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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第3話

 ロマン・フェルは朝早く新市街の顔役の一人であるジョニー・エリオットからの連絡によって起こされた。借金の一部と引き換えに郊外へ行くためにガイドとして同行しろという要件だ。彼の借金はエリオットが仕切る賭博場で作られたものがほとんどである。つまりフェルとしてはただで働けと言われているに等しいものだった。"おとといきやがれ"の言葉を喉の奥に押し込め、代わりに"話しを聞こうか"という言葉喉から押しだした。

 話を聞いてみると楽園まで案内をしてくれという依頼だった。伝説の大魔導師リズィア・ボーデンの宮殿があった場所だ。宮殿の魔法罠を解く力のある術師の協力の元、内部を見てみたいとのことだった。そこまで聞いて俺もそれに同行させてもらえるのならと条件を出し仕事を受けた。

 これは良い兆しかもしれない。うまくやれば一部どころか、全部帳消しにできるかもしれない。

 貴族の身分で歴史学者の肩書は持っているが、実績は乏しかった。仕事といえば新聞にいい加減な記事を載せるくらいしかなかったが、最近はそれさえ少なくなってきた。盗掘団に協力し帝都側の窓口を始めたが、それもあまり実入りのいいものではない。つい最近、爆心地の様子を見に行かせた連中は、臆病風に吹かれたか、ラクダを売り飛ばし行方をくらました。口ばかりの奴立たずだ。

 しかし、ここに来て運が向いてきたのかもしれない。楽園の中に入ることができれば得る物も大きいだろう。

 フェルはエリオットとの通話を終えてすぐさま通話機の操作を始めた。彼が押さえる文字列はおよそ貴族とは縁のないはずの地域に使われるものだった。


 エリオットとの待ち合わせ場所であるノードの酒場には彼らが先に着いていた。席についていたのはエリオットと用心棒、他若い男が一人。フェルが驚いたのはそれに同席していた術師らしい女だ。派手な身なりの女で、明らかに同業者ではない。エリオットはアイリーンと紹介した。楽園に詳しい術師だという。奴が雇ったのなら十分な力を持っているのだろう。どこから引っ張って来たのかは知らないが、惜しい気がした。フェルは楽園の罠が消え次第、彼らにも消えてもらうつもりでいた。

 外の馬車でするフェルの仲間の人数を見て難色を示したエリオットだったが、楽園の入り口で待機させる案で合意し、お互いの馬車を楽園に向け出すこととなった。


「あの男信用できるのか?」

 馬車が動き出してすぐ、アイリーンが皆が感じている懸念を口にした。

「奴の実家の所領はこの辺りで楽園も含んでいる。案内なら問題はない。本人も楽園には興味があるだろうから現地に問題なく連れて行くだろう。だが、油断はするな。盗掘団と付き合いがあると噂のある男だ。用心に越したことはないだろうな」

 エリオットが問いに答えた。キャリッジの客車には御者を務めるライデン以外の座っている。普段命のやり取りまでの荒事とはあまり縁に無いリカルドは不安そうに顔をゆがめる。

「面倒なことだな。他にいなかったのか?」アイリーンの言葉に思わずリカルドが激しく頷く。

「それは言われるとつらいが、俺たち相手についてきてくれる学者先生となると探すのが難しくてな。あんな奴を金で釣るしかないんだ」

「金は頼りになるが、災いも呼び込むぞ」

「わかってるよ」

 ノードの最後の集落を抜けると周囲は急激に緑が失われた。草木は姿を消し大小の石塊が転がる荒れた土地となった。人気の絶えた荒涼とした谷へと入っていく。

「この辺りは覚えているぞ。変わっていないな。楽園は近い。この谷を抜ければすぐだ」アイリーンが呟いた。

「アイリーンさんのお母さんはどうしてこんな辺鄙なところに楽園を使ったんです?ローズさんのように街の近くに作ればいろいろ便利だったろうに」

「今はお前達とローズはうまくやっているようだが、ローズが街の近くに巣をかまえたのはお前たちを捕って食うためだぞ。あの女はお前たちなしでは生きてはいけないからな」男達は顔をしかめた。意識したくない事実である。ローズは特別な存在であり、本来吸血鬼と人は捕食関係にある。

「お母様にはその必要はなかった。むしろこの環境が望ましかった。研究のためには人を拒む地が必要だった」

「何をするつもりだったんです?」

「生物の練成だ」この言葉への男達の反応にアイリーンは笑った。「そんな顔をするな。何もお母様は神にとってかわろうとしたわけではないし、そんなことは到底無理なのはわかっていた。現存の生き物を改良し知恵や力を与えようしていた。その際、お母様はお前たちが妖魔や異形と呼ぶような存在の一部を素材として使った。それが不評を買った理由なのだろうが、お前たちも種の掛け合わせによって、この世おらなかった生き物を作り出しておるだろ。同じことだ」

「その一つがあんたなのか。アイリーン」

「そうだ。兄達を何体も作り、そこで培った技の集大成としてわたしが作られた。わたしは本来定まった姿をもたんのだが、お母様の力によりこの娘の姿を得た。どうだ、美しいと思わんかこの姿」

「確かに、最初会った時はどこのお嬢様かと思いましたが、その姿の元になった人はいるんですか?」とリカルド。

「帝都で見かけた娘らしい。心配するな、そいつからは髪を少しもらいうけた以外は何もしておらん」

「いえ、別に心配はしてません。聞いただけです」

「もう、それぐらいで黙っとけ」エリオットはすごみ加減でたしなめた。

 エリオットの声に縮みあがったリカルドは何度も謝罪の言葉を口にした。その慌てた様は一同の笑いを誘った。

 谷を抜けると眼前に広がるのは一面の砂の海。その海の中に緑の島が見えた。今いる砂漠の畔からさほど距離は離れてはいない。

「見えてきたぞ」

「もしかして、あれですか?」リカルドは現れた緑の塊をよく見ようと立ち上がった。

「そうだ。少し変わってしまっているが、間違いない」

 エリオットを含め男達は事前の説明から砂漠の中の荒廃した遺跡のような場所を想像していたが、まさか巨大な城壁に囲まれた森が現れるとは思わなかった。

「水はどうなってるんだ?」とエリオット。

「魔法を利用した治水設備が地下に埋めてある。今も問題なく機能しているようだ」

「何百年も水に困らないか……。いい商売になるだろうな。お袋さんと知り合いになりたいもんだな」

 そんな会話を続けている間にも緑の島は大きくなっていった。


 近くで見るとそこはおおよそ楽園の名とは程遠いものだった。城壁は砂で削られ、絡みつく大樹の根の力に屈して崩壊を始めている。繁茂する緑は闇を形成しその奥はうかがい知れない。とりあえず形をとどめている入り口の門の傍には、帝国が設置したとみられる看板が砂に打ちこまれていた。

 色あせた看板には帝国警備隊通達として、この施設への進入を一切禁止する。もしその禁を破り侵入した者が身体及び生命の危険に陥ったとしても、一切関知せず、その責も負うことはないと書かれていた。

「人が去ったというのは本当のようだな。荒れ放題だ」

 城壁の傍に止められた馬車は二台、エリオット、フェル双方合わせて九人がアイリーンの元へ集まった。

「大勢集まったものだな。お前、約束は守ってもらうぞ」アイリーンはフェルに眼をやった。

 お前呼ばわりをされ顔をしかめたフェルだったが、手下三人を馬車に戻した。しかし、一人を同行することは譲らなかった。

「かまわん、約束を守るのであれば害はない」

 このアイリーンの言葉によって六人で侵入することとなった。

 門をくぐるとそこは木々が作り出す緑の洞窟となっていた。石畳の通路は弱いながらも頭上から木漏れ日が差し込み足元の明かりは確保されていた。しかしそこを少しでも離れれば文目もわかぬ闇の中である。

「道を外れると二度と戻れんぞ。しっかりついてこい」

 フェルはアイリーンのことを楽園に所縁があり内部に精通している人物と紹介されていた。この物言いもそのためであろうと理解した。いざとなれば足手まといになるだけだろうと、今は我慢をして何も言わずにおくことにした。

 エリオットの紹介に嘘はなかった。ただ詳細を全く伝えていなかったことをフェルは知らなかった。

 少し行くと彼らを取り巻くものの気配が感じられた。何かが周囲の闇の中で動き回っている。木々の枝葉を揺らし、落ち葉や枯れ枝を踏みつぶす。それは一つではなく、多数いると思われた。

「気にするな。静かにしていれば害はない」

 アイリーンは先に足を進める。

 そう言われてもアイリーンの正体を知るエリオットととしてはどうにも気になって仕方がない。

「あの連中は何者だ?アイリーン」彼はアイリーンに渡したイヤリング越しに問いかけた。

「兄がいるといっただろう。様子を見に来たのだ。わたしの帰還を喜んでくれている」エリオットの頭蓋内にアイリーンの笑い声が響き、リカルドの安堵のため息が聞こえる。しかし、エリオットとしては彼女の兄達と面と向かって会いたくはなかった。

「心配するな、わたしとおれば問題はない」

 何度か分かれ道を過ぎた後、前方に陽光が差し込む出口が現れた。陽の光の下に出た一同の前には池が広がり、水面には鮮やかな花を付けた水草が生い茂っていた。そしてその向こうには巨大なドーム屋根と幾つもの尖塔を持つ純白の建物が見て取れた。その壮麗さから宮殿と呼ぶにふさわしい存在である。

 建物までは池の上を通る長い橋が渡されていた。水面を這うように建物と同じ白い石材でできている。一同はアイリーンを先頭に橋を渡り始めた。

 鮮やかな花が咲き乱れる水面は美しいものだが、エリオットはその中を動く存在が気になった。水草の揺れ方、水面に立つ波紋、それが起こす航跡から見てかなり巨大な存在が水面下に潜んでいる。ライデン、リカルドも気づいたようで、それに眼をやっていた。

 水の中の何かに誰も引き込まれることもなく対岸の建物に辿り着いた。行きついた先は蔓植物を意匠とし、贅をこらした浮き彫り装飾が施された石造りの扉の前。

「離れて待っておれ。近づくと食われるぞ」

 アイリーンは男達を下がらせ、一人で扉に近づいていった。彼女が両開きの扉の前に立つと浮き彫りの蔓植物が蠢き、両扉から剥がれアイリーンに向かって動き出した。平面に近かったそれはすぐさま膨らみ生命力豊かな植物へと変化した。先端の花がアイリーンを品定めするように顔の傍で様子を窺っている。蔓髭が獲物を探すように脈動する。アイリーンはそれにも慣れた様子で動じることもなく左手を扉中央の窪みに押し当てた。

 一瞬の煌めきの後、蔓植物は静かに引き下がり浮き彫りに戻った。そして、扉が開き始めた。

「よくやった。後は俺が引き継ごう」

 笑顔で拍手をするフェルの手には連発銃が握られていた。手下が素早くアイリーンの背後に回り喉元にナイフを突き付ける。

「おい、そいつには手は出さない方がいいぞ」とエリオット。

 ライデンが素早く短剣を取り出し、リカルドもそれに倣う。

「もちろんだ。女にはまだ中の案内をしてもらう。お前たちはここまでだ。そこの池に飛び込んでもらおうか。それなら、命だけは助けてやろう。それとも銃弾がいいか?」

 連発銃の銃口が男達に向けられる。エリオット、ライデン、リカルドへの移動を繰り返す。

「一人でこの全員を相手にするつもりか?」とエリオット。

「一人だと思うか?」

「十一人いたな。残った三人と隠れていたのが八人。今こちらに向かっているところか?」アイリーンが二人の会話に割って入った。

「なぜそれを……」

「知らないと思っていたのか?変な布切れを馬車に被せて隠れたつもりだったとは、余計に目立っていたぞ」

 アイリーンの口元に笑みがこぼれる。その声音こそ普通の女性のものであるにもかかわらず、身も凍る響きを帯びていた。

「約束を守りじっとしておればよいものを、のこのこ入ってくるとは、まぁよい兄達にいい手土産になるわ」

「どういうことだ?兄?」

「ここに来るときにお前も感じただろう。闇の中の気配だ。久しぶりの肉だろうからな、お祭り騒ぎ、大宴会だ。聞こえてこんか?その耳に宴の響きが……」

 フェルは言葉の意味をさとった。さっきからイヤリングを介して入り込む奇妙な物音と言葉にならない切れ切れの声、何かが折れるような耳障りな音。青ざめ右耳を押さえイヤリングをつかみ力任せに引きちぎった。そしてそれを足元に投げ捨てた。そして俯き胃の中の物をすべて吐き出した。えずきと咳が収まってもフェルの顔は青ざめたままだった。

 そして、人は追い詰められ恐怖に支配されると何をしでかすかわからない。

 彼は背後に手下がいることもかまわず、銃口をアイリーンに向け全弾発砲した。その弾丸の全てはアイリーンの胸に波紋を残して吸い込まれ、通りぬけたそれは手下がすべて受け止めることとなった。いきなりの発砲など逃れようがない。男はナイフを取り落とし、アイリーンにもたれかかりそのまま崩れ落ちた。

「今度現れた時は誠実に過ごすようすることだな」

 アイリーンの指が鉛色の槍となってフェルの胸を貫いた。転生の輪へと旅立ったフェルは、アイリーンが指を引き抜くと自分の吐瀉物の中に顔から倒れて行った。

「殺ったのか?」

「もちろんだ。だめだったか?」

「かまわんだろう。こんな真似をしてただで返すわけにはいかんからな。さっさと片付けようぜ」とライデン。

「しかし、貴族が帰ってこないのは問題かもな」

「それがあったか」

「なるほど、ではこれでどうだ」

 アイリーンが鉛色に変わり巨大化し、細身の男に変わった。その姿はロマン・フェルそのものである。

「姿を変えられるのか?」

「極端に大きさが変わらなければな、帝都に入る時は箱に隙間に合わせて中に潜んでいた」

 声もフェルのものである。

「俺が見つけたのは人に戻った時か」とリカルド。

「そうだ」アイリーンはリカルドにほほ笑みかけた「エリオット、この姿で帝都に戻れば問題ないだろ?」

「あぁ、よくできてるよ」

「それはいい」

 アイリーンは姿をフェルから元の若い女に戻した。


 フェル達を片づけ、アイリーン達は建物の中へと進んでいった。内部は外で見たような侵食や荒廃は感じられなかったが、埃が堆積し、経年劣化によりほころびを見せている調度品が見受けられ、放置されてからの時間の経過を示していた。一同は広間から厨房などの部屋まで見て回ったがどこも整然としていた。

「慌てて出て行った様子はないな。計画的な行動か?」とライデン。

「そうだろうな、荒れたところがまったくない。何かに追われて急いだ気配はない」エリオットが答える。

 ここは建物に入ってすぐのロビーのような場所。彼らは内部を簡単に一回りし様子を確認してきた。

「わかるのか?」

「いろいろな場所を見て来た。ひどく荒れた散らかった場所もあったが、ここは誰かに襲われて逃げ出したという雰囲気じゃない。何か理由があってこの施設を退去せざるを得なくなったのかもしれない」

「理由はお母様か?」

「お袋さんは凄腕の魔導師で錬金術師だったな。お袋さんに頼る所が大きかったのならそれもありうるな。だが、あんたの兄さん達に警備を任せて、建物に罠を仕掛けて出て行った所を見ると、お仲間はここを捨てたんじゃなく戻ってくる気はあったんだろう。もう二百年経っちまってるけどな」

「どこへ行ってしまったんだろうな?」

「屋敷の中探せば何か手掛かり残っているかもしれないぞ。建物はここだけじゃないんだろ?」

「そうだ。ここは宿舎みたいなものだ。ここから他に出て行くんだ」

「それならそこも探してみるこったな。お袋さんもアイリーン、あんたみたいに、どこかでまだ寝ながら待っているのかもしれん。その手掛かりがあるかもしれん」

「なるほど」

 

 その日はそのまま楽園に泊まり、エリオット達は陽が昇ってから帝都に戻ってきた。夜の食事は干し肉という冴えないものだったが飲み物は食物庫で見つけた二百年物のワインという豪華さだった。

 礼にとアイリーンから渡された小革袋にはウィング・ウェイ三世の顔が描かれた金貨が詰まっていた。エリオットが価値を調べてみると、うまく売り抜ければ旧市街で小さな家なら持てるほどの額になることが分かった。気を良くしたエリオットは、今回の騒ぎの関わった面々に僅かだが臨時の報酬をふるまうことにした。

 リカルドもそのおこぼれに与ることができた。僅かといっても彼としては一月分の給金に等しいほどの額である。但しこのことの詳細の口外は禁止されている。彼としてもその気は全くなかった。ローズの塔に行き直接彼女に会った事さえ、仲間からは話の盛り過ぎだと相手にされていないのだ。その先の出来事など誰も信用するはず無い。

 リカルドとしては今回の騒ぎでもう腹一杯で、たまに思い出してニヤつく程度で十分な気分だった。

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