アーノルド本人から見た実情とのギャップを浮き彫りにしていくスタイルです。

 これに加えて、主役のアーノルドと作品全体の主人公であるシェヘラザードも語り手を担い、7名もの視点から物語が語られます。ヒロインたち<アーノルド<シェヘラザードの順に視点が包括的になっていきます。


 語り手は誰なのかすぐ分かるように工夫したことは、「冒頭で名を出す」「一人称の表記を変える」「口調を変える」などです。

 性格の違いは口調の違いに反映されますが、情景描写などをしているとやはりある程度似てきます(実際に書いてるのは当然作者一人なので)。2話のビビアンや5話のエリカのように際立ったキャラを混ぜることで、変化を付けてる感じです。


 何人ものキャラに語らせていると、語り手として向き不向きがあるなというのもうっすら感じました。向き不向きというか、そのキャラというフィルターを通すことにより、伝えきれない情報が生じてくるということを発見しました。


 作者として語り手に期待すること、つまり何を語って欲しいかは何点かあります。


・アクション

 その場にいる登場人物がどのような行動をしたか、表情や動作を語り手なりの観点や表現力で説明します。台詞の合間に入れることで、語られている登場人物の心情が読み手に伝わります。

 また、バトルシーンの実況も大事な仕事です。


・情景描写

 どのような舞台にいるのかを説明し、場面に臨場感を与えます。街の風景や部屋の様子、天候など。語り手の主観や感性に左右され、場面なりエピソードなりの雰囲気を決定します。読者に没入感を与えるには重要な要素だと思っています。


・経緯説明

 どうして今登場人物はその場に居てその行動を取っているのか、現時点に至るまでの経過や事情を説明します。山場にたどり着くまでの経過を全て書いていたら、書くのも読むのもダルいですよね。それで、シーンをある程度端折ってストーリーに必要なシーンだけを詳しく書いて、端折られた部分はコンパクトに説明します。

 ただし、語り手が知らないことは語れません。


・心境

 台詞や上記のような諸々に対して、語り手はどう感じたり解釈したりしたか。上記がある程度説明調なのに対して、心情はカギカッコのない台詞と言ってもいいくらい口語調になります。驚いたりツッコミを入れたり、驚き方でも派手だったり淡々としてたりと、語り手の個性が出ます。


 こういった要素を、キャラの設定を踏まえてそれっぽく語らせていくわけですが、キャラによって語り方が多少違ってくるのが興味深かったです。


 キャラによって、その立場で得られる情報に違いがあります。王侯貴族として教養を身に着けた人と、田舎育ちの人や外国人では、知識量や価値観が違います。すると、得た情報をどう解釈するかも違ってきます。語彙力や関心が低ければ説明の解像度が下がります。


 例えば、アーノルドのバトルシーンを何人かの語り手が実況しています。シリーン(3話④)、エリカ(5話②)、ヨハン(絹とオレンジ13)などですが、説明の詳細さが違います。シリーンは何が起きているか追いきれていない印象ですが、ヨハンは同じ武術を多少訓練しているので、具体的な実況ができます(頭を打ってふらふらしてるのに実況させてすまないな…)。

 なお、エリカのですます調については、ですます調だからといってテンポが悪くなったりはしないということは瀬田貞二で知ってるつもり。でも現代で長編がそれなのはちょっとキツイですね。あくまでオムニバスの一つだから変化球として受け入れられると思います。

 さらに、アーノルド自身が実況すると(9話⑥、10話②)、全く違ったスタイルになるのが面白い。短いセンテンスが並び、合間に入るコメントも一言だけなので全体的に引き締まってると感じます。単に立ち回りを説明するのでなく、アクションしてる本人のコメントが挟まることで戦闘の緊迫感が醸し出されます。


 知り得る情報に限界があるために、語り手が状況を誤解してしまうこともあります。7話③でアーノルドがシェヘラザードのリアクションが変化したことに気づき、それが本来の人格だろうかと考える場面があります。しかし読者は7話①にてすでに真相を知っているので、彼が誤解していることがわかります。

 読者は語り手に感情移入しながら読んでいるものだと思いますが、説明なしだと語り手が過ちを犯した時に、それが誤りだと気づかず受け入れてしまいます。これは誤解なんですよ、とフォローを入れておくのが一人称では少し難しいです。読者にも誤解だと分かるような説明をすぐ前後に入れたりすると、自分が語り手なのにそれ気づかないのか?とすごく鈍感なキャラになってしまいます。本作では、一つのエピソードの中で語り手を交代させることで、種明かしができるようにしています。

 この手法を逆用して、同じ場面に居合わせてもそれぞれの思惑は違う、ということを伝える演出を12話で試しています。本音を言えば、若干まどろっこしいかなと思ってました。漫画なら一コマに同時に二人の人物の思考を描き入れることが可能なのに、一人称の小説では一方の視点から通しで書いて、次の節で他方の視点から再び書かないといけないので。三人称ならそういう苦労は減じたかもしれません。ただ、複数名の心境が同時に語られたらテンポが悪くなりそうです。


* * *


 閑話。


 キャラクターによる語り口の違いは、書く前に意図したものもあれば、書いてて気づいたものもあります。


・シェヘラザード

 中盤までは、説明はちゃんとするけどどこか堅苦しい。登場人物たちと距離をおいた立場なのとそもそもの来歴によるため、意図的に堅苦しくしている。感情もあまり書かない。しかし後半は打って変わってウザいくらい感傷的。


・アナスタシア

 1話はフックのために妙にウェットな書き出しとなり、ストーリーの前フリでしかなかった(本当に話が始まるのは1話②から)ため、あまり本領発揮できていない。14話でようやく本格的に語り手を担う。客観的で冷静で、概ねシェヘラザードに似ているがより感情豊か。地の文で心境を述べるときの口調は現代的なお姉さんぽく、9話のジュリアに似た口調。


・ビビアン

 感情最優先のマシンガントークで突っ走る。すごく書きやすかったけど、後で見直したら情景描写をほとんどしてくれてなかった。そういう子なんだなあと諦めた。


・シリーン

 説明はまあまあちゃんとするけど、内心に不満を抱えてる。彼女もあまり冷静なタイプではなく、問題が起きると思考が働かず感情的になってしまう。感情派というより感性派かもしれない。


・ディアーヌ

 アナスタシア同様に御令嬢として教養があり、語りも比較的冷静。情感のある情景描写をするところを見ると、結構繊細なのかも。それどころではない個性もありますが、それは本編でご確認下さい。


・エリカ

 手紙形式のため、ですます調。それでもテンション高め。登場人物たちをよく観察していて、それを彼女のフィルターを通して伝えてくれる。地方の庶民のため、王都のニュースが正確に入ってこない様子がうかがえる。


・アーノルド

 作者としては、彼が最もバランスの取れた語り手だと思う。本編を読んでいただきたいのであえて詳しく解説しませんが(他のキャラはつらつら書いてるのにそれはない)、一番書きやすかった。読者の皆さんにとっても一番読みやすい語り手になってると嬉しいですが、どうでしょう。


 スピンオフの語り手についても紹介。


・ヨハン

 正直、地味というか凡庸です。成長途中で情報の中枢にもいないので、状況をよく把握できない立場です。なので、俯瞰的な説明ができず、時系列に起きてることを語っていくしかありません。何が問題で、何をすれば解決するのかはっきりしないまま、主張できるのは自分の気持ちだけという感じです。

 こういうキャラは一人称じゃなくせめて三人称であるべきでしたね。そして、ストーリーを引っ張る強力な個性のキャラが他に必要です。『絹とオレンジ』ではそういうキャラはいなかったです(アーノルドもそこまでではなかった)。結果として、作品自体が地味になりました。


・ルスタム

 地味なヨハン視点だけだと飽きるので、コミックリリーフとして追加。斜に構えつつ飄々とした口調なのは、今後予定しているスピンオフでそういう感じのキャラを語り手に立てる予定があるため、練習の意味もありました。この口調で書くことは別に苦労しませんが、しかし情景描写に手間をかけてくれなさそうな気がしてたのです。それで試しに似た系統の彼に喋らせてみたというわけです。

 ゆるくて楽しい喋りはずっと付き合っていたいけど、読んでる方が毒されそうでほどほどにしたいですね。楽しいけど長編向きではないです。


・ティモシー

 本編で「芸術家肌」と言っておいたので、情景描写に非常に長けている印象です(作者比)。アーノルドなんかだと場面と感情が分離して、場面なんかいっぺんに消え去って感情極振り――ウザめのポエムになったりしますが、ティモシーは情景を細やかに語ることで感情を表してる印象です。


・ビビアン

 スピンオフのビビアンは、本編よりも成長してるなど諸事情により大分落ち着いた口調になりました。しかしやはり感情優先なところは変わってなく、難しいことを考えるのが苦手です。正しい行動を選べないことも多いけど、感情には正直で情熱的。主役というか物語の中心人物に向いてますね。




 様々な個性の主人公を扱っても、作者は一人なので通底する文体はあると思います。描写のスタイルなり単語選びなり、何かクセはあるでしょう。

 そのうえで、「この人物ならここに着目しがちなはずだ」「この単語は知らないからこういう言い回しになるはずだ」とか、個性に合わせた語り方をさせていく、そういうことを考えるのは楽しかったです。

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