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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女
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第6話

 フレアはローズと共に暮らすようになり狩りをすることをやめた。


 帝都に来るまでは北方から東方へ比較的大きな街に潜伏し、生きるための狩りを続けてきた。適当な話を作り上げては人々の中に潜りこむ。目立たぬように生活をするが、やがてその地域では原因不明の失踪事件が多発し、それに小柄な金髪少女が絡んでいるという噂が立ち始める。それを移動の目安としていた。期間は最短で一カ月だったが、最長で五年ほど、何もなくとも容姿が目立つため長居はリスクの元となる。そのため頻繁な引っ越しは不可欠となっていた。

 

 東方を離れ、帝国へとやってきたのは同族とのトラブルの末の成り行きだが、帝都までやってきたのは、ただ単に大きな街だったからにすぎない。百五十年の間にすっかり定着していた新市街の主ローズの存在については全く知らなかった。何が幸いしたのか、フレアは排除されることなくローズと共に暮らし始めた。

 

 狩りをすることなく食べ物を手にすることができるようになった彼女だったが、部屋でごろごろしながら肉があてがわれる事などあるはずもなく、一日中忙しく働くこととなった。


 今日は正教徒第一病院で献血の立ち会いと手伝いである。手伝いといってもフレアにできることは少なく、採血を済ませた人々にお礼の焼き菓子を配る程度で、後はにこやかに立っているだけである。それでもフレアがいるだけで場が落ち着くということで同席することになっている。誰も怪力の美少女もどきの前で騒ぎを起こし殴られたくはない。フレアとしては楽な仕事の一つとなっている。


 病院へは荷物がかさばるためフレアは馬車で裏口に乗り付ける。高価なコバヤシ製動力馬車はフレアが献血を回収するまで、そこに留め置かれることになるが、幻龍の紋章に入った乗り物に手を付ける者はこの街にはまずいない。


 謝礼用のお菓子や大型の保冷箱を手押し台車に積み、警備員に一礼をし裏口からフレアは病院内へと入っていく。


 漂ってくるのは薬品臭、薄らとした排泄物と死の匂い、しかし腐敗臭は感じられない。それはここが野外ではなく、管理された場所である証拠。何かはっきりとしない何者かの気配が傍を通りすぎた。いつものことなので特に気にはしない。


 関係者以外立ち入り禁止の扉の内側はいつもフレアの好奇心を強く刺激する。一度探検してみたいと思うフレアだが、遺体が置かれることがある場所を嬉々としてうろつく狼人など良い印象を与えるわけがない。


 一階ロビーへと出ると、そこはいつもの通りの賑わい。診察や見舞いなどの来院者でごった返している。いつもと違う所はロビーの端の辺りが片づけられ、そこに椅子を並べられていること。そしてその前方の壁には幾人かの医師の名前と共になぜかフレアの名前が書かれた紙が貼られていた。フレアは同姓同名の女性医師がいるだろうと考えた。この名前は帝都にやって来た時に適当に付けたもので、当時も今もはありふれたものだ。


 ロビーから正面玄関を経て病院前の広場へ、そこには飾り気のない古びたテントが張られ、その中では医師と看護師がいそがしそうに採血の準備をし、傍では気の早い献血参加者が並んでいる。


 なぜこのような回りくどいことになるのか。それはいろいろと事情がある。ローズからは多額の寄付と高価な機材の提供を受けているとはいえ、相手は呪われた吸血鬼である。そして、目的は個人的な食料の調達である。さすがに正教会系の施設内で採血を行うことはできないため、妥協案として病院前の広場でローズ所有のテントを使用して行われる。医師たちは勤務外の時間にローズの臨時雇いとして働いていることとなっている。


「やぁ、ランドール君待っていたよ」


 フレアはテントに着いた途端、現場を仕切る医師ヒンヨ・リヒターに声を掛けられた。


「こんにちは、リヒター先生」


 リヒターが手招きをするため、フレアは押して来た台車をテント脇に置き彼の元の急いだ。


「何か御用ですか?」


「ローズさんから聞いているとは思うが、今日の公演は期待しているよ」


「えっ、何の話ですか?」


「この後ある講演で、君には少しの時間話してもらうつもりだったんだが聞いてないかな?」


「はい……」さっきの名前はやはり自分のことのだったようだ。


「ローズさんとは話したんだが、彼女、君に伝えるのを忘れたのかな」


 彼女が忘れるわけがない。間違いなく意図的だ。


「まぁ、わたしでよければ協力しますが、どのようなお話をすればいいんですか?」


「最近話題になっている豚の司教のことなんだ。レシピに則って料理をする分には全く問題はないんだが、どういうわけか生食をしたがる者が出てきて困っているんだ。そこで生肉食に詳しい君から、皆に短い時間でいいからその害について警告してもらえないかと思ってね」


「はい、わかりました」努めて快く返事したつもりのフレアだったが、すこし顔がひきつるのを感じた。


 これまで様々な修羅場をその話術と容姿で乗り切ってきたフレアだが、大勢の人々の面前で狼人としての立場で話をするのは初めてだ。それももっとも避けたい食事の件である。


 狩りに伴う危険は消えたとはいえ、今日の糧を得る苦労が消えることはないと改めて感じるフレアだった。

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