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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第5話

 翌日になると、ブルドゥルの村はわかりやすすぎるほどに淵から引き上げられた遺体の話題で一色となっていた。それに伴いフレアの素性を知る者も多くなっていた。彼らがフレアの姿を目にした際の反応は大きく二分されるようだ。それはフレアが淵から骨と化した遺体を引き上げるのを目にしたものといないものの違いだろうか。前者はフレアが遺体が川から上がってきた際の光景を思い出し、もしくはその光景を想像してのことだろう。フレアの姿を目にして頬を引きつらせて、目をそむけたり、後ずさるなどした。

 フレアも好んで悲惨な死に様を晒した遺体などに触れたくはなかったが、事は急を要し、然るべき力を持つものがいない現状とあれば回収の役目をかって出るほかはなかった。だが、そちらは少数派のようで多くはメアリーのように遺体の身元に興味があり、何らかの情報を欲している者たちだ。

 司祭館の雑務や買い物の手伝いのために従者たちと外に出た際に、こちらは初対面にも関わらずフレアに向かって駆け寄ってくる村人が多くいた。そして、短い挨拶の後、フレアに身元確認の進捗状況について尋ねてくるのだ。フレアもその都度メアリーに話した程度の内容を告げている。これについてはもう村中で周知の事実のようだ。

 遺体の身元に関しては村人の間でタンとポリーで説が二分されているようだ。フレアの元にやってくる村人の多くは自説の真偽を確かめるためだ。中には自説をフレアの前で一通り開陳して帰る者もいた。

「どうも身元はポリーが濃厚そうだよ」

 今、目の前にいるティムという男もその一人だ。よく日に焼けた小太りの男で禿げ上がった頭が陽光を受けきれいに輝いている。

 彼女が候補に上がっている理由は引き上げられた遺体の体格によるものだ。

「なぜですか?」

 確かにフレアも引き上げ時にそれを察していた。小柄な体格と骨格の形からみて小柄な女性という推論を下していたが、それは警備隊以外には話してはいない。だが、現場には多くの村人がいた。そのうちの誰かが自らの推論を流しているのかもしれない。

「ポリーが姿を消す直前の夜に川の傍を歩いているの見たって証言が出てきたんだよ」

 これは初耳だ。

「どういうことですか」

「ヴィッキーが当時のことを思い出したってしゃべりまわっているそうだよ」

 ヴィッキーとは何者なのか。

「その人は警備隊に話しているんですか?」

「それはどうだか。ともかく噂として耳には入ってきてる。ヴィッキーがあの近くで酔い覚ましに涼んでいるとポリーともう一人が通り過ぎていったそうだよ」

「そのもう一人って?」

「わからない。暗くて見えなかった。覚えてない、だとさ。だが、それが本当だとしたら……気になるだろ」

「えぇ……」

 ティムとはそこで別れたが、その後も何人かに声を掛けられ引き留められる事となった。おかげでというのか、なんというのか住人たちの考えを理解することができた。

 司祭館に戻ってみれば、皆が帰宅が遅いフレアの身を案じ気をもんでいた。買い物に夕食の食材が含まれていたためもある。

「それは大変だったな。皆、悪い奴じゃないんだが、ただ好奇心旺盛というのかなんというのか」

 フレアがすまなそうに笑みを浮かべるアンディーに事情を話している間に、メアリーがフレアの荷物を受け取り厨房へと去っていった。その後をタイラーとベンがついていく。アンナも遊びに来ているようだ。彼らはハリーの企みには加担しなかったためにお咎めなしとされ好きに過ごしている。漏れ聞こえてくる声によると彼らも夕食の用意を手伝う気らしい。予定されていた見学や催しがすべて中止となってしまいやることがなくなってしまったせいもあるが、それなりに楽しんでいるようだ。

「ヴィッキーがまた騒いでいるのか」フレアが耳にした噂について話すとアンディーは顔をしかめ、ため息をついた。

「そのヴィッキーさんってどういう人なんですか」とフレア。

 聞かなくともアンディーの反応から察しはつく。

「察しはつくと思うが、村で何か事が起きればそれをネタに騒ぎ出す女性だよ。それも十件のうち九件はでたらめときてる。それでも真に受ける連中はいるから、どんなに責められてもその反応に味をしめて止めないんだろうな」

「そんな人が今回はポリーさんがいなくなる直前、その姿を見たと言ってるわけですね」

「そんなところだろうが、まったく無責任も甚だしい」

「警備隊はどうするんでしょうか?」

「いつものことだろうからあてにはできんが、耳に入れば彼らとしては裏を取る必要が出てくる。いらん手間が増えるのは間違いないだろうな」

 ご注進とばかりに警備隊へ出向く者が出るのだろう。そのための対応もいらぬ手間となる。

「彼女はポリーさんのことを親しげに呼んでいたようですが、何か関係はあったんですか?」

「あぁ、それは一時は同僚だったからだろう」

「同僚……ですか。ポリーさんは何をしていた方なんですか?」

 そういえばフレアはポリー・ノミチについては金髪の女性であること以外はどのような人物だったのか聞いてはいなかった。

「あぁ……」意外そうにアンディーはフレアをみつめた。彼もそれを話していなかったのを思い出したのかもしれない。

 村では彼女が何者かなど知っていて常識だったのだろう。だから、わざわざ素性を話すまでもない。

「彼女はザワ先生の助手として働いていた。いわゆる、才女と言われるような女性だった」

「お医者様だったんですか」

「いや、ザワ先生は虫の研究を主に手がけている学者だよ」

「虫の研究ですか……」

「虫といっても馬鹿にはできないんだ。先生は農作物につく害虫についての研究を進めていて、その駆除については世話になっている人も多いんだ」

「はぁ、それは……」確かに馬鹿にできるような人物ではなさそうだ。

「ポリーさんはそんな方の傍ではたらいていたんですか」

「そうだよ。そして、期待されていた存在だったんだが……」

「そんな人が急に姿を消した……」

「うん、突然の事だったね」

「みんな驚かれたでしょうね」

「驚くも何も、大騒ぎになったよ。ご家族は当然としてもザワ先生の取り乱し方も気の毒で見ていられないほどだった。見かねたホイール司祭が連日見舞いに行っていたぐらいだ」

「大変でしたね、その時もヴィッキーさんは騒ぎを起こしたんですか」

「んっ、あぁ…その記憶はないね。なぜだろう」

「あの人も虫の研究を?」

「いや、あの人は事務仕事を担当していた。その頃は彼女の嘘もたわいもなかったが、それがひどくなったのは仕事を辞めて最近になってからかな……」

「どうして辞めたんですか」

「それは……」

「アンディーさん、こんなところで立ち話なんて」

 アンディーが答える前に背後からメアリーの声が響いてきた。

「何です、メアリーさん」

「何ですじゃないですよ。薪割りをお願いしていたでしょ、忘れましたか」腕を組みアンディーを睨みつけている。

「あぁ……今すぐ始めるよ」

「お願いします」

「わたしもよければお手伝いしますよ」とフレア。

「ありがとう、助かるよ」

 司祭館の裏庭には短く切られた太い丸太が山積みにされていた。これを斧で細かく叩き割り納屋の定められた場所に積み上げ整理するのが仕事らしい。フレアは丸太を叩き割る役目をかって出た。割られた丸太はアンディーがまとめて納屋に運ぶ。仕事を手分けしたため丸太の整理はアンディーも驚くほどの速さで片付ける事ができた。

「助かったよ。あの量だとへとへとになってしまうところだったよ」

「塔でもよくやる仕事なので慣れてますから」

 薪割りから戻ると食事の仕込みも終わったようで、子供たちとメアリーは食堂に集まり休憩を取っていた。皆の前にカップが置かれ、そこにアンナがポットに入れた茶を注いでいく。フレアのカップにも茶が注がれた。琥珀色の茶からは果実のように甘い匂いが漂い出し鼻腔をくすぐる。

「アンディーさん、聞きましたか」とメアリー。

「何をです」アンディーが応じる。

「ヴィッキーさんが…」茶を一口すする。「…ポリーさんを川の傍で見たとか」

「…その話なら聞きましたよ。けど、何で今なんでしょうね」

「それは川から彼女の遺体が見つかったからでしょう」

「いや、あの人が彼女を見たのは失踪の直前だろ、何でその時に言わなかったのか」

 それは誰でも抱くであろう疑問だろう。

「それは……特に重要だとは思わなかったからって彼女は答えたようですね」

「いや、むしろ重要だったろうに……」

「それをわたしに言われても……」

  メアリーはアンディーの言葉に顔をしかめた。村の多くの場所で似たようなやり取りが展開されているだろう。フレアは二人の会話に耳を傾けつつ濃い目の茶を飲み込んだ。 


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