第一話
ひょんな事から魔界と人界が繋がった結果、双方は戦乱の世となった。やれ人間は下等種だのやれ魔族は滅するべきだの、気付けば人間は人間、魔族は魔族で争う始末。
やらかした天界は我関せずを貫き、その門を閉ざしてしまった。どいつもこいつも阿呆なのかと思うが、それはさておき。
そんな状況が200年余り続いた後、漸く転機が訪れる事になる。
後に貴主と呼ばれる5人の魔族によって、争いは鎮められた。主に武力で。
過激派だった者は魔族、人間問わず徹底的な鏖殺によって根絶やしとなり、諸悪の根源たる天界は門を破られた。
結果的に三界全てを巻き込む大戦争となったのである。
天界については後に語られた話によると、当時の魔族基準でとても愉快な事になったとの事。
とまあ、コレが凡そ500年ほど前の話。人界や天界でどう伝わっているのかは兎も角、魔族の間では最早偉大な伝説となった三界大戦の歴史である。
……さて、私は現在ラジアン王国の首都ラシディアに居る。
人界の中でも最も栄えたこの国の原型は、魔族の貴主達と初めに同盟を結んだ旧ラジアン国である。
現在の国として成ってから500年経つが、旧国の時代を含めれば800年程と周辺諸国と比較しても長い歴史を持っていた。要は三界大戦の終結と共に今の国になったのだ。
そんな歴史ある国の中央にそびえ立つ王城、その謁見の間に私は足を踏み入れる。
天窓から差し込む光が室内を照らし出し、純白のこの場全体をより白く染め上げていた。
(正直に言って、しんどいです。陽光は苦手なんですよいや本当に)
種族特性故非常に気持ちが落ち込むが、別に命に危険があるとかではない。とはいえ私は魔族だし、なんなら吸血種の中の吸血鬼の一種なのでキツいのは仕方ないのだ。
偶々最上位種だからキツいで済んでいるだけなのだ。
「よくぞ参られた」
温和な男の声が響いた。それが国王たるルシウス陛下のものである事は容易に察せられたが、私は未だ彼が座すであろう玉座を目視出来ないでいた。
いや本当に眩し過ぎる。だが私は悪くない。悪いのはこの玉座の間の造りと今日の天気だ。
「お初にお目にかかります国王陛下。此度の拝謁、誠に光栄で御座います」
玉座の手前にたどり着く頃、漸くルシウス陛下の姿を確認出来た。人界で最も栄える国の長故の余裕か、先の声音がよく似合う温厚な顔付きだ。中年と言える年齢だと記憶しているが、思ったよりも若々しい。
とりあえず国王陛下の方が偉いので膝をついて礼をする。
さて、どんなものかと身構えていたものの、人が相手であるというだけでこんなにも気が楽だとは。我々魔族の玉座であれば、些細な事で嗤いあり怒号あり涙あり血の池ありの様相だ。
ここは煌びやかで清潔に保たれ、周りの侍従や兵、官僚達は皆背筋を伸ばして整列している。我々魔族の玉座であれば、魑魅魍魎が呻き声を上げながら蠢いているところだ。
個人的には――陽光を除いて――こちらの方が非常に好ましい。
「真王陛下より聞き及んでいるぞ、ルージェ・レヴナント殿。かのレヴナント王の継嗣であると」
――再誕者
王宮を構成する5人の魔族の貴主、その一角。生き血を啜る吸血鬼の最高位。他の吸血鬼をはじめとした吸血種と異なり、私たちはただ糧とするだけではない。
数多の血を取り込み、読み取り、蓄え、結合し、次の己へと繋ぐのだ。
それ故の再誕者。死を終幕とせず、新たな門出とする血族。
「はい。此度は真王陛下より下命を拝しております。簡潔に言えば、そう。留学の様なものです」
「ほう?」
「国王陛下、人界と魔界が同盟を結んでから既に500年余り。人はその中で幾度も世代交代を済ませたでしょう。しかし、我々は違うのです。我々魔族が永き刻を生きる事、高位の者程子を成すことは稀である事は周知の事実でしょう。私も齢22と余りにも若く、その上蒙昧と言って良いでしょう」
「即ち、現レヴナント王の継嗣として見識を広めると。確かに人界と魔界では異なる事は多いと聞く。より友好的な将来へ繋がるのであれば、次代の王の一助となるは喜ばしい事だ。――して、具体的に何を成されるのかな?」
前言撤回、なにが気が楽だ。早々に痛い所を突かれてしまった。きっかけがきっかけ故に、具体的にと言われても答えようがない。
とりあえず平静を装って襟元を指で正す。
まずは深呼吸、落ち着いて思考を回し、最適な言葉を見つけねば。
(逆に考えましょう。もう赤裸々に話してしまうのです。なにせ私はまだ若輩の身、素直に話した方が寧ろ好印象を抱かれる可能性が高い。あとは適当にそれっぽく誘導すれば良いでしょう)
「ルージェ殿?」
「あぁいえ、失礼。こういった場はまだ慣れぬものでして。それで私なのですが……実は具体的な指示を受けていないのです。ただ人界で色々学んでくるようにとしか」
なかなかの羞恥心。場が静まり返るのを感じる。
国賓として歓迎した相手が、いきなり人界にほっぽり出されただけの魔族の若者なのだから。
だからこそ今ここで己の立場を確立せねばならない。
「先日の会合で少々トラブルがあったのです。この下命も当初の予定ではなく、そもそも人界に来る事も想定されていませんでした。そこで提案なのですが、国王陛下。このラジアンにおける私の身分と立場を保証していただけませんか?」
「ふむ……」
ルシウス陛下が少し思案する様子を見せる。一時的とはいえ魔族の王家が人の王家に属する様なものだ。
しかしこの国において最も強い権威を持つ者に後ろ盾になって貰わねば、この国の内情など殆ど何も知らぬ私は不用意に動けない。
私は同盟を結んでいる王宮の出身なのだから、双方の関係に亀裂が入る様な真似は出来ない。
「元より貴殿を迎え入れる事は確約された事。そして真王陛下より、レヴナント王の継嗣たる貴殿を深く憂慮しているとも聞いている。その上での貴殿からの願いだ。私としても、此処で聞き入れずしては面目が立たぬというもの」
「ありがとうございます、陛下」
ルシウス陛下は一度息を吐くと、改めて私を見据えて口を開いた。
「貴殿を私、そして我が息子アルスランの客人として迎えるとしよう」
「身に余る光栄です」
正直なところ、そこまでしてくれるとは思ってなかった。
しかしまぁ、良い方向に話が転がったようだ。周囲の者も特に異論は無い様子。これで多少は自由に動き回れるだろう。
とはいえ、アルスラン王子?
「アルスランは私の三男でな。歳も貴殿と近い。ただ……彼奴は政より身体を動かす方が好みでな。騎士や冒険者の真似事か、よく魔物の討伐などに赴いている。三男とはいえ継承権を持つ者、護衛はつけているが少々気掛かりなのだ」
(あぁ、こっちでも下級の魔物やら魔族は悪さしてるんですねぇ……)
「つまり、アルスラン王子の面倒を見る事が条件ですか」
魔物討伐についてはさておき、保険をかけてきた、と見るべきだろうか?
三男とはいえ継承権を持つというが、継承権を持つが三男とも取れる。
私は魔族なのだから、なるべく長男と次男と高位の継承権保持者から遠ざけたいと思うのは不自然な事ではない。
(その上アルスラン王子はかなり活動的な方で、国王陛下もそれを容認しているご様子。彼に付くのは確かに動きやすそうですね……)
「お引き受け致しましょう」
「そう言ってくれると助かる。さて、大方話は纏まったかな?特に何も無ければ、本日はもうお休みになると良い」
国王陛下が近くの侍従に声を掛ける。
「ルージェ殿を部屋に案内して差し上げなさい。…ルージェ殿、明日アルスランとの顔合わせとしよう。何かあれば侍従に声を掛けてくれ」
「承知しました」
内心で胸を撫で下ろす。どうにか最初の峠は越えられた様だ。
侍従に先導され謁見の間を後にするが、差し込む陽光は相変わらず鬱陶しいままだ。