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プロローグ

 陽は落ち、月は暗雲に隠れ、大気は死臭に塗れ、大地は灰燼と化した。

数刻前の怒号も、悲鳴も、今や静寂に包まれている。

魔族と人、そして天使の死骸に埋め尽くされた戦場に立つのはたった5人の魔族だった。


「これで全部?無駄に足掻いてくれたねほんと」


 青髪の痩せ細った少年が言った。横たわる死骸を爪先で弄んでいたかと思えば、少年の姿はその死骸と同一となっていた。


「うわぁ気持ち悪い。天使共(コイツら)こんな眩しいだけの輪っかつけて何したいんだろうね?」


 悪態をつく少年は、何度も何度も無造作に転がる死骸達の姿に()()()していく。

その横に、長身の黒い影が近付いた。


「待たぬかブギーマン。儂の飯を穢すでない」


 飽きたのか元の姿に戻った少年に、その影が声を掛ける。

3メートルを越えるであろうその人影は、口から上を無貌の面で覆っていたが、その(あぎと)は四叉に裂けドス黒い血を滴らせていた。どうやら()()()だったようで、そこから発せられた酷くしわがれた声と死臭に、少年はまたも悪態をつく。


「あのさぁグールの老害(おじいちゃん)、ここ戦場だよ?キミの餌場じゃないんだよ?それに元々穢れてるやつには穢れた餌がお似合いってもんじゃないの?」


「我等にとって戦場こそが狩場。新鮮な死肉をその場で平らげる事こそ誉れであり、至上の悦びと言うものよ」


「残飯処理が誉れぇ?ばっかばかしいねぇ!ボクとしては喰うのなら生きたまま喰う方が好ましい。まあ、こんな下等共なんかとてもじゃないけど口にしたくないけど?生ゴミ喰うなんて気が知れないよ」


 一触即発の空気の中、少年の背後でもぞりと死骸の山が動いた。その中から顔を覗かせたのは、辛うじて虐殺を生き延びた1人の天使だった。

象徴である頭部の光輪は既に砕かれ、息も絶え絶えだ。

光輪の損失とは彼等にとって死に等しく、着実に彼には最期の時が近付いていた。

だが、最期の一矢には十分な時だった。


(せめて……せめて一矢報わねば)


 死骸に埋もれ、地に伏せたまま息を殺し、音も無く矢を番える。その矢先は少年の背を捉えていた。後は、射るのみだ。


「……っ!?か……がぁっ!?」


 瞬間彼の身体は硬直し、弓も手から離れる。

そして彼の身体は5秒と経たずに乾涸び、ボロボロと崩れ落ちていった。その抜き取られた血液が、血溜まりに溶け込んでいく。


「残飯処理、そして生ゴミか……ブギーマン。先の言葉、グールと私への宣戦布告と捉えて良いな?」


「げぇ……、なんでこっち来たのさ」


 朽ち果てた天使の死骸を踏み砕くのは一人の女。

血の様に紅い長髪が揺れ、同じく紅い双眼が少年を睨め付けていた。その病的に白い肌と、威嚇としてか一瞬見せた鋭い犬歯が、彼女が吸血種である事を示している。

 

「呵呵っ。レヴナントと儂で二体一か。どうだ若造、儂としては一戦交えるのもやぶさかではないぞ?」


「この転がっている連中は数こそ多かったが、それだけだ。とはいえ多量に新鮮な血が味わえたのは事実……。丁度力の発散に適した()を探していたところだ」


「的だって?あーやだやだ。ヒトを何だと思ってるのさアンタらは。付き合ってらんないよ」


「アァ、オ待チヲオ待チヲ、御三方。敵ハトウニ片付ケタ訳デスシ?アイヤ、コレカラ本丸ニ攻メ込ム所デスケド……。兎角仲間内デ剣呑ナ雰囲気ニナルノハ止メマショウ?ネ?ネ?」


 3人の間に割って入ったのは妙に甲高い声をした白骨だった。

左側頭部が酷く損傷した頭蓋を揺らしながら、彼或いは彼女はあたふたと仲裁に入る。

骨の間から定期的に噴出している黒霧が鬱陶しいのか、レヴナントが忌々しげに手で払い除けると、険悪な空気は白けたものになった。


「本格的ナ戦ハコレカラナンデス!真王殿モコンナ所デ喧嘩ナンテ呆レチャイマスヨ!」


「……チッ」


「うっさいなリーパー。視界悪くなるからどっか消えてくれない?」


「そう早るでない白骨の。本気な訳無かろうよ。どうあれこんな若造如き相手にもならぬわ」


「はぁ?若造()()だって?」


「イヤドウ見テモ殺リ合ウ直前ニシカ見エマセンカラネ?アトレヴナント殿舌打チ聞コエテマスカラネ?」


『自重せよ、貴君等』


「オ、オォ真王殿!!何カ言ッテヤッテクダサイ!」


 重く響いた声に、リーパーを除く3人は口を閉ざす。

とりわけ高い死骸の山の上、一対の角を持つ男が4人を見下ろしていた。真王と呼ばれたその男は、再び口を開く。


『戦場での諍いなど不毛。そも、我等は皆、共に戦う為に集った同志であろう?争い、相食む事は余の願いに反する。それに』


 うんうんと頷くリーパーを尻目に、真王は少しだけ語調を強めた。


『リーパーが述べた通り、真なる戦はこの後だ。……見よ』


 天を見上げた黄金の視線の先。暗雲の彼方、仄かな白光を放つ雲に包まれた()が在った。


『これより我等が征くは天界。世の理を乱した愚者共に、鉄槌を下す時だ』


 真王が直剣の剣先を天に向けた。それに呼応するかの様に、静寂だった戦場が騒めきはじめる。

暗雲から、割れた空間から、大地から、死骸の山から、血溜まりから。哄笑や絶叫を伴う数多の声が木霊する。

 やがて各々の形を持った異形達は、真王、そして4人の魔族に跪き今か今かと号令を待つ。

 

『慈悲は無用、歯向かう者共はすべからく――殺せ』

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