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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第4話

 ブルドゥルの警備隊が語る捜査方針はいたって単純明快だった。しかし、単純明快だからといっても、その達成が容易だとは限らない。

 まずは先決とされるのは淵に沈んでいる遺体の残りの部位の回収だ。そこから遺体の身元の解明、そして死因と事件性の有無の確認などが必要だ。目の前横たわる困難の手触りが明確に伝わってくる。その扱い次第で大怪我を負うことになりそうだ。

 遺体の在処はわかっていても、船を出し網などの道具を使って川底をさらっていては回収までいつまでかかるかは想像もつかず、かといって人が潜っていては二次被害により遺体を増やすことになりかねない。そこでフレアへの協力要請がなされることとなった。

「了解です」

 フレアはアンディーの前でその力を示しているためこう答えるほかなかった。

 身元確認については警備隊に届けが出ている行方不明者の再調査から始まることになるだろう。警備隊詰所の所長のポンヌ・ヌポンヌによればここ数年のうちでブルドゥルから姿を消したままでいるのは両手で収まる数だそうだ。

 そのため遺体の性別や身体的特徴が判明すれば、身元も自ずから判明する事だろう考えているらしい。これは希望的観測、願望に近い見通しだ。楽観的な見通し通り事が運べばいいのだが、そんなことはまずない。

 警備隊が遺体回収の準備を済ませ、遺体搬送のための台車を引いてフレアとともに川の淵へと向かっていると、少なくない数の住人たちが警備隊の隊列の後を追いかけてきた。その様子からみてこちらの用向きは知っているだろう。

「蛍が群れ飛ぶタカチ川の淵から噂通りに誰かの遺体が見つかった」

 兼ねてからのまことしやかに語られてきた怪談話が真実だった。そのような話を聞けば興味を惹かれるのは間違いない。帝都でも似たような騒ぎは起こる。

「誰がしゃべってるんだ……」若く背の高い隊士が背後の様子を目にして顔をしかめた。予想はつくがフレアは口には出さないでおいた。

 警備隊は川岸に到着してからは土手の上にいる見物人の存在は無視して遺体の回収の準備に集中した。昼間とあって目印となる光の柱はないが、淵の場所は覚えている。

「よろしくお願いします」隊士たちがフレアに恭しく頭を下げる。

「はい」

 どうにもおかしな状況に陥っているようだ。

 フレアは上着を脱いで畳んでから地面に置き、下着姿になり淵へと歩いていった。背後から視線を感じるが気にしないようにしておく。気持ちを乱し、集中を切らせるのは危険極まりない。淵の流れは狼人であっても油断はできないほどに強い力を持っていた。川の中ほどまで進むと昨夜遭遇した感覚に再び見舞われた。場所は間違いない。足をさらわれ下方へと引き込まれる感覚だ。川や海で何者かに足を掴まれ引き込まれたなどの証言はこれらの流れによる力も多く含まれているだろう。

 フレアは流れに乗りつつ身体の上下を反転させ淵の底へと向かった。川底は昼間であっても仄暗くフレアの視力を以てしても判然とはしない。やはり、手先の感触を頼りにするしかないだろう。指先でぬかるむ川底をこまめに探っているとほどなく固く大きな塊の感触に行き当たった。それにはまだ軟らかな何かがまとわりついている。感触から推察して肋骨だろうか。慎重に持ち上げれば他の部位もついてきてくれるかと思ったが、そうは行かず腰の辺りでちぎれてしまった。仕方ない次にしよう。

 フレアが肋骨を抱え川から上がると悲鳴に似た叫びが多く耳に届いた。ほぼ骨と化した遺体を抱え水底から上がってくる少女の姿、この上なく不気味に映る光景だろう。警備隊士たちは何とか堪えているが、土手の上の見物人の中では男であって昨夜のハリーたちと同様に腰を抜かして座り込んでいる姿が見受けられる。

 フレアは台車に敷かれた綿布の上に回収した肋骨を静かに置いた。隊士の一人がその上に新たな綿布を被せ、祈りの言葉を掛ける。隊士とそんなやり取りを四回繰り返し、フレアは骨となった遺体を淵の底から引き上げた。最後の潜水で川底に何も残っていないことを確認を済ませた。細かな骨や遺品も含めて淵に沈んでいたすべてを集め終えた自信はある。

「ご苦労様です」ずぶ濡れのフレアに対し警備隊士たちが頭を深々と下げた。

「ありがとうございます」

 警備隊士から面と向かっての労いの言葉を掛けられるのはまずないので少し気恥ずかしさがこみ上げてくる。

「これをどうぞ」

 背の高い隊士が乾いた綿布を渡してくれた。フレアはそれを頭から被り、髪から滴り落ちる水を吸わせ、それから肩から羽織った。これで少なくともこれ以上は下着姿を見られずにすむと思ったが、その頃には土手にはそれを気にするほどの見物人は残ってはいなかった。期待したほど面白味がある見世物ではなかったのだろう。

「この台車でよかったら乗ってください。司祭館まで送ります」

「ありがとうございます」席は遺体の隣になるが、この格好で上着を抱えて司祭館まで歩いて帰るよりは遥かにいいだろう。

「隣、失礼しますね」

 フレアは綿布が被せられた遺体に声を掛け、その横に腰を下ろした。これもまずない話だ。いつもは自分が台車や馬車を操る立場なのだ。 

 司祭館に戻るとアンディーや他の従者、それに子供たちが玄関広間で出迎えてくれた。皆が口々に労いの言葉を投げかけくる。

「おかえり。首尾はどうだった?」

 アンディーの問に皆が言葉を飲み込み、フレアの答えを待ち受ける。心配をしてくれてはいても、やはり興味は尽きないようだ。

「遺体の引き上げは無事に終わりました。遺体はここのお医者様の元へ運ばれて検分を受けるようです。それについては警備隊の方にお任せしてわたしは先に戻ってきました」

 今フレアが口にできるのはこの程度だ。 彼らの表情にわずかに落胆の色が見られたが、皆が期待するような情報は持ち合わせていない。

「なるほど、ご苦労様。濡れたままでは冷えるだろう。着替えはメアリーがきみの部屋に用意しているよ」

「ありがとうございます。すぐに着かえることにします」

 アンディーのとりなしでこの場での語らいは中断され、フレアは自室に向うことができた。

 乾いた下着に着替えると凍える寒さが収まり人心地ついた。上着を整えると下着と借りていた綿布を畳んで纏めて部屋を出た。洗い物置き場に向かって歩いているとちょうど向こうからメアリーがやってきた。痩せて小柄な老女だが、それを感じさせない動きでフレアに駆け寄ってきた。

「ランドールさん、おかえりなさい。大変でしたね。お加減はどうですか」

 背の高さはフレアと変わらない。後頭部で纏めた金髪は残念ながら艶を失い量も薄くなってしまっている。

「少し寒さはありましたが、それ以外はさほど面倒はなく助かりました」

「あら、よかった。あぁ、それはさっきまで着ていた下着ね。これは預かっておきますね」

 メアリーはフレア顔負けの素早さで彼女が抱えていた綿布と下着を奪い取った。

「ありがとうございます」

「いいのよ……」メアリーは言葉を切り、フレアの瞳を見つめた。

「何ですか?」

「見つかったお骨はどなたのかわかりましたか」

 遺体が見つかれば次の興味はそちらに行きつくのは察しがつく。今頃は村の多くの場所で遺体の身元が誰なのか話題になっているのだろう。

「引き上げられた遺体はそのままここのお医者様の元に運ばれて行きました。検分はそれからになりますから、まだ身元を特定する段階には至ってはいません」

「お骨に目立つ特徴とかなかった」

「特徴ですか……」それは血肉とともにほぼすべてそぎ落とされていた。思いつくものといえば

「あぁ、金髪が残っていましたね。ごく一部ですがそれぐらいです」

「あぁ、ありがとうね」

 メアリーはそれで満足したのか。頷きながら去っていった。

「彼女もあれがなければ、いい人なんだがね」背後からアンディーの声が聞こえた。

「噂好きですか……」

「その通り……」アンディーは肩をすくめた。「まぁ、程度の違いはあっても誰も似たようなものだろうがね」

 あぁ、なるほど、彼女が話を中断し去っていったのはアンディーの目を気にしてことか。

「金髪となれば候補になりそうな失踪者はどれぐらいるんですか」

「男女合わせてどれぐらいだろう」とアンディー。「あぁ、ここで立ち話もなんだ……食堂にで話さないか、熱い湯を沸かしてあるからお茶を入れるよ」

「ありがとうございます。いただきます」

 食堂には誰の姿もなく、フレアが席に座ってほどなく両手にカップを持ったアンディーが現れた。ここでも自然に淵から引き上げられた遺体についての話題へと流れていく。

「……金髪と限定されるなら該当者は五人前後で性別や体格が判明すればほぼ確定だと思う」話しながらアンディーは手にしていたカップをフレアと自分の前に置いた。

 フレアには僅かに黄色味を帯びた湯で彼のカップからは甘やかなハーブの香りが漂ってくる。

「一人はタン・ダウンという男で帝都とこのブルドゥルを荷運びで行き来していた。聞いた話によると、彼は帝都で借金を作ったらしくしかもその相手がたちのわるい連中だったようで、強面連中がここに何人も乗り込んできた」

「その人はその強面連中にさらわれたとか……」

 フレアはそんな連中相手に面倒事しでかした男女を何人か目にしたことがある。その際にフレアは彼らの処分を帝都から蹴り出す程度で済ませるよう助言をしたことは何度かあるが、それ以外の者たちがはどうなったかは知る由もない。

「彼ならその前にここから姿を消したようだ。金目の物は家から一緒になくなってましたから夜逃げだろうって話で、彼が起こした借金や他の面倒ごとは皆が知ったのは、連中が乗り込んできた後という始末で……」

「連中はどうしてました?」

「村中を血相変えて駆け回った後、諦め顔で出て行ったのかな……」

「それなら収穫はなかった……」本人がない袖を振りようがない時もあるが、金の在処を問い詰めている最中に絶命なども耳にしたこともある話だ。

「もう一人はポリー・ノミチという若い女性だ。細身で君よりすこし背が高かった。彼女は本当に突然姿を消してしまった。その背景は何もわからないままだよ」

「はぁ……」

「後はニルとパインの男女だが、彼らはその以前に密会を目にしていた者がいることから、駆け落ちで村を出たと思われている。トリンの宿に泊まっていたよそ者も一人いるが、そいつは宿代を踏み倒して逃げたとの見方が大勢だよ。思いつく限りではそのぐらいかな」

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