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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女
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第7話

 帝都がローズと付き合いだしてもう既に長い期間が立っている。最初はごろつきが住み着いた二束三文の土地を買い取る裕福な女性の登場を歓迎した。やがて時は皇帝崩御の混乱期となり、彼女の正体に気が付いた時は既に遅かった。


 アクシール・ローズは帝都に住む一般人に手を掛けることはない。同族を排除し、狩られるのはよそ者である。この言葉により容易に対処できそうにない脅威による不安を鎮めてきた。


 しかし、新市街はローズの自治領ではない。それを知らしめるためにも帝都はローズを常時監視対象に定めている。そうはいっても、彼女達に対応可能な者は少なく、帝都はその任務を魔導騎士団に押しつけている。正確には魔導騎士団特化隊にである。


 魔導騎士団の所属は帝国騎士団ではなく、帝国魔法院の所属である。一般的なイメージとしては魔導師の集団、白い外套に奇妙な魔導機器。主な業務内容は帝都への魔法関連物品の流入出の管理、帝都内でのそれらの監視である。特化隊は取り締まりでの実動部隊として動いている。


 特化隊は二百年以上前に創設された皇帝直属の暗殺部隊を起源としている。皇帝が貴族、平民の身分を問わず力を持つ者を集め、影と呼び傍に置いていた。その後の紆余曲折を経て現在は帝国魔法院の元に置かれている。精霊に呪われている者や、呪われた武具と契約を交わしている者が部隊に所属しているためそれはしかるべき配置だと思われている。


 隊長は影の時代からの唯一の生き残りフィル・オ・ウィン。彼自身も呪われた存在であるが、ローズ達のように人を取って食うような怖れはない。彼が囚われているのは逆成長の呪いであり、呪いにより彼は筋骨隆々の中年男から就学間もない学童の姿へと戻ってしまった。当時の名残は黒い髪と浅黒い肌ぐらいしか残っていないが、基本的な力は変わっていないため、結果的には身の丈の倍はある太刀をすさまじい速さで振り回す化け物が完成した。フレアに十分対応できる力を持つが、それを発揮するする機会はあまりない。今は執務室での事務仕事、他部署、他機関との折衝業務が主な者となっている。


 彼の執務室は今も影の創設者であるウィングウェイ三世の肖像画が飾られ、二百年前の帝都の面影を保ち続けている。


 

 昼前、執務室のオ・ウィンはいらつきを抑え、目の前の文書に署名を終えた。


 せめて今日は静かな気持ちで過ごしたかったオ・ウィンだったが、その願いは朝から打ち砕かれた。警備隊が捜査中の事件へ塔のメイドとして知られるフレア・ランドールの介入があったらしい。アクシール・ローズも絡んでいるに違いない。あの二人は暇つぶしに捜査に介入してくることがあるのだ。今回は容疑者が建物の壁に叩きつけられ、気を失った状態で発見された。付近で小柄で金髪の少女を見かけたとの情報はある。しかし、容疑者本人はその時の記憶はないという。


 そこでオ・ウィンの出番となる。彼女たちに余計な手出しをせず、じっとしてろという意思が十分伝わるような抗議文書を送りつけるのだ。大した効果は見込めないが何もしないよりはましであるということになっている。


 文書を封筒に入れ封蝋を押す。帝都がこの馬鹿らしく思える作業を彼に押し付けてしばらく経つ、メイドが現れてからは特に多くなっているように思われる。


 オ・ウィンが呼び鈴を鳴らし副官を呼ぼうとした時、ちょうど執務室の扉をノックする音がした。


「エヴリーです」副官のエリン・エヴリーだった。


「入れ」


 刺繍まみれの時代がかった制服を身に付けた副官が入ってきた。背が高く黒い髪、浅黒い肌の女性でオ・ウィンと共に歩くと母子のように見えるが、遥かに高齢なのはオ・ウィンのほうである。右手のひらの上に旧市街にある高級菓子店のエンブレムと店名が描かれている大きな紙包みを載せている。


「隊長にお届け物です。安全確認は終わっています」


「中身はなんだ?」


「ドライフルーツたっぷりのケーキです。インフレイムスの店員が届けに来ました」


「今年も来たか。カードは入っているか?」


「はい。無記名ですが、古めかしい書体で陛下の生誕をお祝いして、と書かれています」エヴリーは制服の内ポケットからカードを取り出し、オ・ウィンの机の上に置いた。「……ですが、陛下のお誕生日は半年も先になりますよ」


「それは今生のアダムス五世陛下のことだろう。ここでの陛下はウィングウェイ三世陛下のことだ。我、影の部隊の創設者であり、最高指揮官でもあられた陛下。今日はそんな陛下が転生の輪から出てこの世に舞い降りてこられた記念すべき日なのだ」

 

 オ・ウィンは椅子から飛び降り、背後の壁の天井付近に飾られているウィングウェイ三世の肖像を指示した。アダムス五世の肖像も隣に飾られているが、その表情は威厳に満ちたウィングウェイ三世の隣でどこか居心地が悪そうに感じられる。


 エヴリーは部隊が現在は影でなく特化隊であることには言及しないでおき、上官が落ち着くのを待った。


 オ・ウィンは椅子に座り直し言葉をつづけた。


「お前はここに来て新しいからまだ知らないようだが、いつも頃からか、どういうわけか、陛下の誕生日に甘い物が送られてくるようになってな……」


「毎年ですか?」


「そうだ」


「送り主は?」


「わからん」


「隊長じゃないですよね?」


「俺が?冗談じゃない」


 オ・ウィンはため息をついた。


「どうしますか?このケーキは……」


「今いる者で分けて食ってしまえ。それから、食ってからでいいから、お茶を持ってきてくれないか」


「はい。……でもなぜ、毎回甘い物なんでしょうね」


「ふん、人ならだれでも甘い物は好きだろうと思っているんだろうよ」あの二人は……。


 オ・ウィンがつぶやいた時にはもう副官の姿はなかった。


 残ったのは目に前にある封筒。オ・ウィンはしばらくそれを睨みつけそれから取り上げると引き出しの一つに押し込んだ。


「今回は許してやる。陛下に感謝しろ」


 帝国とローズの付き合いは長い。それはどちらかがこの地から消えるまで続くだろう。

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