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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第9話

 エリオットがもたらした資料によると、フェリスの養父マークの義兄に当たるガンボ・デンドロビュームが療養しているのは帝都の郊外にあった。その病室に見舞客としてやってきた魔導師は旧市街の閑静な住宅地に居を構えていた。

 マラド・コラボと名乗る中年の男で近所の住人も彼が魔導師であることは知ってはいたが、どのような形で生計を立てているのかを知っているものは少なかった。彼はある者にとっては興味の的であり、忌避の対象でもあった。それについては魔導師に対する扱いの定番と言えるだろう。

 コラボが生業としているのは、敵対者に向けた呪いである。彼は対象者に直接術を仕掛けるのではなく、術式を内包した物品の製作である。それは呪符であったり、術式を内包した調度品でもあった。または住居などに赴き、そこにある家具や調度品などに術式を施しもした。

 コラボ自身もそれが犯罪であり、人の恨みや反感、敵対心を買う行為であることは十分に承知しているようだ。そして、それを過剰といえるほど恐れていた。そのため彼の屋敷には玄関広間から廊下、扉などに侵入者殲滅の罠を敷設していた。玄関扉に付けられた鍵はごく普通で何の仕掛けも施されていないのは侵入者を邸内に誘いこみ、そこで始末する算段だからだろう。コラボに対して害意を持たない訪問者、たとえば荷物を届けにやってきた配達夫などは害を受けることはない。客などは使い魔に付き添われコラボの元に導かれる。 それ以外の好意的ではない要件を持つ者たちは罠を回避、または破壊し屋敷の奥に潜むコラボの元にたどり着く必要がある。

 ここまでがエリオットがマラド・コラボについて知り得た情報だ。侵入者がどのような処遇を受けるのかは身を以って体験する他はないだろう。

 ローズが扉を開け、玄関広間の中央まで足を踏み入れると、頭上から鈍い風切り音と共に槍が降ってきた。なるほど、まず槍による歓迎があるようだ。

 天井の吹き抜け、ローズの頭上に出現した槍は落下途上でローズの防御壁に阻まれ急減速を余儀なくされ、彼女の頭上で停止した。

 槍は鉄製で太さは指ほどしかないが先端は鮫の歯のようなぎざぎざの剣呑な返しが付けてある。数は二十本ほどで並みの侵入者ならこれだけで殲滅可能だろう。ただ、血で汚れた床を片づけるための掃除係が必要になるのは確かだろう。

 ローズが指を鳴らすと、浮かんでいた槍はくすんだ緋色に変化した。拘束を解かれた槍は床に落下し砕け緋色の錆の塊に変わった。それは踏みつけるだけで粉に変わるほどに柔らかくなっていた。

 これについては物理防壁を持ち合わせていれば難なく通過は可能だろう。それが槍の雨をしのぐ傘となる。

 次は何がくるのか。屋敷の奥へと繋がる廊下は手の込んだ寄木細工で鏡のように磨きこまれた床である。ここも何か仕掛けてあると見たほうがよいだろう。

 ローズは前方に手をかざし、寄木細工の廊下に圧力を掛けてみた。僅かな間を置いて床面から生きた虎挟みが飛び出してきた。いや、人食いワニの顎といったほうが正しいだろう。その数は十以上で寄木細工の沼に押し寄せた飢えたワニの群れといったところか。飛び出す速度も間隔もそれぞれ違いがある。不用意に足を一歩踏み入れると仕掛けられた顎に足を喰われることとなる。

「面白いわね」ローズの口角が上がり牙が露わになる。

 屋敷の他の箇所も見てみたいが今回は急ぎの用事がある。屋敷内の探検は別の機会にするほかないだろう。その機会があればの話だが。

 加圧次第で床もろとも簡単に木っ端に変えることもできるが、ローズは敢えてそのままにして鰐の沼へと飛び込んだ。余興として楽しむのもいいだろう。

 ローズは飛び出してきたワニの鼻先に飛び乗り、それを飛び石代わりに寄木細工の沼を渡って廊下を通り抜ける。極めて危険な石飛び遊びでもある。沼を渡り切ったローズは振り返らず、後ろ手で別れを告げるように右手を上げ軽く振った。屋敷を震わせる程の轟音を伴い寄木細工の廊下は抜け落ち床に大穴が開いた。

 人の気配、おそらくコラボだろう。強い緊張が廊下の奥、右側から感じられた。

「見つけた」ローズの頬がほころぶ。

 ローズは歩を進め、気配の主が息を沈めて潜む部屋の扉の前へと到着した。扉の把手へと手を伸ばし、ローズがそれに触れる間際に扉の表面から何本もの鋭い鉤爪を持つ腕が飛び出しローズの腕を掴み取ろうとした。腕は鉤爪がローズに触れた瞬間に弾けて木っ端と変わり、壁に当たり床に落ちた。扉自体も同様に木っ端となって弾け飛び前面が開けた。

 扉の向こうには見栄えのよい家具、調度品が置かれている部屋があった。その点から見てここがコラボの屋敷の応接間なのだろう、その中央に魔導着を身に着けた中背の男が立っていた。錦糸のよる刺繡で縁どられた頭巾で隠れた顔の表情はうかがい知れないが、不安と脅威に泡立つ感情は容易に読み取れる。この男がマラド・コラボのようだ。

「こんばんは、マラド・コラボさんですね」

 男の両脇には二対の腕を持つ昆虫を思わせる鎧武者が立っていた。それが二体が彼の使い魔のようだ。

 コラボからの挨拶はない無言のままだ。

 その代わりに二体はローズに襲い掛かってきた。これが挨拶とみてよいだろう。使い魔の造形に面白味はない。使い魔は二歩前に出た時点でローズが放った見えない槍に貫かれ靄へと変わった。

 この展開にコラボは驚いてはいない。半ば予想通りと受け止めている。

「何者なんだ。あんたは……」動揺を抑え込み問いを発する。

「もう、予想はついているはずですよ。あなたが思い浮かべているあの女ですよ」

 ローズは頭巾で隠れたコラボの瞳を見据えた。

「アクシール・ローズ?」

「えぇ、その通りです。お見知りおきを……」ローズは口角を上げ鋭い牙を見せた。

「なぜ、どうしてここへ……」

 コラボは目の前で起こっていることを理解はしたようだが、なぜローズが自分の元へとやってきたのかについては予想がつかないでいるようだ。彼としてはローズに敵対行動を取った覚えはない。

「それはあなたの顧客が悪いんですよ。ガンボ・デンドロビュームという男の名に覚えがあるでしょう」

「あぁ……」

「そう、その痩せた金持ちの中年男。何度か彼の入院先に出向いて仕事を受けたでしょう」

「確かに……」

「あなたが呪いの対象とした女の子ですが、彼女は東の街の顔役のお気に入りでしてね。と言ってもいかがわしい関係じゃありません。彼と彼の側近は彼女を娘のように愛おしく思っています。あなたはそんな女の子に手を出してしまった」

「へっ?」

「そんなあなたにひどく腹を立てた彼らはあなたに制裁を加えるべく、全力を以てあなたの所在を探し始めた。ここまで言えばあなたがなすべきことはわかるでしょう」

 理解はできたようだ。コラボが恐れていた事態が起きたのだ。街の闇に潜んでいる連中の怒りを買ってしまったのだ。わからないのはローズほどの存在がなぜ奴らの使い走りをするのかだ。

「それはわたしも彼女と知り合いその心根が気に入ったからです。ですから、ここは事を穏便に闇から闇に葬ってしまおうと考えたわけです」

 コラボは一歩後ろに下がったが逃げ場はないことをすぐに悟った。だが、相手がローズでは対抗策は何もない。

「まぁ、待ちなさい。あなたは力もあるようですし、創造性も豊かなようです。この世から旅立たせるにはもったいない。そこで提案があります」

「何をすればいい?」

「おとなしくこちらの依頼を聞いてもらえばいいだけです。それだけで、わたしが先方と話をつけて穏便に解決してあげましょう。このままだとあなたはこの屋敷に籠りきりで、街に出れば付け狙われる日々が続くことになります。もし捕まれば想像はつきますよね。どうです、悪くない条件だと思いますよ」

「わかったよ、条件を飲もう」


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