第7話
「ランドールさんは銃創を目にしたことはありますか?」ポンヌの声音は柔らかではあるが、その眼差しは刃物のように鋭い。反射的に目をそむける者も多いことだろう。
「はい、主に獣が受けた傷ですが……」
銃撃を受け倒れた獣たちの姿が脳裏に浮かんでくる。狩人には少し気の毒だったが何度か彼らの獲物を横取りしたことがある。まだ十分に力を得ていない頃の話だ。
「かまわないです。身体のつくりは人と似たようなものだ」
「魔法矢などはどうですか」
「あります」これに関しては目の当たりにしたばかりか、自分の身体で受けたことさえある。
「では、これを見てどう思われます」
ポンヌは隣にいる隊士エイドに目配せをし、ヴィッキーの肩と腰に手をやり軽く持ち上げ遺体を横に向けさせた。
「これは……弾丸による傷ではない?」とフレア。
「なぜそう思われます?」
「傷の状態から見ての判断です」フレアは遺体の背中に開いた穴を指さした。
「銃弾というのは軟らかな金属から作られていることが多いと聞いています。それは獲物の身体に当たると大きく変形、または粉々に破壊される。それが殺傷力を強める効果をもたらすのです。命中後、肉や骨によって軌道を乱された弾丸は身体の中を駆け巡り排出される。その排出口は命中時より大きくなることが多いです」
「よくご存じだ」ポンヌはヘルゼンと顔を見合わせ頷いた。まるで何かの試験を受けているようで落ち着かない。
これはまだフレアが普通の少女だった頃に父や他の村人から聞いた話だ。銃火器の性能はあの頃から向上してはいるが基本的な構造は変わってはいないと聞いている。
ヴィッキーは元通り横たえられた。隊士が一息つく。
「では、彼女はどのように殺されたと思われますか?」
「現場で矢などは見つかっています?」
「何も……」ポンヌに軽く頭を横に数回振った。
「では、今回の場合、傷の形状からみて実体を持たない力の塊に射貫かれたと考えるのが適当でしょう」
体についた傷はどれも均一で丸く、鏃によって切り裂かれた様子やそれを引き抜いたことによる乱れもなかった。
「それでは凶器は魔法矢のような形態と考えてよいでしょうか?」
この辺りまでは彼らも察しはついているようだ。
「はい」
ならば、自分のような立場の存在にそれを訊ねるのか。彼らが欲しいのは確信だろうか。自分たちの説を補強するため見解を欲しているのか。
「詳細はご存じですか」
「魔法ですか?」
「はい」
「ローズ様からお聞きした範囲でしたら……」
「それは心強い、お聞かせ願えますか」とポンヌ。
「はい、いわゆる魔法矢と呼ばれる術式は……」フレアは過去に聞いたローズの解説を思い起こす。 フレアの脳裏に口角を上げたローズの表情が蘇ってきた。印象的な長い犬歯が口元から露わとなる。
「それ自体はごく初歩的な術式ではありますが、術者の魔力と練度により絶大な破壊力をもたらす術式の一つでもあります。術者の能力次第で矢を巨木のような銛として放つことも、針のように細かな矢を数千と放つことも可能です。鋼鉄を穿ち岩を砕くことも造作ないと……」
「はい」
「……ですが、それは恵まれた魔力と才能、それに加えて厳しい修練の賜物であって、大半の術者は一本の矢を放つのが関の山だと聞きました。そのでもそれは十分な脅威となりえます」
「……だとすれば」とポンヌ。「この犯人は優れた力を持つ魔導師であることも考えられますね」
「はい、心当たりはありますか」
「あるといえば……」ポンヌは軽く首を傾げた。「あるですが残念ながらその正体までは……」
「どういうことですか?」
「ランドールさん……あの川には、あの川岸には手に下げたランタンを狙う謎の狙撃手が出るんです……」
「あぁ…」
「もうご存知でしたか?」
「アンディーさんから川辺へ蛍見物に行った際にあの川にそのような輩が出るという話を聞きました。狙われるのはランタンをかざし川を渡る住人で、もう何人もが被害になっている。……その正体はつかめていない」
「えぇ…残念ながら。ですが、こちらも手をこまねいて眺めていたわけではありません。村で腕の立つ猟師には一通り事情を聞いています。皆被害があった夜の所在ははっきりとしています。魔法についてはこの村にそのような力を持つ住人はおりません」とポンヌ。
「他にも邪な精霊などの関与も考えられたので、ホイール司祭にも川の周辺を見聞していただきました。彼は教会の儀式を取り仕切るだけではなく有能な術士でもあります」
「それで司祭のお見立ては?」
「邪な存在の気配は感じられず、川は清浄との見解が下されました。そして、川辺で迷う存在のために鎮魂の祈りも執り行われました」
「それでも被害は収まらなかった?」
「それからは犯人を外に求めて周囲の森を何度となく徹底的に捜索したのですが……」
「見つからなかった……」
「ですね。それで皆目お手上げとなっていたところで……」
彼らの対応は十分に適切と言えるだろう。それが功を奏していないのは残念なことだが。
「そいつが昨夜ついに殺人にまで手を染め始めたということですか?」
「……」
ポンヌが口を噤み、傍で立っているヘルゼンが僅かに肩を震わせ上司の様子を伺った。
これは何を意味しているのか。
ポンヌがヘルゼンに軽く頷きかけた。
「昨夜まではわたしたちもそう思っていました」とポンヌ。
「思っていた……」
なぜ「昨夜までは…」なのか。
「あぁ……」すでに犠牲者が出ていたのか?。
誰だろう。誰のことを言っているのか。
「あぁっ、まさか……あの引き上げられた遺体も……?」
「その通り、察しの良い方ですね」またポンヌが口角を上げた。
「まずはヴィッキーさんの頭部をご覧ください」ポンヌは横たわる彼女の頭部を指差した。
「二箇所ほど何かの衝突痕があり、それが痣となって残っています」
痣は濃い紫色で何がか強い力で衝突したことを示している。
「そしてこちら……」
ポンヌは奥の寝台に身体を向け、そこに被せられていた綿布を捲り上げた。そこには半ば骨と化した遺体が置かれていた。
「あなたが川の淵から引き上げてくださった遺体です。この遺体の頭蓋骨にも似たような衝撃が加えられたらしく、額と目に下あたりに損傷が見られます。肋骨にも被弾の跡が見られました」
頭骨のひびから見て、その衝撃の強さが伺い知れる。
「それではこちらの遺体もゔぃ同様の手口で殺されていた可能性があるという事ですか。それも遥かに前に……」
これだけでも相当な重傷を負うことになるだろう。
「……でも大事なことわたしに話してもいいんですか?」
「その点はあなたを信頼しています。余計なおしゃべりは控えてもらえると信じています」
司祭館の入口ではメアリーを始めとする従者たちがフレアの帰りを待ち受けていた。警備隊の馬車でエイド医師が務める医院に出向く際にヴィッキーの名が口にされたのも原因の一つだろう。関心を引くのも無理はない。彼女の死因については近いうちに知れ渡るだろうが、フレアがその源となるわけにもいかない。
「少し疲れました。部屋で休みます」
死因などはぼかして彼女が川岸で倒れていたことだけを告げ、半ば強引に会話を中断し、アンディーにお茶を頼み自室へと引き揚げた。
熱い茶を持ってフレアの部屋にやってきたアンディーにはポンヌから聞いた情報を伝えた。ポンヌから聞いた情報を一人で抱えている気にはならず、この男なら下手のことは口にせず頼りになりそうだからだ。
「ポンヌさんもしゃべるなという割にはあんたには洗いざらいぶちまけたんだな」
打ち明けられたアンディーも呆れ気味に苦笑を漏らした。これで彼もフレアと一蓮托生だ。
「ヴィッキー殺害の第一の容疑者となっているのは例の狙撃手で、それも初めての犯行じゃなかった……か」
「はい…淵に沈んでいた人がそれなのかも知れませんし、他にまだいるのかも……」
「やれやれ……」ため息を漏らし眉を歪める。
「ヴィッキーさん殺害の動機については昨夜の行動との関連も視野に入れているようです」
「あぁ…彼女が失踪する直前に姿を見たという話か……つまり、口封じか」
「でしょうね…」
「警備隊はあの遺体がポリーだと思っているのか?」
「そこまではわかりませんが……」
それでもおそらくは視野に入っていそうだ。
「ヴィッキーはともかく、あの遺体がポリーなら彼女はなぜ殺された。他はランタンをはたき落とされる程度ですんでいるのになぜ彼女は殺された?」
それは検討もつかない。ローズがよく言っているように本人に聞くほかないだろう。
「犯行の様子から見て腕の立つ魔導師が絡んでいるかも知れないですが、心当たりはありますか?」
「ないね」実にあっさりとした返答だ。「腕の立つ猟師なら何人も知っているが、魔導師なんて一人もいないよ。小さな村だから誰もがお互いのことはよく知っている」
「そうですよね」とフレア。
手にしたカップに吐息を吹きかける。小さな波紋が現れ揺れる。
「くそっ……そんな厄介な真似をする奴がこの近くに潜んでいるというのか。まったく、砂漠にいる頃に戻った気がしてきたよ。あそこでもいろいろと面倒ごとに巻き込まれて、死にそうになった。死んだ仲間もいる」
息をつき拳を打ち合わせる。
「この騒ぎ解決しない限りゆっくりと暮らしていられそうにないな。ポンヌも余計なことをしてくれる」ため息を吐き捨てる。
「まぁ、文句を言っていても始まらないな。こちらでできることを考えてみようか。あんたもそのつもりなんだろ?」アンディーはフレアの瞳を覗き込んだ。
「はっ、はぁっ、そうですね」 これが彼らの狙いだったのか。巻き込まれるはいつものことだ。 どの道、帝都からも迎えはいつになるかわからない。くるかさえもわからない。それにこの件を投げ出して歩いて帰る気にもならない。
「でも、何から手をつけましょうか。ヴィッキーさんの足取りや周辺の捜査は警備隊に任せた方がいいでしょうね。わたしが前に出て行ったら邪魔になるだけ、ローズ様と違って人の意識を読む力なんてないし……」
「それなら、あなたの自分の得意分野で打って出ることだね」
「得意分野……?」
「魔法などに関する知識かな。ポンヌが遺体を見せて魔導師の関与をほのめかしたのもそのためもあるだろう」
ここまで来て街の相談屋さん扱いだ。今回は報酬も出そうにない。出るとすれば、少しむず痒くなりそうな労いの言葉ぐらいだろう。
「探し出すべきは狙撃手を演じる魔導師なんだろうけど……いったいどこに潜んでいるのか」
「それは警備隊だけではなく村人総出で協力して村中を草の根分けて探したよ。周囲の森も含めて何回となく……それでも何も見つからなかった」
「それなら……潜んでいる魔導師の拠点はここにないのかもしれませんね」
フレアは茶を一口飲みこんだ。茶が放つ甘い香りを吸い込むと泡立ち乱れそうになる意識が落ち着いていく。
「ではどこに……」
「別の世界、精霊の世界です。彼らと契約をかわし、協力を得ることができればそちらに拠点を作り出し、こちらと行き来することは可能です」
「たとえ、そうだとしてもこの村にはそれができそうな魔導師がいないことは確かだよ。ここは住民全員が知り合いのようなもので、その素性は全員に知れていて村への出入りは多くの者に共有されている。そんな土地によそ者が現れたら……」
「うぅん……」
すぐさま噂となるだろう。
それらならば川辺の狙撃手は皆がよく知る住人の中に潜んでいるのだろうか。秘めた力を隠して他の村人たちと交流しつつこの村で暮らしている。それもどうにも腑に落ちない。
「待てよ。それならやはり狙撃手は知り合いの中にいるということか。それは信じられん。あぁ、まったく堂々巡りもいいところだ」
アンディーもフレアと同じ結論至ったようだ。
「まったく誰もあんな真似できるわけないっていうのに……」
誰もできない。でも、事は実際に起こっている。どうすればよいか。
「あぁ、道具があれば……」
「道具?道具で銃声を抑えることはできても、多くの弾丸を一斉の発射することはできない。散弾銃、渡来人の連発銃も見たことはあるがあれは別物だ。どれも何らかの痕跡が残る」
「そうではなく、魔器です。魔器ならば本人に魔法の素養は必要ありません。その力は一部に特化された行為に限定されはしますが……」
「魔器か……それなら聞いたことがある」
「狙撃手の力が魔器の力によるとすれば、犯人は誰でもありうるという事か。それでも何が目的なのか。なぜあの二人だけが殺されることになったのか。考えも及ばないが……」
「内包される精霊の意思に引っ張られている可能性がありますね。乗り物にされているという状態です」
「それで終始、川の畔に現れるのか」
「あぁ、それは考えられますね。川に惹かれる何かかあるのかもしれませんね」




