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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第11話

「作り出した?そんな馬鹿な、そんなことできるわけが……」ポンヌの顔がまたも困惑が湧き上がる。

 ポンヌは信じていた、疑うことができなかったザワが昆虫の存在について口を閉ざしていたことには憤りを感じていても、それを作り出すことなどは考えも及ばないようだ。

「ならば、お前はあのような生き物が自然に発生するとでも言うのか。そんなことがあろうはずもない。あれは作り出したのは神なる力のなせる技だ」

「神、そんなことが……」

「おそらく魔法や精霊などの力を用いて現存する種に改良を施したのだと思います」とフレア。

「そんなことが可能なのか?」

「はい……」

 アイラ・ホワイトはその力を極め、ついには奇跡の造物アイリーンを作り出した。

 そんな彼女でもアイリーンを一から作り出したわけではない。アイリーンは人と異世界の存在との掛け合わせだ。

「その女はわかっているようだな。実のところルシフェルを造ったのはポリーなんだよ。その点で彼女は天才といっても過言ではないだろう」

「何を馬鹿なことを、彼女に魔法など扱えるはずがないだろう」

「確かにポリーは帝都に向かう前はただの頭の良い娘に過ぎなかった。だが、彼女は帝都で素晴らしい力を身に着けて戻ってきた。それは命を操る力だ」

 狂気を帯びた高らかな笑い声を上げるザワは自らの言葉に酔いしれているように見える。

「あぁ…ポンヌさん、あれを」フレアは作業机の中央に置かれた深紫の靄を帯びた珠を指さした。

「おそらく、あれが力の源、そしてあれがポリーさんや先生を操っているんですよ」

「あぁ、あれは彼女が村に帰ってきたときに胸に抱いていたのはあの珠か……彼女は胸に抱えた袋を愛おし気に眺めていた」

「そうだ。それがその水鏡姫こそが我々に奇跡をもたらしたのだ!」

 なるほど、これであのような珠がここにある理由に納得がいった。ポリーは学業の傍ら、研究を進める過程で精霊の力に手を出してしまったようだ。それは誰もが御する事ができる力ではない。逆に意識を乗っ取られる場合も少なくはない。

 研究室に沈黙が訪れた。無音の中で壁の向こうにいる存在の気配が際立ってきた。

 これはあの川の辺りで感じた気配ではないか。過去の記憶を辿り、最もそれに近いの存在がフレアの意識に浮かび上がってきた。それは新市街の地下に湧いて出た人喰い蜘蛛だ。

 ややあってポンヌが口を開いた。  

「……ザワ先生、あなたは彼女を殺害しその珠を奪い取ったのですか?」

 抑制の効いた声音だが、ザワにとってはそれは矢のように鋭かったようだ。ポンヌの言葉に高揚した酔っぱらいの笑顔が瞬時に消し飛んだ。

「失敬な!わたしはこの水鏡姫をポリーから受け継いだのだ!わたしは正当な後継者だ」ザワは声を荒げ、ポンヌを睨みつけた。

「あれは事故だった……我々は育てていたルシフェルをここから逃がしてしまった。それがわかったのは川で散発的に騒ぎが起こり始めてからのことだ。その噂を聞きつけた我々は確認のため二人で川岸へと駆けつけた。そこで多くのルシフェルの気配を感じた。あれは外に迷い出ても死ぬことなく生き延び、その数を増やしていた。この世の種として定着に成功したのだ。その喜びは大きかったが、それはつかの間のことだった。あろうことか、ルシフェルは彼女が持つランタンの光に刺激を受け活性化し、彼女の胸を撃ち抜き殺してしまった。意識しての事ではない。事故だったのだ……」

 今度は大粒の涙が頬を伝う。感情の起伏が異常に激しくなっているようだ。なんとも忙しいことだ。

「それをなぜ、どうしてその時に我々に知らせてはもらえなかったのですか。そうすればそれなりの対策を打つことができ後の騒ぎを防ぐことができた。ポリーの亡骸も長きに渡り淵の底に放置されることもなかった」

「言えるものか!やっとのことで生まれでたルシフェルの事を明かせば、お前たちはその駆除を考えるだろう。それがお前たちが農場でやっていることがそれではないか。それでやむなくわたしは彼女の遺体を淵に沈めることにした」

 これは甲虫の立場での発言だ。ザワの意識は完全に彼らに囚われているようだ。

「ヴィッキーさんはそれを目にしていたということですか」とポンヌ。

「そうだな。彼女は二人で歩いているところを目にしたが、その意味は理解してはおらず、浮ついた密会と勘違いしていたようだ。それをネタに金を要求してきた。まったくもって馬鹿な女だ」

「それで川に呼び出し、ルシフェルに始末をさせたということですか」

「その通りだ。間違いない」

 ザワは犯行をあっさりと認めた。そのつまらなそうな物言いからヴィッキー殺害は彼にとって些事にすぎなことがうかがえる。

「わたしは彼女を失った悲しみを乗り越え、ルシフェルの改良、強化に務めた。二度と同じ失敗を繰り返さないためにも珠の力を使い、外部から隔てられたこの研究室を作りもした」

 また、先程までの異様な笑顔が浮かんできた。

「君たちもここまでやってきたんだ。せっかくだから、見せてやろう」ザワは右手の指を打ち鳴らした。

 その音に反応し珠が光り輝き、ザワの背面の壁が緞帳のようにせり上がり始めた。

「これこそ、ポリーが生み出しわたしが育て上げたルシフェルだ!」

 ザワは両手を大きく広げ芝居がかった口上をあげた。壁の中はポンヌとケイコムの目では捉えることができず、ザワの言葉にただ身構えるのみだ。フレアには壁の内側の闇の中から僅かな羽音が感じられた。漂い出してきた腐臭はそれらの餌となっている肉が放つものだろう。それならば、あの噂もまんざら嘘ではないのかもしれない。仄暗い淵の底でポリーは亡くなってもなおルシフェルの糧となったのかも知れない。だが、それは彼女が望んだ最後だったのだろうか。

「はっ、見えんか」ザワの口角がさらに上がる。「残念だが、仕方ないな。体を以ってルシフェルを味わうとよい。お前たちの亡骸もルシフェルの糧となり無駄にはならん」

「くそっ」

 また、指を鳴らす甲高い音が室内に響き、珠が輝きを帯びる。次に動いたのはフレアたちの背後にある壁だ。天井側へと上がっていく壁の向こう側から、暗闇で群れるルシフェルたちが作業台に置かれた燭台の光によって活性化し興奮が高まっていく様子が伝わってくる。もう光に向かって全力での突撃を繰り返すまで幾らも間はないだろう。

「床に伏せて!」フレアは警備隊の二人に向かい声を上げた。

 ポンヌはフレアの指示に素早くに反応し床に伏せたが、ケイコムは硬直させ棒立ちのままでいる。やむを得ずフレアは彼の足元を払って床に転がした。怪我をさせては元も子もないため床との衝突寸前に手を添えその衝撃を和らげておく。フレアも素早く床に伏せる。

 フレアの行動のおかげで皆初回の襲撃はでかわすことができたが、燭台の一つが群れの動きのあおりを受け作業台から転がり落ちてきた。灯がついたままの燭台が目の前に落ちてくればこちらは動きが取れず万事休すだ。ポンヌとケイコムはもちろんのことフレアであっても群れを相手にすることになればただではすまないだろう。

フレアは素早く床を這い進み落ちてくる燭台を床に触れる手前で作業台の上に投げ上げた。ルシフェルも燭台の灯火につられて作業台に向け軌道を変えた。

「ふぅ……」

 ルシフェルの攻撃をしのぎはしたが活性化した群れは頭上で行き交っており、問題の解決にはほど遠い。

 作業台の上から何かが弾けるような音が聞こえて、直後に部屋の明るさが増した。

「えっ……?」

 投げ上げた燭台の灯火が作業台の上にあった何かに引火してしまったようだ。それに刺激されルシフェルの動きがさらに活性化する。火を消さなければルシフェルに体を貫かれるか、火事で焼け死ぬか。どちらかを選ぶ羽目になる。

 まずは火を消す必要がある。

「あぁ、もう!」

 それにはルシフェルが乱舞する中で立ち上がる必要がある。

「当たらなければどうということはない」いいかげんな台詞がフレアの脳裏をよぎる。

「あぁ、うるさい」一体誰がこんな無責任なことをいい始めたのか。

「仕方ないわねっ!」

 フレアは両手、両脚の力を全力で活用し、自身の体を天井に向け跳ね上げた。途中で何度か強い衝撃を受けたがこの程度なら耐えられる。力任せの跳躍に背中が天井に激しく叩きつけられる。むしろこちらの方が体に堪える。

 天井に張りつき作業台のを見下ろすと、倒れた燭台とそこに挿されていた蝋燭が目についた。幸いなことにもう一つの燭台は倒れた拍子に火が消えたようだ。投げ上げた蝋燭の火は作業台の上に放置されていた書類や薬品に引火したようだ。そのため蝋燭の火は作業台の上で何倍もの炎を化している。

 狙いは定まった。フレアは眼下の炎に向け最速の拳を振り下ろした。乾いた破裂音を伴い空を切った拳の先から衝撃波が発生し、それによって巻き起こされて突風が作業台の上にあるほとんどを一瞬で薙ぎ払った。もちろん炎も瞬時に消し飛んだ。

 研究室は闇の底に落ちた。かろうじて光源となっているのは作業台の上で濃い紫の靄を放つ珠だけだ。ルシフェルはまだ飛び交って入るが、その勢いは瞬時に衰え軽く小突く程度となっている。ゆっくりとしてはいられない。二度通用することもないだろう。ルシフェルが活性を落とした今しか機会はない。

 作業台の上に降り立ったフレアは渾身の力を込めて珠を殴りつけた。拳にひどい痛みを感じたが手ごたえはあった。飛び散る血にかまわず拳を振るい、拳が砕ける前に珠が弾け飛び、破片の幾つかが身体に当たるのを感じた。

「そんな、馬鹿な……」闇の中でザワから断末魔の喘ぎが漏れ、研究室に一陣の寒風が駆け抜け彼が床に崩れる音が響いた。

「何が起こった……」若干の間をおいて背後からポンヌの声が聞こえた。

 彼はまだ机の陰に身を潜めている。

「終わりました」

 足元で軽い揺れを感じた。ここは珠の力を使って作り出した。ザワはそう言っていた。ならば、珠がなくなったなればどうなるか。

「立ってください、すぐにここから出ましょう。ここはいつ崩れ出すかわかりません」

「あぁ……わかった……」

「大丈夫です、わたしが先導します」

「任せる、頼んだぞ」

「はい」

 フレアは気を失ったザワを肩に担ぎ、ポンヌたちを先導し研究室から連れ出した。記憶を頼りに闇の中を行き、下りの階段室に入ったところで瞬時に闇に落ちていた廊下が陽光差し込む廊下へと取って替わった。

「……」二人は無言で廊下側を振り返った。

「彼が精霊の力を使い作った研究室が消滅したようです」

「あの虫、ルシフェルはどうなったんだろう」とポンヌ。

「おそらく、研究室の崩壊に巻き込まれてこちらの世界からは消え失せたはずです」

 ルシフェルがそこで生き延びることができるかどうかは定かではないが、自力でこちらに渡ってくるのは不可能だろう。ポリーとザワを操っていた精霊もこの世からいなくなったはずだ。

「これで終わったと見ていいのか」

「一応の解決は見たと思われますが、川に残った虫の駆除は必要かと思われます」

「それは任せてくれ、こちらで責任をもって終わらせよう」


 ポンヌは言葉通り警備隊詰め所に帰ると同時に一連の事件の後始末に取り掛かった。フレアはそれらを警備隊に任せて司祭館へと戻ってきた。研究所で起きたことのあらましはホイール司祭とアンディーに軽く説明し客室へと引き揚げた。

 さすがに疲れがこみ上げ寝台に腰を降ろしているうちに日が暮れた。ややあって、アンディーが盆に載せた食事を部屋まで運んでくれた。それを食べ終えた頃に馴染み深い気配を窓際に感じた。

「ローズ様?」

「ごきげんよう、今回も大活躍だったようね」

 窓際にいつもの外套姿のローズが姿を現した。

「お疲れ様、馬車を運んでおいたからそれで帰ってらっしゃい」

「あぁ、でも……」

「あの虫のことを気にしているなら心配ないわ。わたしが全部始末しておいたから、燐光で集めてまとめて雷撃で撃ち落とす。わけなかったわ」

「ご存じでしたか?」

「もちろんね」

「いつ頃から……」

「あなたたちの謎解きは楽しませてもらったわ」

「まさか、全部見ておられたんですか」

「そうね」

「それなら、全容も早くから掴んでおられた……」

「えぇ、あなたたちが研究所に乗り込む前にはね」

「それじゃ、どうして一言声をかけてくれなかったんですか」

「あなた達がおかしな方向へそれていくならそのつもりだったけど、問題なさそうだったから」

「……そうですか」

 ローズにしてみれば、問題なかったかもしれないが、フレアとしては命の危機を感じる一件であった。大きなため息をつく。

「あなたの仕事は終わったわ。朝になったら帰ってらっしゃい。後はここの人たちが自分たちで折り合いをつけるだけだわ。あの先生の処遇に関してもね」

 ローズはそれだけいうと窓から夜空に向かい飛び出していった。フレアはローズの姿が見えなくなっても夜空を眺め続けていた。こうしてゆっくりと夜空を眺めるのはここヘきて蛍を眺めた夜以来のことだろう。それ以降は気を落ち着ける暇がなかった。

 こうして夜空を眺めることもまたしばらくないかもしれない。そう思いフレアは夜が明けるまで空を眺めていた。


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