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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第7話

 フレアがデンドロビューム家別邸から戻って三日を経た夕暮れ時にエリオットからの使いが塔にやってきた。使いの男はエリオットからの届け物という厚みがある封筒を手に持ち、玄関口で現れたフレアに要件を告げた。

「ローズ様に届け物なの?あの方ならもうすぐ起きてくるけど、中で待ってる?」

「いえ、滅相もない!」使いの男は顔を引きつらせ首がもげるほど大きく左右に振り一歩後ろに下がった。

 ローズに用事はあるが、顔を合わすには恐れ多いといったところか。フレアはそれ以上無理はせず、黙って封筒を受け取っておいた。無理強いして中で待たせても変な汗で衣服がびしょ濡れになるだけだ。男はわずかに安堵の表情を浮かべ深々と頭を下げ玄関前から去っていた。

 それから半刻ほどして、ローズはいつもの身繕いを終えた後にエリオットからの贈り物の封を解いた。中に入っていたのは粗末な紙束だ。だが、その内容は値千金の値打ちがあった。

「この入れ込みようは大したものね」ローズは口角を上げた。

 フレアはローズの指示により別邸から戻ったその日の昼下がりにスイサイダルパレスに赴いた。エリオットに事の成り行きを話すためだ。

「つまり、騒ぎは落ち着きはしたが、解決はしていない。これからの展開は相手の出方次第ということですか」

 フレアから騒ぎに関するよい知らせと悪い知らせを聞かされたエリオットは安堵と落胆相半ばする表情を浮かべたという。

「えぇ、誰にも心当たりがないなら、ローズ様でも知りようがない。悪いけどね……」

「わかりました」エリオットは深いため息をついた。

 エリオットは重苦しい雰囲気で終わったこの会見の直後から独自に動き出したようだ。その結果が今日届けられたこの紙束だ。筆跡が違う文書が多数集められていることから、手持ちの情報源を総動員しての調査が展開されたのだろう。拾った家出娘のために非常態勢が発動されたとはフェリスも気に入られたものだ。

「わたしが知り得た情報の裏どりに過ぎない情報も多く混じってはいるけど、デンドロビューム家の現体制について多くが記されているわ。マークさんは西から帝都にやってきた。そこで身に着けていた料理人としての力を使って飲食店を始めた。彼の以前の雇い主は好奇心旺盛で思い付きや出向いた先で口にした料理の再現を度々要求していたようね」

「大変だったでしょうね」とフレア。好奇心旺盛で無茶な要求をする主人には共感しかない。

「そうでしょうね。あなたもわかるでしょう」

「えっ、あぁ……」

「いいのよ。気にしなさんな」ローズの顔に浮かんだ笑みにフレアの背中が泡立つ。

 「でも、そのおかげで彼の力は大幅に磨かれた」

 幸いこれ以上の言及はなさそうだ。

「その雇用主の元を出た後に開いた店では様々な料理を安価で出した。流行りの料理や客の要望も取り入れ供試もした。それについては手慣れたものだった。店は繁盛し、傘下の店も増やしていった。入ってきた店の調理師にも手ほどきし、自らの力の継承に努めた。やがて、後に妻となるメリンダ・デンドロビュームと知り合い結婚しデンドロビューム家に入る。順風満帆と見えた数年後、メリンダは病により死去することになる。その際に彼女はデンドロビューム家を頼むとマークさんに託しこの世から去った。デンドロビューム家はいわゆる没落貴族だったようね。家は破滅に向かって一直線、それなのに一族の誰もがそれを止めることができずにいた。それを見事に立て直したのがマークさんよ。メリンダさんの死を期に彼は一線を退き経営と後進の指導に専念するようになった。デンドロビューム家は今や二十を上回る飲食店の経営者よ。だから、デンドロビューム家側の人が彼のことを芯でどう思っていようと頭は上がらなかった」

「フェリスさんについては何か書いてありますか?」

「多くのお行儀のよい子供たちの中からなぜフェリスさんを選んだのかということ?」

「はい……」

「それについては彼は一切誰にも話さなかったようね。もしかしたら彼は何らかの力を持っていて、それを頼りに彼女を選んだのかもしれない。デンドロビューム家に頼らないのはやり手ゆえの冷徹さでしょうね。彼らの手ではまた没落の道を辿るほかない。それなら自分と同じように外からの血を受け入れ育てる他ないと考えた。マークさんは彼女をかなり厳しく力を入れて育てたけれど、彼女は持ち前の負けん気の強さでそれをすべて吸収し、誰もが認めざるを得ない才女となった。彼の判断は正しかったことになるわ」

「……この辺りまではローズ様はご存じでしたよね」

「まぁね、でもエリオットさんはその先をやってのけた」ローズは口角を上げた。

「デンドロビューム家にはマークさんやフェリスに反感を持っているものはいても反旗を上げないのは、もうすっかり戦意を失って自分たちでは勝ち目がないと諦めきっているせいね。対抗意識がない限り前に進むことはできないわ。わたしが見たのはそんな連中だったのよ」

「でも、そんな中にも例外はいたんですよね」

「その通り」ローズは手元の紙束を数回指で軽く叩いた。

「エリオットさんは調査対象を傘下の飲食店まで広げ親族内でも調査漏れがないか再度点検をした。そこで現れたのがメリンダさんの実の兄ガンボだった。彼はマークさんを目の敵にして生前から何かにつけては絡んでいたけど、結局は勝つことなくマークさんは旅立つこととなった」

 これについては初耳だ。まさかローズ様も知らなかったのか。

「もちろん、わたしも彼の存在は知っていたわ」

「あぁ、そういうわけじゃ……」

「じゃぁ、何なの。わたしもね、本宅に行って彼のことは聞きつけたけど、彼はそこにはいなかった。邸宅内の雰囲気で彼もやる気がないだろうと勝手に判断して居場所を探ることもなく帰ってきた。先入観が強くなるとまるで駄目ね」

 ローズは顔をしかめ、溜息をついた。過去に戻り自分を殴りつけたい気分だろうか。

「ガンボは身体が弱ってこの二年ほどは病院暮らしで今は起き上がるのも困難になってきている。それもわたしが彼を害無しとした理由だけど、馬鹿よね頭がしっかりしていて金がさえあれば何でもできるのよ」

「ローズ様……」

「心配しなさんな」

「はい」

「とにかく、エリオットさんは先入観に捕らわれずガンボの身辺と見舞客の素性を当たってみた……」

 ローズは紙束をゆっくりと捲っていく。

「大半はガンボの家族と使用人だけど、その中に興味深い部外者が混じっていた」

「何者なんですか?」

「魔導師ね」

「あぁ、それならあの騒ぎに繋がってきますね。でも、なぜフェリスさん自身に危害を加えず、あの程度に済ませておいたんでしょうか」

「目的が自分の関与を悟られず、試練を破綻に追い込むためでしょうね。彼女を手にかけてしまっては当然自分が関与を疑われる。突然の怪異のせいにしてしまえば誰に疑いがかかることもない。現にあの人たちは別邸で起きた怪異も試練の一部ではと疑心暗鬼に陥っていた。フェリスさんは使用人の人たちの身を案じて気を病み、一時は試練を投げ出しもした」

「ライデンさんと偶然会わなければ、彼の企ては成功していた……」

「えぇ、試練は失敗しフェリスさんは力を失い、遺産は普通にデンドロビューム家内で分配される。彼としては満足のいく結果に終わっていたでしょうね」

「危ないところでしたね」

「でもこれはこの調査報告を踏まえての推論に過ぎないわ」

「それならわたしたちはどうしましょうか?」

「とりあえずはエリオットさんにお礼を言っておいて」

「はい……」

「わたしたちがやるべきなのはフェリスさんの試練をぜひとも成功させるべく動き出すことね。まぁ、具体的にはわたしはガンボの見舞いに訪れたという魔導師に会ってきましょうか。本当にただの知り合いであることもないわけじゃないし、あなたの方は……」

「はい」

「別邸に向かってちょうだい。また何か起こっているかもしれない」 


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