4.主役のイメージ〜王子の案は複数あった
このエッセイは、『千の箱庭〜婚活連敗王子はどうしてもフラグを立てられない〜』に関する裏話等を記したものになります。
ネタバレ前提の内容になりますので、本編を未読の方はご承知おきいただけますようよろしくお願いいたします。
プロットがある程度進むまで、主役の王子の名前は未確定でした。
風貌や人柄を2パターン考えていて、どちらにするかを当初決めかねていたためです。これは、オマージュ元に準拠するか、現代らしくするかの検討でした。
<当時のメモ抜粋>
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■案1 能天気王子
明るく楽天的、口調が軽い(チャラいわけではない)
物事をしっかり考えているように感じられないため、真面目に付き合う相手として評価されない
度が過ぎるほどのお人好し
お金に困っていない苦労知らず
剣も魔法も特に秀でていない
政治的な駆け引きはできない
嘘も苦手
恋をしたことがまだないが、伴侶は欲しいと思っている。たぶん良いものだから、程度
王太子
兄弟や親族の存在は未定
適当な相手が見つからないまたは得られなかったため、自力で探すよう両親に言われてとりあえずの方針を定めようとシェヘラザードの元を訪れた
両親はこの課題によって王子がしっかりしてくれることを期待している
温室ぬるま湯育ち
カエルが苦手
粘液質と鱗が苦手
女性に対して見下さないようバランス感覚はそれなり
初登場時は15〜16歳 たぶん作中で8年位経過する
■案2 俺様王子
今どき
口調は尊大だが根は悪くない
客観性があり、クセつよ乙女の言動に内心でツッコミを入れられる
根が悪くなく状況を客観的に判断できるため、毎回乙女に最善の結論を与えてしまい婚活に失敗する
心の奥では自己肯定感が低い
体力や剣技はあるが、歌や詩など芸術方面は苦手
乙女がその手の課題を出す場合、シェヘラザードの道具でしのぐものの結局逃げ出す
両親は王子が自信がないことをわかっており、この課題で自信をつけてほしいと思っている
案1に比べ、明らかにスペックが高いのになぜか連敗するという設定になる
昆虫、特にトンボの複眼や蝶の口が苦手
カエルは平気
両親は、今は時代が違うし同年代の若者たちと交流して自分の目で相手を見つけてくれればいいと思っている(慎重さは必要だが)
案1だと金髪系のイメージ ヒューバート(仮)
案2だと黒髪系のイメージ アーノルド(仮)
案1は思春期来てなさそうだが案2は大丈夫そう
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案1が準拠版、案2がオリジナル版です。どちらにしても、「根は優しい」という点は共通しています。
結局案2を採用し、名も「アーノルド」となりましたが、俺様にはなりませんでした。
案1は、スペック的にはいろいろなことが苦手なできない子という感じで、誰が見てもこりゃ失敗するだろうなと思うでしょうし、そのとおりに失敗するのを見せられても楽しめません。80年代ならギャグとして成立したかもしれませんが、今の感覚ではかわいそうと思ってしまいます。
むしろ、今どきの令嬢ものに登場する王子様たちはハイスペなりスパダリなりがデフォルトです。ハイスペなのになぜ失敗する?というギャップを狙った方が面白い。
しかし、性格を俺様にするのは自分には無理でした。尊大な振る舞いをしといて令嬢たちにことごとく袖にされたらきっとショックを受けるでしょうし、その様を見るのもやっぱりかわいそうです。単純に、「尊大な振る舞い」自体がイラつくのもあります。
また、その性格が次第に変化して素直になるかツンデレ化するとして――いややはり男のツンデレも受け入れられんな――性格が次第に変化するプロセスを考えるのが難しいと思いました。
自分が理解できてないことはやらない方がいいです。
実際、第1話の初登場シーン(#1 アナスタシア②)を書いてみて、尊大っぽい台詞を言わせてたらしっくりこなかったようで、場面の進みが悪かったです。
そのようなわけで俺様設定はやめましたが、ハイスペ設定は維持です。客観性があるというところから、知性タイプになりました。どのみち本作では、脳筋や一途さで押すだけでなく知性が高くないと真ヒロインを手に入れられないのです。真ヒロインを取り巻く状況や世界のからくりを知った時に迅速に理解して、その上で説得ができるくらいに。
ツッコミ気質については第3話シリーン編で発揮されていますが、第一部では控えめです。各話ヒロイン視点で語られるので、そこで王子様が彼女らの境遇にツッコミを入れてばかりでは読者だって不快でしょう。
例えば不採用プロットの「ハイスペ王子に溺愛されたい自己肯定感低すぎヒロイン」ではこんな調子です。
<当時のメモ抜粋>
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王子はヒロインを構い倒して心を開かせなければいけない
お忍びデートでいちゃつき倒し(距離感近すぎるのでは?と内心疑問に思いつつ)
暴漢に襲われるなどの急場を救い(無防備すぎるのでは?とry
陰口やいじめから守り(女の集団怖いので自力で解決できるようになってほしい)
しかし度重なる試し行為にさすがに心が折れそうになる
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ヒロインに対して内心ではこんなこと思ってるとしたらいかがでしょう。しかもヒロイン視点で語られるので、王子の内心を読者に明かすには台詞として発話されないといけません。読者は語り手であるヒロインに感情移入して読んでるでしょうし、それで何かあるたびにいちいち突っ込まれるのウザいですよね。令嬢もののテンプレ世界観を茶化している、みたいなメタ視点で楽しむ域に達するの難しいと思います。
ツッコミはヒロインのパートではあまり出さず、中立的なシェヘラザードが語り手の反省会パートか、アーノルドが語り手になってる第二部で出す形になりました。
「芸術方面は苦手」は、確認できるエピソードはなかったので不確定です。でも文才はきっとありますよね。本編では相当なポエマーです。
それから、できれば王子様の内心は等身大に描きたいなとも思っていました。成功しているかは別にして。
いくつかのコミカライズ作品にて、自信喪失気味の王子様というタイプが登場しているのを見かけました。「(悪役令嬢である)ヒロインの婚約者として自分は相応しくないのではないか」と思ったり、「ヒロインに対して恋心を抱いてもいいのだろうか」と思ったりしてるんですね。
不安や弱さを(ヒロインには見せないけど)読者には見せてくれる、一種の素直さには好感を持ちます。昔の作品ならそういった弱みを一切見せようとしない男らしさが良しとされていた印象ですが、時代は変わったなあと思いました。
とはいえ、ハイティーンの男の子の心情、ましてや今どきの男の子の心情にもフィットするような等身大さなんて書ける気がしなかったです。
知性高いことにしてるので、言い回しや視点が多少大人びていても変ではないだろう、と割り切ることにしました。
洗練された気品があり、決して尊大ではなく、知的で冷静で大人びていて、実はお人好し。内面では弱点も俗っぽさもある。それが主役の王子「アーノルド」となりました。
果たしてそんなキャラクターとして書けているのか、そしてそのようなキャラクターは読者にとっても魅力的なのか、魅力的に映るように書けているのか。本編でご確認いただけますと幸いです。あ、ネタバレエッセイなのですでにご確認済みですよね。
アーノルドについては、成長などの観点からまた別稿で書くかもしれません。