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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第4話

 フェリスの緊張を癒やすため少しの間休憩を取った後、ローズは厨房内の探索を再開した。屋敷に巣くう精霊を一掃したものの仕掛けられた誘因式を排除しなければ、またよからぬ精霊を呼び込みローズの行為は徒労と化してしまうだろう。

 危険な銀器の片づけはフェリスに任せ、ローズとフレアは厨房に施されたであろう誘因式を探した。

「その誘因式というのはどういう見た目なんですか」フェリスはローズに訊ねた。

「式を内包する魔紋ね。魔法陣といえばわかりやすいと思います」

「あぁ、あれですか」

 フレアとローズはフェリスが開けた棚の扉を眺め、空になった引き出しを抜き出し、ひっくり返し裏面を確かめるなどを繰り返す。

「フェリスさんはそれらしき何かを見かけたことはありますか?」とフレア。

「うぅん……そうですね」

 フェリスは床に散らばる銀器を集め調理台に収めながら呟く。

「ここに来た時にわたし達もローズさんたちと同じように家中探し回ったんですが……何も」

「あぁ!これは」フレアが驚きの声を上げた。

 フレアが手にした引き出しの底板には薄っすらと魔法陣が浮かび上がっていた。

「フレア、その引き出しの裏側を見せて!」

「はい!」

 フレアは引き出しをひっくり返し調理台の上に置いた。引き出しの底板の裏面には焼き付けられた魔法陣が見て取れた。召喚式が内包された魔紋に間違いない。

「うそ、こんなの前はなかったはず……みんなで調べたし、わたしもここにいた」

 フェリスが口元を手で覆い叫びを上げた。

「それなら、これはその後に何者かのてにより施されたということですね」

 ローズは発見した誘因式を速やかに焼滅させた。

 この後屋敷の外に出てローズは屋敷とその周辺の気配をを改めて周辺の走査してみた。それらしき気配は感じられない。屋敷に巣くっていた存在は厨房での最後の一撃に巻き込まれたか、逃げ出すかしたようだ。

「フレア」ローズは屋敷を玄関前で空を見上げながら声を掛けた。

「はい」

「あなたから正教会にうまく声を掛けて、屋敷の清浄化のために術師を派遣してもらえないかしら」

「……はい」

「心配しなくていいわ、ここはもう安全よ」とローズ。

「けど、わたしは大きなごみを片づけたに過ぎないわ。あの人たちには屋敷の細かな掃除を任せてお墨付きを頂く。あいにく壊し屋のわたしはその力は持ち合わせてはいない」

「わかりました」フレアは口角を上げた。

 フレアはローズの指示の意図を理解したようだ。

 もう夜明けも近い、緊張状態が長く続きフェリスは疲れ果てその場に座り込みそうになっている。そろそろ開放してやらなければならない。

「後は任せたわ。よろしくね」

「はい」

 ローズは夜明けが近い空に飛び上がり帰途についた。フレアに任せておけばフェリスは問題なくスイサイダル・パレスに送り届けられるだろう。


 一日の休日を経てフェリスはマークの遺言による試練に再挑戦するための準備を始めた。別邸へ赴き正教会から派遣された術師が施す浄化の儀式に立ち会い、使用人たちを呼び戻すために実家へ戻る決意もした。

 様々な準備を経て、フェリスがエリオットたちの元を出て別邸に戻ったのは一週間ほどしてからのことだ。その知らせをよこしたエリオットの声はどこか寂しげだった。

「まるで子煩悩な父親のようね」とはローズの言葉だ。フェリスは店内でこぞって応援されているようだ。

「あなたもお手伝いに行ってあげなさい」ローズはフレアに告げた。

「えっ……」

「一連の騒ぎはまだ終わっていないわ」

「それはわかりますが……」

「本当にわかっているかしら。あの屋敷で起こっていた事はマークさんの試練とは関係ないと思う。彼女も言っていたでしょ「屋敷内はみんなで調べた」と、おそらく誘因式はその後で仕掛けられた。式についてはわたしが焼きつぶしてしまったからもう残ってはいないけど、条件発動ではなかった。即時発動となっていた」

「つまり……」

 フレアはその意味に気づき僅かに眉を寄せた。

 よくできましたとばかりにローズの口角が上がり言葉を続ける。

「そう、つまり……フェリスさんたちが屋敷に立ち入るなどの条件ではなく、術者が召喚式を行使してすぐに発動する仕様だった。それではマークさんが関与する余地はない」

「ローズ様は明らかに何者かの妨害とお考えですね。そして、それは再度行われる可能性があると……」

「えぇ、あなたには少しの間でいいからそれを踏まえて彼女たちの様子を見ておいてほしいの。」

「はい」

  

 ここまでの成り行きを知っているためもあっただろう、フレアの目には日の光に照らし出されたデンドロビューム家別邸は輝いて見えた。穢れが取り払われ落ち着いたように見える。玄関扉は開け放たれ、お仕着せの男女が荷車に乗せた荷物を運び込み、掃除に励んでいる。

 フレアが屋敷に到着してほどなくして玄関口からフェリスが姿を現した。彼女も作業を手伝っているのだろう、真っすぐ荷車へと足を向ける。

「あぁ!フレアさん。どうしたんですか」その途中でフレアの姿が目に入り足を止める。

「こんにちは、今日がこちらへの引っ越しと聞いたのでお手伝いできることはないかとお伺いしました」

「そうですか。ありがとうございます」フェリスは自然な笑顔を浮かべた。文字通りの意味で言葉を受け止めてくれたらしい。

「少しぐらい重くたって平気ですよ」フレアは握りこぶしを目の前に掲げた。

 フレアは玄関脇に留めてある荷馬車に近づいて行った。大きな家具などはなく小さな木箱と旅行用の革鞄が積まれている。

「大きな家具は備え付けになっています。持ってきたのはみんなの身の回り品と新しい備品ですね。前の騒ぎで壊れてしまった物も多くありますから、それの代わりです」

 フェリスが二つ積まれた木箱を一度に持ち上げ歩き出した。フレアは隣に置いてあった鞄を両手に下げて後に続く。

「まずは玄関から入ってすぐの部屋に荷物を集めて、その後で個人の持ち物は各自で持ち帰ります」

 フェリスについて玄関広間に足を踏み入れると、前回は入った時とはまるで違う雰囲気に包まれた。

「まぁ、いい香り」

「えっ?」

 フレアの言葉にフェリスは軽く鼻をならせた。

「柑橘系の香りのというんでしょうか。爽やかな匂いが邸内に漂っています。誰か使ってらっしゃるんですか」

「いいえ、わたしを含めて誰も……」

 匂いは人には感じ取れない程に微弱らしい。フレアも先の進入時は感じ取ることはできなかった。事が落ち着き屋敷が清浄化されたおかげでようやく屋敷が持つ本来の香りが漂いだしたのか。

「あぁ、柑橘系といえばお父さんが好んで使っていましたね」

「それならその残り香かもしれませんね」

「そうですか。思いのほか残るものなんですね」

 フェリスは盛んに鼻を鳴らしたがやはり匂いは嗅ぎ取れない様子だ。

 指定された部屋に荷物を置く。再び外へ出て荷物を運び込む。その繰り返しは三回で終了した。この後は山積みになった荷物の仕分けとなる。個人の荷物は各自で、備品はそれぞれの収納庫へ収められる。ここでも柑橘系の香りが漂っていた。その香りは玄関広間より遥かに強い。この荷物にも匂いの発生源があるのかもしれない。 フレアはそれを求めて荷物の山の周りを歩き始めた。

「どうしたんですか」とフェリス。

「ここでも柑橘系の香りが……」

「はぁ……」鼻を軽く鳴らすがフェリスにはやはり嗅ぎ取れないらしい。

 フレアが柑橘系の香りを求めてたどり着いた先は厚みがある縦長の小箱だった。荷物の山の上の頂に無造作に置かれている。フレアはそれに興味を引かれ取り上げた。香りはこの中から漂っている。

「フレアさん、それは……」とフェリス。

「あぁ、ごめんなさい。勝手に触ってしまって……」

「すみません。わたしも大きな声を上げてしまって……」フェリスは気まずそうに頭を下げた。

「その中には遺言書が入っているんですよ。不用心ですね、早めに仕舞っておきましょう」

「もし……問題なければ、内容を見せてもらえますか」

 フレアは小箱をフェリスに手渡しながら頼み込んだ。遺言書に試練の手がかりが記されているかもしれない。

「……いいですが、前に話した以上のことは書いていませんよ」

 フェリスは小箱を積まれた荷物の上に置き、箱を封じてある布製の帯を解き、上蓋を外した。薄い柑橘系の香りが僅かに強くなる。

「あっ……」

 これについてはフェリスでも感じ取れるほどに香りの強さがあるようだ。

 中に入っていたのは三つ折りになった紙が収められていた。乳白色の分厚い高級紙、高価な便箋と思われる。それを取り上げたフェリスはフレアが見やすいように広げた。

 書かれていたのは「ブーヒュースにある別邸に移り、そこで自らの優れた力を示してみよ。それをやり遂げることができたなら当主の座はお前のものとなるだろう。期限は一年とする」本当にそれだけだった。他に書かれているのはマークと立会人の署名のみで三分の二以上が余白となっている。

「ねぇっ」フェリスは言ったでしょとばかりに首を横に傾げた。

「本当ですね」



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