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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第2話

「アイリーン、ホテル・スマグラーズといえばお前が街歩きの折りによく立ち寄る場所ではないか」

 階下での日課である家具の修復作業を終えて、ホワイトとアイリーンは倉庫の二階にある居間で寛いでいるところだ。ホワイトは手にしている新聞の記事を指で示した。新聞はこの旧市街の湾岸地域、倉庫街の只中であろうと手に入れることはできる。街に出向き手に入れる手間をかけることもない。ここへ新聞を届けるのは朝方この傍を仕事場に向かうために通る荷役業の男だ。ホワイトはその男に駄賃を渡し、街の新聞売りから手に入れた新聞を届けてもらっている。これは友人であるアクシール・ローズのやり方に倣っている。

 記事の真偽についてはあてにならぬことが多いため決してすべてを鵜吞みにしてはならない、そこは割り切りが必要だ。これもローズの教えだ。

「はい、あそこは帝国の外からやってきた者が多く逗留するため興味深い知識が得られるのです」とアイリーン。「それにわたしのような姿であっても奇異と見られることがないためゆったりと過ごせます」

「なるほど、それはよい場所を探し出したな」

「ありがとうございます。ところで、その記事とはどのような話題なのですか」

「昨日のことだ。あの宿の奥にある喫茶室で乱闘騒ぎがあったようだ」

「はい」

「それ自体は珍しい事ではない。乱闘騒ぎなど人が集まる場所ならどこでも起こり得る。だが、今回は喫茶室に現れた五人が見事な演舞と変わらぬ格闘戦を展開したらしい」

「五人とはどのような組み手なのでしょう」

「一対四の組み手だったらしい。一人はすぐに倒され一対三の組み手となったようだが、そこからが凄かったようだ。まるで一流の殺陣師が振付けた演舞と見まがう格闘戦が繰り広げられ、居合わせた客や従業員が乱闘であることも忘れて見とれてしまった」

「いつの話ですか」

「それは……」ホワイトは紙面を目で追った。「昼過ぎだろうな」

「それならわたしが立ち寄った後の事でしょうか。事実であるならわたしも見てみたかった」

「ふん、警備隊が駆けつけたのなら乱闘騒ぎがあったのは事実だろうが、どれだけ話を盛っているかは定かではないぞ」

「最終的にはどのような結果になりましたか」

「四人を相手にしていた男は彼らをなぎ倒し逃走、行方をくらました。四人組の方は逮捕となっている。今頃は病室か監獄かのどちらかで囚われの身となっているだろう」

「逃げた男はよほどの手練れとみえますね」

「それについては確かそうだな」

「そんな男なら一度会ってみたいと思います」アイリーンの口角が僅かに上がった。

「お前もそう思うか、わたしもだ」


 翌日の昼になっても喫茶室の封鎖は解かれてはいなかった。新聞沙汰になったとしても死者の出ていないただの乱闘騒ぎだ。それに対していつまで営業を控えたままでいるのか。倒された男たちが床を少し汚したと聞いてはいるが、それについても速やかに清掃がなされているはずだ。

「それがね……」とメイスの隣に座るアン。

 彼女や他の同僚も接客用のお仕着せに着替え休憩室で待機中だが、上から営業開始の指示はまだ降りてこない。早番と呼ばれる朝からの担当者たちは出勤早々に帰されたようだ。もちろんそれでは給金など発生しない。

「夜中……明け方に近い頃なのかな、あそこに誰か忍び込んだそうなの」

「忍び込んだ……」

 喫茶室と名はついているが、入り口扉があるわけではない。一階奥の一角を金糸で編まれた綱と衝立で仕切っているだけだ。そこに繋がる厨房も扉はない。元はといえば宿泊客が外からの来客と気軽に話ができるように、または入退室の手続きのための待機所としてテーブルや椅子が置かれたのが始まりだ。そのうちに飲み物などの要請を受けるようになり簡単な飲食物の提供を始めることになった。炭火で焼く、温める程度の料理、飲み物に限られるが来店客には概ね好評だ。

「忍び込んだって、張ってある綱一本乗り越えるだけじゃない。たまにいるんでしょ。営業が終わって暗くなった後でも椅子に座っている人が……」

「えぇ、そうよね。そんな時は少し断りを入れて、他の場所に案内する事になってるはずよ」

「それじゃどうして……」封鎖なんて事になるのか、置かれた調度品が狙われたのか。だが、どれも大きく担いで逃げる間に誰かに見つかる事だろう。

「警備のカルロによると、巡回中に喫茶室を通ると入り口付近のテーブルと椅子の幾つかが動かされていて……まぁ、これはそれほど重要視はされなかったんだけど。そこから先、どうなってるか知ってるわよね」

「えぇ、仮設の厨房があってその先は裏口に繋がってる」

「うん、その手前にある事務所が荒らされたようなの。そこの扉が開けられたままになっていて……」

「荒らされた?被害は、犯人は……」

「まだ、わからない、だから出入口に当たる喫茶室と裏口を含めて周囲をまとめて警備隊の要請で封鎖したようね」

「それなら仕方ないわね」といっても怒りがこみあげてくる。可能な限り声音を抑え冷静を装う。声を荒げて怖がられたくはない。

 昨日は乱闘騒ぎ、今日は泥棒、これで二日間仕事を邪魔されたことになる。この仕事が気に入っているわけではないが生活がかかっているのだ。これ以上つまらない騒ぎのために給金が消えてはたまったものではない。あの連中がもう一度、目の前に現れたら顔の一つも殴ってやりたい気分だ。


 まったくとんでもないどじを踏んでしまった。大失態もいいところだ。そのせいで急ぎの旅は足止めを喰らい、この街から出ることができなくなってしまった。

 もし、昨日に戻ることができたら、あの宿の玄関口に現れた自分をあの場から引きずり出し、物陰で説教の一つもしてやりたいところだ。

「まぁ、それはそれで自分同士で一悶着起きそうだがな……」アンディ・マッコイは声に出さず呟いた。

 なぜ、あんな事をしてしまったのか。後を追われ疲れていたせいもあるだろう。マッコイは追手をまくつもりで通りで目についた一番派手な建物の中に飛び込んだ。見てくれは多少くたびれた宮殿だ。だが、手入れは行き届いている。おそらく地元では歴史のある建造物で通っているだろう。内部も宮殿さながらの装飾が施され、調度品が並べられていた。過去はともかく現在は外国人及び富裕層向けの宿として使われているようだ。そんな宿の構造もつかめないまま奥へと進み行きついたのは袋小路となった喫茶室だ。

 わざわざ袋小路に入るなど何と馬鹿なことをしたのか。

 疲れていた。そのために様々な言い訳を弄して腰を落ち着けたかった。それが愚かだった。

 外の様子が目に入りやすいように入り口傍の椅子に腰を降ろし、やってきた給仕の女と注文に関するやり取りをしている間に追手たちが姿を現した。あの四人組の追跡は振り切れていなかった。完璧に捕らえられていたのだ。それ以前にあの目立つ連中を見逃していたことに悔いが残る。

 あの場は給仕の女に恰好をつけた言葉など吐かず、素早く立ち上がり逃げ出した方がよかったかもしれない。追手は無事打ち倒し逃げ出すことはできたが、格闘中に鍵を失くしてしまいこの街を離れることができなくなった。俺の役目はあの鍵をしかるべき場所に捨てることにあるのにそれを失くしてしまうとは何たる失態か。

 それも失ったことに気が付いたのはあの宿の外に飛び出してしばらく経ってからのことだった。

 結局あの宿まで戻らざるを得なくなった。夜中に宿に忍び込み、喫茶室やその周囲を探し回ってみたが、鍵は見つからなかった。鍵自身も運命を悟り、捨てられまいと抵抗しているのだろう。そこで俺の油断と疲れを察してそれにつけこみ逃走のために攻撃を仕掛けてきたに違いない。俺はまんまとそれに乗ってしまい、鍵は俺から逃げ出すことに成功した。鍵としては頼りにしていた追手が倒されたことで次の運び役を得る必要が出てきているはずだ。

 鍵は誰を選んだか。順当にいけばあの時近くにいた人物となる。

「あの給仕か」

 他にも考えられるが、一番近くにいたのだから話を聞く価値はあると思われる。木は進まないが、あそこであの付近で鍵が見つからなければ他に手は思いつかない。宿に出向き落とし物について相談でもするか。この顔を下げてあそこに乗り込むなどできるわけもない。

 幸いなことに彼女は昼前には宿の裏手の入り口に姿を見せてくれた。マッコイはこの場で出てくるのを待ち、後をつけ居場所を突き止めるつもりだ。

 それが彼女の安全のためにもなるのだと自分に言い聞かせて。


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