15.執筆のプロセス(2024/10/27 追記あり)
これまでは着想の経緯や設定の詰め方・考え方などを紹介してきましたが、今回は全体を通しての制作工程について書きます。
別にすごくも珍しくもないですが、自分はこんな風に工程に取り組んでる間が楽しかったのでそれを話したいだけです。小説を書くのは何だか部活みたいで、「部活で普段こんなことやってる」「発表会に向けてこんな準備してる」的なことを問わず語りする感覚です。
■着想
『千の箱庭 〜婚活連敗王子はどうしてもフラグを立てられない〜』の着想を得たのは、2022年9月初めのことです。詳しい経緯はこの連載の「着想〜頭の中で考えてるうちは名作」に記していますが、「婚約者探しに苦労する王子様」というテーマを思いついたのです。
このとき浮かんだ「婚活連敗王子」がパワーワード過ぎて、すでにそれをタイトルにした作品があるんじゃないかと思ったのですが、どうやらないようでした。じゃあもったいないからいっちょ考えてみようか、で暇つぶしにアイデア出しを始めました。
■アイデア出し
まずは、そういう王子様がいたらどんなエピソードが考えられるか? というのをフワッとイメージしていきます。当時読んでた作品から類型的なヒロインをいくつか並べてみます。王子様はこの子たちにアプローチして全部失敗する、それだけでヒロインの数だけエピソードを稼げます。具体的にどんな風に失敗するのかもまだふんわり。王子様のキャラがまだ定まってなかったからです。ただ、ハイスペックで自信家の俺様王子が翻弄されてたら面白いなとは感じました。
80年代の先行作品を参考に、結末はこうなるというのを据えて、そこまでの全体的な展開をイメージしていきます。十分に強者であり周囲から高嶺と見られているはずの王子が、それでも手の届かない存在である真ヒロインに手を伸ばし、ついに手に入れる。
このあたりで、なんかいけんじゃね? しょうがない、もったいないし腰を据えて本格的に考えてみるか、とメモを取り始めました。そう、ここまではまだ脳内だけで暇つぶしに考えてるお遊びだったのです。
<補足:執筆環境>
メモはiCloudのメモアプリを使っています。PC(iMac)で書いて、出先や寝床からでもタブレットから確認して微修正できるのがいいところ。本文もそのままメモにページを足して書いています。字数確認ができないのだけ残念ですが、1ページあたり結構な長文を入れられるのがありがたいです。スピンオフ『背のび従者』の全文約6万字が収まるくらいですから。
なお、いまググってみたら上限は何と1557万字強らしいです。プルーストをまるっと貼り付けてもまだ余裕があるよ! ひゃー。
■キャラクターや大まかなストーリーを作る
メモに、それまで脳内で考えていたことを整理しながら書き留めていきます。キャラクター設定やイベント(どんなヒロインに出会うか)、世界観など。この辺も「初期プロット」や「主役のイメージ」などで紹介しています。
ここでメインキャラクターの名前や容姿が確定しました。また、ストーリーの骨子も、序盤はヒロインに出会っては失敗するルーチン、中盤で河岸(というか狩り場?)を変えてみて成果無しで撤退、終盤で真ヒロインへの恋心を自覚し始めクライマックスへ……という感じで大体固まりました。
■プロットを具体的にしていく
ストーリーは決まったので各エピソードのプロットを作っていきます。当初は、1エピソードあたり漫画だったら月刊連載1話分の尺、32から長くても48ページで収まるくらいのイメージでした。その中での起承転結を考えるわけです。
「80年代の先行作品」は全6話の漫画です。それにならい、当初は6話で構成を考えてました。この中で色々なヒロインに出会うルーチンは、繰り返しても3話目ぐらいまでが限度だと思いました。それ以上はマンネリになります。出したいヒロインのパターンはもっとあったのですが、結局オチは同じですからね。それで、3話と4話を典型的な例として出して、(令嬢は)打ち止めにしました。
一方で、中盤から冒険ファンタジーの世界へ行く展開になり、今度は令嬢ではなく色々なファンタジー世界観を出そうと考えたために全6話では収まらなくなりました。水面下で真ヒロインとのイベント進行もあり、全13話、全14話と少しずつ伸び、最終的に現在の全15話となりました。アニメだと1クールをはみ出すくらいだな、という感覚。
終盤、真ヒロインをどうやって手に入れるかの展開が決まるまでは結構時間がかかった記憶があります。ラストシーンまで何とかつながったとき、ある程度達成感というか高揚感があったと思います。設計図ができた! さーこれを書くぞ書くぞ〜、とモチベーションが上がるのです。
■設定を整理する
プロットを書きながら、同時に設定も具体的にしていきます。
自分自身とディスカッション(壁打ち)するように、疑問や考察もそのままメモに書き入れながら次第に確定させていく、というスタイルでやっています。
誰かがあるシーンに登場するだけでも、どういう立場にいて何の用でそこに登場するのか、理由付けが必要になることがあります。現状こうなっているということは裏にこういう経緯があるはず、など矛盾のない理由を考えます。考えても矛盾が出るときは、設定を変更します。
そうやって、着地させたいゴールに向けて矛盾が出ないように設定を考えていきます。こういう設定だとそのゴールに行けないのでこういう設定にする、といった感じで。
必要に応じてググって資料を探します。プロットを作っていて、「この時代にこの道具や文化は存在するか?」を確認したり、逆に調べて分かったことをギミックや会話に活かしたり。この作業は本文執筆中もずっと生じます。
また、キャラクター名の一覧表や年表も用意しました。
この作品はオムニバス的に1話ごとにその話の関係者がガラッと変わるので、登場人物は多いです。ゲストヒロインはアルファベット順にするということもあり、響きやイニシャルが偏らないように管理する目的でした。
年表については、物語の始まりから終わりまでは数年間の時間が流れるのと、エピソード間の時間を一気に飛ばすこともあるので、各話の間に何ヶ月経過してその時点でキャラは何歳なのか、キャラが過去や年齢について発言するとき矛盾が起きないようにするために必要でした。
キャラ表も年表も、本編完結後のスピンオフで継続して使用しました。
■本文の執筆
アイデアをメモにまとめ始めたのが2022年9月8日、全体のプロットを書き出し始めたのが9月10日、第1話の本文を書き始めたのは9月14日。閃いたアイデアが調子よくまとまる場合、私は大体一週間くらいかかるのかなと思います。スピンオフではもっと時間がかかりましたが、これから書く予定の新作も同じくらいの期間でまあまあまとまったので。
さて、いよいよ本文です。以下は私のやり方です。
新しいページに、まずは先んじて書いていたプロットをコピペするか、長すぎる場合は数行程度のサマリーを書きます。
次に2、3行空けて、冒頭からのストーリーの流れをメモ書きしていきます。どんな場面から始まるか、誰が何をした、このキャラはこう感じている、といった具体的な台詞、表情、仕草、感情など。本文で使いたい表現も思いつけば書きます。
これは本文ではなく、まだプロットのようなものです。私は「詳細プロット」と読んでいます。漫画で言えばネームかラフ(下書き)に相当するのではと思っています。
その回の始めから終わりまでを概ね書いて、破綻なくストーリーがまとまっているようであれば、最初にコピペしたプロットの方は消します。
で、今度は詳細プロットの上に数行空きを作り、そこに本文を書き始めます。画面の下の方にある詳細プロットを見ながら本文を書き、ある程度書けたらその分の詳細プロットは消します。そして残ったところを見ながらまた本文を書いて……の繰り返しです。
この手順のメリットはいくつかあります。
一つは、最初のプロットではそこまで書き込まなかった詳細な流れが把握できること。最初のプロットは長編の全体的な流れを整える方に重点を置いてるので、1エピソードをあまり具体的に考えてたら時間がかかって疲れてしまいます。なので、詳細は本文に取り掛かる直前に考えればよしとしました。
また、本文を書き始める前に、本文ほど整った文章でなくても細かい流れを書いていくことで、展開が不自然ではないか、どこでどんな演出をするか、入れたい台詞はあるかなどチェックできます。書き出しがどうも冗長なのでもう少し後のシーンから始めてみよう、といった見直しもこの段階でできます。それでも本文を書き始めてから書き直しになることもままありますが、手間を多少は省けます。
そして、詳細プロットのおかげで流れが明確になっているので、本文はそれに沿って書いていけばよく、悩むのは表現だけでいいので大変効率的です。
着想から二ヶ月半で25万字書けたのは、この手法によるところも大きいと思っています。その後の作品でも、ずっとこの手法で書いてます。
■執筆中に立ち止まる
当初のプロットも、本文を書いていくと多少の軌道修正や設定の補強が必要になってきます。大筋が変わることはありませんが、物語が空中崩壊しないよう中間チェックを時々行っていました。
執筆の最中に、細かく書き込もうとしてまた資料探しが必要になることがあります。思い出せるものでは、船の構造、貨幣、船のどこに国旗を掲げるかとか、舞踏会の主催者はファーストダンスをするか、するならどんな風にか……etc。
細かい発言の部分で、すでに書いた部分との矛盾や、前もって伏線として仕込めそうなことを思いついたら遡ってその箇所を手直ししてくるということもありました。
第3話の反省会パートを執筆する辺りで一旦立ち止まり、ストーリー展開の説得力を点検しました。具体的には、アーノルドが失敗する理由や出される課題、何をさせれば解決できるのかを突き詰めて考えました。なぜなぜ分析ぽいことまでして。
これをやっておかないと、シェヘラザードのアーノルドへの提案も「何でそうなる?」みたいな内容になりかねず、ストーリーに貢献しないエピソードを書いてしまう――ピント外れなことをしてるのに強引に結末に結びつけるなど、納得いかない物語になってしまうのではないかと感じたためです。
第二部に入るに当たり、各話の構成を再度煮詰めました。物語全体の中で第二部各話はどのような意義を持つのか、いつターニングポイントとなるイベントが起きるのか、キャラに何を経験させるか、など。
そして世界観や魔法体系など、アイデアを詰め込みつつ整理します。正直、令嬢の設定よりこっちの設定のほうが楽しかったですね。それらは、この連載の「魔法」の回や、第9話「なおざりレスキュー」の後書き、第10話「争い果てぬ」の後書きで紹介しています。
シェヘラザードの真の設定についてきっちり検討したのは13話の直前です。彼女の存在意義や能力不足なところ、それをオーバーロードらはどう解決しようとしているのか。そういった設定がちゃんとはまっているか、12話までの内容を総点検したうえで残る13〜15話までの流れ、どんなイベントが起きて最終的に物語自体のイベントはどう解決されるのかを考えました。それでもツッコミどころが残るのですが、それは種明かし回(開発秘話インタビュー)で語らせることにしました。
■公開する
そんなこんなでエピローグまでたどり着いたのが2022年11月14日。達成感もひとしおですが、「開発秘話インタビュー」までが物語の一部なのでもうひと頑張り。これを11月15日に書いて、いったんの脱稿ということになるでしょうか。
それから第一部・第二部の登場人物紹介を作成し、何度か通しで読み直しました。そこで校正したり、伏線となるようなさりげない一言をまた入れたりもしました。
これでついに完成したので、やっとなろうのアカウントを取りました。ここで、公開するには1回あたりの文字数を調整する必要があることに気づきました。
iCloudメモアプリでは文字数がわからないので、別のメモ帳アプリで計測しながらの分割作業です。もともと、各話の中では視点の交代に合わせて節番号を振っていて(交代がない第6話や8〜10話には節番号がない)、さらに同一視点の中で場面転換・時間経過があるときに「* * *」で区切っていました。そこで、これらで区切って2000〜4000字くらいになるようにしました。ちょうどいい区切りがない場合は、ヒキを感じさせる部分で区切ってます。
そして、11月19日から本編の投稿を開始しました。しかし、初心者によくあるだろう「せっかく書いた自信作を早く全部出して読んでもらいたい!」という心理に陥り、1日2回更新のスケジュールで進めてしまいました。年内にすべて公開しきって、全部公開したら昔の知り合いにお知らせしたい、という思惑もあったせいです。
ときには4000字もあるようなエピソードを1日2回……。ちょっとついてくのがキツいペースじゃないかなあ。今思えば、焦らずに毎日1回の更新で十分でした。何なら平日のみでもよかったし、週3でもよかったのではとすら思いますが……。でも、このペースでもちゃんと読んでくださって、完結ブーストも合わせて星評価をしてくださった読者の方には感謝申し上げます。初めて星がついたときは正直手が震えたものです。
■公開その後
その後は、誤字脱字や行間の粗密を見直したり、サブタイトルを変更したりとぼちぼちやっています。伏線があっちこっちにあったり、物語のキーワードの一つである「(後からの)辻褄合わせ」を大事にしたかったため、当初は公開後に本文を手直しすることは避けたかったです。でもそれは初公開時のライブ感からくるもので、時間が経てばこだわってもしょうがないことでした。今は表現の薄いところがあれば随時手直ししようかな、くらいの姿勢でいます。
■脚本術(2024/10/27 追記)
脚本や小説を書くテクニックとして割と語られるらしい「三幕構成」や「ヒーローズ・ジャーニー」などについては、本編の公開を開始してから――告知のため旧Twitterを利用するようになってから――知りました。
それ以前に知っていたことは、一つは指輪物語を例示に「物語とは基本的に『行って帰ってくる』もの。その間に主人公は何らかの成長をし、戻ってきたら成長したことを証明するイベントがある」というものでした。これはおそらくヒーローズ・ジャーニーに類似の理論だろうと思いますがうろ覚えです。確か、大塚英志の物語論を読んだ人のブログをスマホで一度流し読みしたときに知ったことなので。
もう一つは「トリックスター」ですかね。大林太良編の神話大全(タイトル失念)に、世界各地の神話にはある程度共通要素があり、凶事を持ち込む一方でなぜか味方になることもある役回りのことを、トリックスターと定義していました。
えーとあとは、「主人公がクリアするお題は三つあるとよい」「台詞はなるべくコンパクトに」とか断片的なもの。これは、昔知人のツテでたまたま入手した「小池一夫の誌上劇画村塾」という通信教育のテキストに書かれていました。漫画や漫画原作者向けの教えなので、「台詞は短く」というのは、コマに描かれていて見れば分かるものは台詞にする必要はないとか、文末は映画字幕のように省略しても伝わるとかそういう意図ではないかと。小説ではあんまりそういうわけにはいかないでしょうね。
知ってるからって今回その通りにできたかというとわかりません。かつて漫画を描いたりしていたことや、これまでの読書ほかコンテンツ消費体験から自ずと体得した「こういう展開だと話が盛り上がったり収まりがよくなったりする」という感覚に基づいて話を構成したり表現したりしていたと思います。
キャラクターや世界観の設定シートなども界隈では利用されているようですが、私の場合は最初にテクニックありきで話を詰めようとするとかえって発想しにくくなるので、まずは好きに考えてしまって、構成が出来上がってからもしも気になる場合には点検ツールとして使う、という程度でいいかなと思っています。プロではないし目指す気もないし。(※プロを目指したり、業界――例えばアニメの脚本などで食べていきたい方はマスターすべき技術だと思いますよ!)