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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第5話

「あの一連の怪異がマーク様とは関係ないというのは何よりの知らせですが、騒ぎを起こした首謀者は不明のままで、まだ安心はできない……何事にも良い知らせと悪い知らせがあるものですね」

 デオサイと名乗ったお仕着せの中年男は腕を組み溜息をついた。撫でつけ整えられた少し癖のある黒い髪が、窓から入る陽光により艶やかに輝いている。

 邸内に運び込まれた荷物の仕分けも終わり、一段落がつきお茶を入れて休憩という運びとなった。全員が食堂に集まり、隣の厨房で湧かされた湯で淹れられた茶が居合わせた全員に配られた。目の前に砂糖壺や蒸留酒にスパイス、ハーブなどが置かれ好みで加味することができるようになっている。ここは本来は使用人向けの食堂だがフェリスは一人きりの食事を嫌い、こちらで彼らと一緒に食事をとるようにしている。

 フレアもフェリスからの紹介を受け彼らと同席している。使用人はまず、執事のデオサイ・ガポールを筆頭として料理担当のマーガレット、雑用係のアリスとポールが本宅からこちらについてきている。デオサイとマーガレットはフェリスがデンドロビューム家の養女としてデンドロビューム家に入った時からの付き合いだ。

 フレアの登場は皆が驚きをもって受け止めたが、フレアが新しい使用人と勘違いしていたポールの衝撃は大きかったようだ。

 新市街の塔の主人とそのメイドの存在についてはこの旧市街でもよく知られている。名前と年齢などもその一つなのだが、その影響でローズとフレアを老女の二人組と勘違いすることがある。二人とも超高齢の老女に間違いないのだが、容姿はその範疇に入ってはいない。

 お互いの自己紹介を経てフレアはこれまで知れ得た情報をフェリスと使用人たち話して聞かせた。

 フレアが主人であるローズの命を受けここへ訪れるまでの顛末を聞くに至ってデオサイが漏らしたのが先の言葉である。芝居で何度か耳にしたことがある言い回しではあるが、的確に状況を捕らえてはいる。

「それって、また似たような事が続くかもしれないってことですか」ポールが声をひそめて訊ねてきた。

 赤茶色の短い髪の青年だ。短かく硬そうな髪が裁縫の針山を思わせる。直後に左右の気配を窺うように首を振る。

「あると思います」とフレア。

「マーク様との関わりもないということですが、それ間違いありませんか?」

「はい、ローズ様にその理由をお聞きしたところ、あの術式には条件発動の指揮が含まれていなかったから、それが理由だそうです」

「条件?」アリスが呟き目を細める。長くやわらかそうな金髪を頭頂部で結い上げている。背はフレアより少し高く、幾分ふくよかだ。

「はい、条件とはマークさんが死去される、フェリスさんがこちらの別邸に入られるなどの条件付けによっての発動を意味します。それらの式が見られなかったことでマークさんの介在の気配はないと判断されています」

「それは何よりなのですが……」とデオサイ。

「術式は仕掛けられたと同時に発動したとローズ様は考えています。最初に屋敷にやってきたのは力の弱い存在だったのかもしれません。それが時を経るごとに数を力を増していった。数が増えれば誘因作用も大きくなっていく。おそらくですが、それが仕掛けられたのは皆さんが最初にこの屋敷の捜索をされた後と思われます。その後に現れた何者かがあの引き出しの裏に術式を施し出て行った」

 もちろんこれがマークの口頭による指示であることも考えられたが、デンドロビューム家内、及び周辺にそれを知るものはいなかった。

「あぁ……」マーガレットが大きく溜息をついた。

「厨房にはわたしが始終いるというのに申し訳ないことに……」彼女も黒く長い髪を頭頂部で纏めている。アリスとよく雰囲気が似ており親子として紹介されても違和感がない中年女だ。

「やめて、マーガレット。あなたに責任はないわ」フェリスは彼女に眼差しを向けた。

「はい、このような輩はいつ何時入ってくるかわかりません。姿も容易に隠すことができます」

 ローズやホワイトなどは姿を消したまま人の面前を歩き回る。それに気が付くのはごく少数だ。

「そいつの目的は何なのでしょうか。本気で危害を加えるつもりなら……」

「もっと強い呪いを使用したことでしょうね」フレアはデオサイの言葉を引き継いだ。

「それによっては病に堕とすことや自死を誘うことも可能なのです」フレアは実際それを目にしたことがある。

 フレアの言葉に使用人たちは息をのんだ。

「……ですから、犯人の目的は試練の妨害、フェリスさんあなたの追い落としにあるのではないでしょうか」

 デオサイとマーガレットは眉を歪めた。だが、驚いている様子はない。察しはついていたついてはいたが、面と向かっての発言はやはり衝撃を伴う。


「そうなるとやはり……あの騒ぎを起こした首謀者はデンドロビューム家に近い、もしくは中にいる可能性が高いと思われますか?」

 フェリスは抑えた口調でフレアに訊ねた。フェリスの眼差しに怯えはない。むしろ、湛えているのは怒りに見える。

「ローズ様はそのように見ています。そこでお聞きしたいのですが、デンドロビューム家でのフェリスさんのお立場はどのような状態なのでしょうか」

 フェリスはデオサイに目をやった。僅かに首を傾げそれに応じるようにデオサイは小さく頷いた。

「あまり芳しく思われていない方もおられると思います」とデオサイ。

「……何しろ……」

「血の繋がらない。孤児院育ちの悪ガキですから」フェリスは不敵な笑みを浮かべ口角をあげた。

「フェリスさん……」マーガレットが諫めるように声を上げる。

「いいのよ。マーガレット。本当のことなんだから。わたしは小さい頃の両親を亡くし、街を彷徨い歩いて色々と悪さもしたわ。その末に正教会のピートル様に捕まって孤児院に入れられた。そこでも大概だったけど、そんな時にお父さんとお母さんが孤児院にやってきた。誰かを引き取りたいって話だったんだと思う。みんながそれを期待していい子に振舞っていた中で、わたしはお父さんから金目の物を盗み取ろうと狙っていた。でも大失敗、手を出した瞬間に取り押さえられてたわ。もう、お話は消えたと思っていたのにお父さんが引き取りを申し込んだのはわたしだった。なぜわたしだったのか何度か聞いてみたけど、はぐらかすばかりで結局教えてはくれなかった」

 フェリスには懐かしい記憶が蘇ったのだろうか。天井を眺め笑みを浮かべている。

「あなたたちはわたしのような娘を迎えるとわかって抵抗はなかったの」デオサイとマーガレットに視線を向ける。

「なかったといえば嘘になりますが……」とデオサイ。

「今はマーク様の判断は正しかったと言い切れます。あなたはマーク様が与えたすべてを受け止め立派に成人された。あの方はフェリスはわたしの誇りだとおっしゃっていました」

「わたしもそれを聞いています」とマーガレット。

「マーク様が健在ならばあの方のお声がけだけでよかったのでしょうが、残念ながら病に倒れられて亡くなられた」

「それで彼女に自ら力を示すことを思いつかれた」フレアは言葉を添えた。

「おそらく、そんなところでしょう。自分という後ろ盾を失うこととなるならば、自身で力を示す必要がある。自分が課した試練を乗り越えて欲しいと祈りつつ……」

「当然ながら、それを黙って見ていたくない人もいるんでしょうね」

「残念ながら……」

「そしてついに実力行使に出た」

 フェリスが新市街に向かったのは小さな頃に慣れ親しんだ環境だったためだろうか。そこでライデンの目に留まりスイサイダルパレスに迎えられたのは本当に幸運だったといえる。おかげで再起を期す機会を得ることができた。だが、喜んでばかりもいられない。まだ試練達成のめどは立たず、敵対者の正体は知れず、その妨害はいつ再開されるかわからない。

 こうなると残念でならないのは、やむを得ないとはいえ焼きつぶされてしまった誘因式だ。力を貯めすぎてしまったため放置するわけにもいかず、ローズは屋敷に巣くった精霊たちを排除した後、先の憂いを消すためにそれを完璧に焼滅させた。そのため誘因式を仕掛けた者に関する手がかりも消え失せてしまった。

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