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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第8話

 警備隊が川の淵から引き上げられた遺体の身元をポリー・ノミチであることを断定するのにさほど時間はかからなかった。その根拠となったのは遺体に残っていた衣服の断片などと首の骨に絡んでいた首飾りである。ポリーの両親であるベルグとペギーはその首飾りを娘がつけていた物あることを認め、その場で泣き崩れることとなった。

 これに先立って警備隊に失踪当夜件の件の川辺でポリーを見かけたと話している者がいるとの情報がもたらされた。それは川の淵からポリーの遺体が発見された日の昼ことだった。

 誰が話しているのかと思えば、それはヴィッキー・ヴィッツだった。彼女の発言については普段から虚偽の内容が含まれる場合が多いため、信用ならぬ人物として知られている。それでも、彼女の言葉を真に受ける者がおり、あらぬ噂が村に広がり何度も面倒事を起こしている。

 今回、そのような噂を警備隊が聞きつけたのは、住人の何人かがご注進とばかりに警備隊詰所へ知らせにやってきたためだ。彼らによると、ヴィッキーはポリーが失踪する前夜に川の土手を誰かと連れ立って二人で歩いていたという。その相手が誰かはわからない。顔はよく見えなかったと話しているという。二人はランタンなどの明かりを使わず夜道を歩いていたという。では、なぜそれがポリーとわかったのか。それは彼女の声が聞こえたから。相手は誰か、それは暗かったのでわからない。といったいい加減な話だ。

「彼女の言葉に目新しい内容はない」

 これがポンヌ・ヌポンヌが下した判断だった。彼女が話した情報をというのは過去の捜査で知り得た情報の焼き直しに過ぎない。その程度の情報なら村人の誰もが知っている。

 ヴィッキーの証言を聞きつけた当時は彼女の行方を追い、事情を聞きただすための人員はなかった。彼女が話す不確かな情報の裏を取るよりも遺体の身元を特定するほうが遥かに重要だった。

 ようやく人員を回した時にはすでにヴィッキーの行方はわからなくなっており、その果に川辺に倒れているとの知らせを受ける結果となってしまった。なんとも腹立たしい展開ではある。本当にポリーが姿を消す前夜にその姿を見かけていたなら、なぜその時に言ってくれなかったのか。

 ポンヌはあのポリー失踪当時から警備隊で捜査の指揮を取っていた。

 問題の夜、確かにポリーは誰にも告げず一人でランタンを手に外へと出かけていった。部屋着のままで軽く所用を済ませるかのように家を出て、二度と戻ってこなかった。

「ポリーはザワ先生の元で害虫駆除のための研究に心血を注いでいた。そんなポリーが何も言わず姿を消すはずはない」

 彼女の両親であるベルグとペギーからの通報により警備隊も動くこととなった。だが、その足取りを掴むことはできなかった。当初は付き合いを反対されていたアンソニーとの駆け落ちや揉め事なども考えられたが、彼は失踪当時は帝都にいた。それは彼の相棒であるロンドと泊まっていた宿の主人の証言から確かである。

 ポリーの失踪に研究所の所長であるザワ・クロフトも衝撃を受けひどく取り乱していた。彼はポリーが何か思い悩んでいた気配を薄っすらと察してはいたという。だが、声を掛ける前に彼女は姿を消したといい、彼はそのことを酷く悔やんでいたようだ。

 ポリーの背景情報としては様々な情報が浮かんできたが、肝心の行方はようとして掴めず今に至っている。

 それが今になってどうにも奇妙な展開を見せてきた。

 フレア・ランドールが彼女の遺体を発見したのは偶然に違いない。だが、それに呼応するようにポリーの話題を口にしたヴィッキーは即座に彼女は川辺で殺害された。それについては何らかの関連があると見てよいだろう。周辺の状況から見て、彼女は夜になってあの川辺に呼び出されその場で殺害されたと見るのが妥当だと思われる。

そして容疑者として川岸に現れる狙撃手が浮かんできた。なんと無茶苦茶な展開だ。加えて奴はポリーまで手に掛けている可能性まで出てきている。

 狙撃手についてはこちらのあずかり知らぬ点は多いが、ランドールの見解によればあの犯行には魔導師や精霊が関わっている可能性が高いという。それはこちらの見立てとも一致する。

 それならば、田舎の警備隊では少し荷が重い任務となるだろう。取り急ぎ帝都に応援要請と出すのが適切となるかも知れない。それまではこちらで凌ぐ他ない。この際だあの娘にうまく立ち回ってもらうか。彼女は素性はともかく力は申し分ない。

 ヴィッキーの死因と遺体の身元に関する情報は今のところ伏せてはいるが、漏れ出すのは時間の問題だ。住民たちが気づくまでさほどかからないだろう。

「夜になって彼女が上機嫌で飲んでいたというのは本当か」

 ポンヌは目の前に立つ隊士ベンに訊ねた。ヴィッキーが村で噂をふれまわり、殺害されるまでの行動は次第に明らかになってきている。

「はい、その際は打って変わってポリーの件には触れようにとしなくなっていたようです」

「昼間は意気込んで話していたのが、夜になるとそれを控える。ここに何かありそうだな」

「その間の行動については明確な証言はまだ得られてはいませんが、ヴィッキーが北西の森の辺りを歩いているのを木こりのジョニーや牧童のマットが目にしたようですが、行先まではわかりません」

 これはニックの酒場でケイコムが偶然得た証言だ。

「北西の森……そんなところに何の用がある」

「ジョニーやマットなら付近が仕事場となっていますが、他の者にとってはきのこや野草取りが関の山でしょうが、彼女は手ぶらで歩いていたようです」

「マットは少し離れた場所を歩く彼女に声を掛けたそうですが、軽く手を降り返しただけで反応は薄かったようですね。散歩でぶらついている足取りではなく、目的があるように速足だったそうです」

「どこに向かっていた。あの辺りに何がある?」

「森以外となれば……」

「……あぁ、ザワ先生の」研究所がある。あれでもヴィッキーは研究所の事務を担当していた時期があった。そのころはまだ言動はまだ落ち着きがあった。

「そっちに行ったのなら、何の用があったんでしょうか?」

「俺が出向いて訊ねてみるか」


 ポンヌは部下に引き続き情報収集に当たるよう命じ、自分はケイコムとともに村の北西にあるザワ・クロフトの研究所へと向かった。彼の研究所の所在は村の多くの住民が知っているが、そこへ出向いたことがあるものはごく一部に過ぎない。害虫駆除のための薬品などで世話になっている農家などでも研究所に直接出向くことはなく、ザワや助手のポリーが届けにやってきていた。その際に彼ら自ら使い方などを伝授する。そんなやり方を続けていた。菜園を営むポンヌの実家も彼の世話になってはいるが、実際に彼と顔を合わすのはそんな機会だけだった。ポリーが姿を消してからはザワは研究室に籠もりきりとなり、薬品の配達などは他の事務員や警備員が担当するようになった。今では所内の職員でさえザワと顔を合わせることがめっきり少なくなったという話だ。

 そういえばポンヌが研究所を訪れたのも今までで一回きりだ。その時は森に迷い込んだ旅行者が運よく研究所にたどり着いたとの報を受け保護のため引き取りにいったのだ。そこまで行けば一本道で村に出られるのだが、よそ者ではそんなことは知る由もない。

 警備隊の馬車でマットの牧場の傍を通る農道から森へと入り、そこから研究所へと向かう。しばらくしてケイコムが操る馬車が到着したのは苔むした重厚な石造りの建物である。これは帝都に新市街ができる以前からある建物でかつては城塞として使われていたらしい。それを帝国から格安で買い取ることに成功した。

 下草が繁茂した車止めに馬車を停め、四辺を分厚い鉄板と太い鋲で補強された玄関扉から下がる呼び鈴を鳴らす。ややあって、研究所付きの警備員が姿を現した。不精髭を生やした中年男でポンヌとケイコムの姿を上から下まで訝し気に眺めた。

「警備隊所長のポンヌ・ヌボンヌとパク・ケイコムです」ポンヌは自分と隣に立つケイコムを手で順に示した。

「警備隊の方が…… 何の御用ですか」

 このような時は制服が役に立つ。全員がポンヌが何者か知っているわけではない。特にこの警備員は外からやってきた新顔だ。そんな者に対しては手間のかかる自己紹介の多くを省くことができる。

「お伺いしたいことがありまして、やってきました」とポンヌ。

「はい、何でしょうか?」

「昨日のことでしょうか。以前ここに務めておられたヴィッキー・ヴィッツさんが来られてはいないでしょうか」

「あぁ、来ましたね。ここで先生に会わせろ、ここに入れろ、入れないの押し問答になりましたよ」その時のことを思い出したか、彼は眉間に皺をよせ顔を歪めた。 

「具体的にはどのようなことが……」とポンヌは先を促す。

 彼女が夜に上機嫌になるなら追い返されてはいないはずだ。何かあったはずだ。

「あの人、先生に会わせてくれ、ポリーさんについて話したいことがあるといってここで騒いで……」女性の声が奥からきこえてきた。

 奥から現れたのは事務員のアンジー・エイドだ。茶髪の小柄な中年女性だが、その眼差しを声音は一回り以上大きな男より力強い。

「あまりうるさいものだから先生に対処法を伺いました」

「それでどうなりました」

「先生の元へ通しました……」両名とも顔をしかめた。二人とも望んでいた対応ではなかったようだ。

「先生とポリーさんは何かあったんですか?」とポンヌ。

「ふん、ありませんよ。所長と助手、本当にそれだけの関係でした」馬鹿々々しいとばかりに頭を横に振る。

「何か揉めているような時はありませんでしたか」

「揉める?」

「あぁ、研究方針についてなら、お互いの考えの違いで衝突することはあったようです。お互いそれについては頑固でしたから」

「方針とはどのようなことです」

「先生は従来通りに薬品の研究、彼女はそれより天敵を作り出した方がよいのではないかという考えでした。先生はそれに反対していました。その時は激しい衝突になりましたね」

「なるほど……」

「あの人はそれを何やら勘ぐった捉え方をしていたんでしょうね。何でも色恋ごとに変換して受け止める妙な人でしたから」







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