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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第6話

 明けて翌日、空は気持ちよく晴れ渡り絶好の洗濯日和といった空模様だ。フレアも司祭館の女性たちと共に洗濯の手伝いをしていた。多数の大人に加えて今は帝都からやってきた子供たちも逗留していることもあり、洗濯物はいつもの何割増しかの多さとなっている。洗い終えた洗濯物を竿に干し終えた頃、司祭館の表側に騒がしさを感じた。

「また、何かしら……あぁ」フレアは呟き、耳を澄ませた。

「どうしましたか」メアリーがフレアの様子を訝し気に見つめている。

「あぁ、あの方たちですね……」フレアは細かな説明は省き、この程度に留めておいた。

「あの方たち?お客様ですか?それならお迎えに行かないと」

 メアリーは前掛けで手の水気をふき取ると表側に向けて速足で歩き始めた。フレアもその後に続く。

 フレアがメアリーと共に司祭館の表側に回ると玄関前に馬車が二台並んで停められていた。くたびれた貸し馬車ではなくそれよりは数段上の送迎用馬車である。その脇にはお仕着せを身に着けた中背ではあるが締まった体つきの男たちが四人並んで立っていた。全員頭を剃り上げ髪はない。

「あぁ…」その装いと物腰から彼らが何者かすぐに察することができた。

 馬車の到来を目にしたのだろう。アンディーと子供たちと従者、それにホイール司祭までが玄関前に並んでいる。その表情からして馬車の到来が唐突な出来事であることを示している。

「おじょ……」男は喉から飛び出してきた飲み込んだ。そして、改めて「ランドールさん。おはようございます。帝都より皆さんをお迎えするためにまいりました」

 フレアの姿を目にとめたお仕着せの男の一人が声を掛けてきた。そして恭しく頭を下げる。他の三人も合わせて頭を下げる。

「ランドールさん、あなたのお知合いですか?」とホイール司祭。村では見かかることのない出で立ちの男たちを目にしてに司祭の眉間にしわが刻まれる。

「はい、存じております」とフレア。

 「ローズ様がこちらの状況を聞きつけて、お付き合いがある店舗の方に依頼して送迎用馬車をこちらに派遣してくださったのだと思います」

 その店舗の詳細は伏せておく。

「ありがたいことですが、こちらが支払えるお代に限りがございまして……」帝都からついてきた従者のワーグナーが消え入るような声で告げる。

「それについてもすでにローズ様が話をつけておられると思います」とフレア。

 「はい、料金については、あねっ……」お仕着せの男が僅かに言葉を詰まらせる。

「ローズさん……からすでに頂いておりますので気兼ねなく帝都までの旅を楽しんでください」 男が皆に対し恭しく頭を下げる。

 とりあえずは問題なさそうだ。だが、彼らもお人好しではない。詳細は告げないでおくほうがよいだろう。

「ありがとうございます」

 ホイール司祭を筆頭とする大人たちは一様に表情を和らげた。そして、フレアと男たちに眼差しを向け何度も頭を下げた。

 あと数日は手配を待たなければならなかった馬車が速やかに到着し、交流会の参加者は慌ただしくブルドゥルを発つ準備を始めた。子供たちの希望により仲良くなったアンナたちを急遽司祭館に呼び寄せ、慌ただしくはあるが別れを済ませ彼らは馬車に乗り込んだ。往路と違って豪華な革張りの内装に子供たちははしゃぎだした。弾むような座り心地の座面と輝く内装を目にすれば無理もない。ワーグナーはといえば借り物の馬車に傷がついてはと慌てて落ち着かせる。

 次は帝都でと約束が交わされ、荷物が積み込まれ、後はフレアが乗り込めば出発となった。慌ただしい出立となり遺体の身元もわからずじまいとなったが、それもかまわない。変に頼りにされるのはどうにも居心地が悪い。

 ホイール司祭やアンディーたち従者と別れを告げ、馬車に乗り込もうとしたフレアの目に司祭館へと近づく一台の馬車が目に入った。少し古びた深い青塗りの馬車である。御者席は制服警備隊士が務めている。嫌な予感がする。珍しく背中に悪寒が走る。

 青塗りの馬車は迎えの馬車の横に止まり、御者席にいた若い警備隊士が飛び降りフレアの元に駆け寄ってきた。

「ランドールさん、お迎えに上がりました。ご同行願えませんでしょうか。ポンヌさんからの緊急要請です」緊張した様子で隊士は姿勢を正し、敬礼をしつつフレアに要件を告げた。

「どのような、要件でしょうか?」とフレア。要件について予想はつく。先の言葉を聞くのは気が進まない。聞いててしまっては後戻りが効かなくなる。

「今朝、川岸でヴィッキー・ヴィッツさんが変死体となって発見されました」

「ヴィッキー……さん?」これは予想外だ。

 いや、少しは気に留めておくべきだったか。彼女は前夜にポリーの名を口にしていたのだから。

「よければ検視をお手伝い願いたいとのことです」隊士は直立不動の姿勢でフレアに告げた。 

「はい……わたしでよければ」面倒だがこう答えるほかないだろう。 

 この調子ではまだ帝都には帰してもらえそうになさそうだ。


 フレアの都合で馬車の出立を取りやめにできるわけもなく、彼女は一人でブルドゥル村に残ることにした。いつもなら警備隊には軽く関わることさえ嫌がられるのだが、これも神の威光のなせる業か、それとも乗り掛かった舟というやつだろうか。一度関わってしまえば後に引くことはできない。これはいつものことだ。気になるのは帰りの足だが、それもなるようになるだろう。今考えても意味はない。

 広くはない村のため馬車が止まるまでにフレアができたのは腹をくくることぐらいだった。

「到着しました」声とほぼ同時に客車の扉が開いた。

「あちらです、どうぞ」扉脇に立つ隊士が前方にある建物の扉を指さした。

 目の前にある建物から薬品臭と混じり合う人の体臭と若干の腐臭、死臭をフレアは感じた。どうやら到着したのはこの村の医療機関の裏口のようだ。

 規模は違っても医療機関で漂う匂いは変わらない。隊士の後に続いて開かれた扉から建物の中に足を踏み入れる。そこから伸びる廊下はすぐに二手に分かれている。真っすぐ表側に向かう廊下と右手に続く廊下、右側から死に由来する匂いが漂ってくる。おそらくヴィッキーがいるのは右側なのだろう。立ち止まった隊士を追い越し、フレアはためらうことなく右側へと足を向けた。廊下の左右に設けられた扉には目もくれず真っすぐ奥へと進む。行きついた先の扉を数回軽く叩いてみた。

「フレア・ランドールです」

「お待ちしておりました。入ってください」扉の向こう側からポンヌの落ち着いた声が聞こえてきた。

 フレアが扉を開くとポンヌと制服隊士が一人と白衣を纏った男が立っていた。白衣の男が今回この医院で検視を担当する医師だろう。部屋の中央には二台の寝台が置かれ、どちらの上にも生成りの綿布が被されている。手前は大きく盛り上がり、奥は僅かに膨らんでいるだけだ。

「ランドールさん、こちらが今回検視を担当してくださったナズ・エイド先生です」ポンヌに紹介を受けたエイド医師はフレアに向けて軽く頭を下げた。痩せた背の高い中年男で黒い髪は寝起きのようにバサバサだ。

「先生、彼女がフレア・ランドールさんです」フレアも軽く頭を下げておいた。

 エイドがフレアに対し平然としているのは事前にポンヌが説明を済ませてあるからだろう。

「ランドールさん、こちらへ」とポンヌ。 

 お決まりの紹介が終わり、フレアは盛り上がった方の寝台へと招かれた。いよいよ静かになってしまったヴィッキーとの対面である。

「ヘルゼン……」

 ポンヌの言葉に彼の隣に立っていた制服隊士が寝台に被された綿布をめくり上げた。寝台の上にいたのは小柄な中年女性で顔は眠っているように穏やかな表情をしている。痩せた身体には衣服は身に着けておらず、裸で横たわっている。露わとなったのは腰の上までだが死因ははっきりと見て取れる。胸と腹に銃創のような穴が多数開いている。どれもが致命傷となったとしてもおかしくはない。額と顎にも丸い打撃痕が残っている。

 暴行に銃撃、ならば穏やかな事態ではない。

「彼女がヴィッキー・ヴィッツさんです」ポンヌが寝台に横たわる女性を手で示す。「今朝、川岸に倒れているところを漁師のイム・ヴァルトが発見しました。彼が見かけた時にはすでにこと切れ冷たくなっていたようです」

「それなら亡くなったのは昨日の夜ですか」

「そんなところでしょう。夜遅くまで上機嫌で飲んでいる彼女を何人も目撃しているようですから、亡くなったのはのその後でしょう」

「それから、彼女は川辺まで行ったということですか?」もしくは殺害された後に川辺に放置された。

「でしょうね……」

 その際の様子がフレアの脳裏に浮かぶ。何らかの理由で川に訪れたヴィッキーを土手の上もしくは対岸から狙う銃口、それはさながら銃殺刑の執行人のようだっただろう。多数の銃口から発射された弾丸は彼女を貫きその命を奪い去る。川辺で倒れるヴィッキー。

「んっ?」

 何かおかしくはないか。

 この傷の状態から見ると一度に多数の銃弾が続けざまに発射されたはずだ。ならば、誰かその際の発砲音を聞きつけてはいないか。昨日の夜を思い起こすがフレアにも覚えはなかった。それを耳にすればその時点で一騒ぎ起きているはずだ。連続する発砲音など聞き逃しようもないのに何も耳にしていないのはどういうことなのか。

「どうかしましたか」ポンヌが声をかけてきた。

「わたしは人より耳聡いのですが、そんなわたしが連続で起きたであろう銃声を耳にしていないのはなぜなのか、と思いまして……」

「気づかれましたか」ポンヌは笑みを浮かべた。「あなたを呼んだ甲斐があったようだ」

 ポンヌは静かに頷き口角をあげた。見覚えのある表情だ。

 ローズはこの後に言い添える「よくできました」と。


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