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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第3話

 この世ならぬ存在が屋敷に棲みつき暴れだした。それは自分ばかりではなく、仲のいい使用人にまで襲い掛かり危害を加えようとする。フェリスはそれも試練の一環ではないかと捉え、自分の力で問題を解決を試みようとした。だが、状態は悪化する一途をだどり、フェリスは思い悩んだ末に別邸からの撤退を決めたようだ。

「何の力もない素人じゃ太刀打ちできないのが当たり前よ。早い時期に専門家に頼るべきだったわ」

 そこまでを含めて試練とするなら酷い話だ。そんな家なら早めに出たほうがよい。

 本宅へと戻った後も試練に失敗したことで、フェリスは眠れぬ日々を過ごした。一番堪えた父マークの期待に沿える事ができなかった点だ。

 フェリスの意識を読んでみてわかったのは、彼女の言葉に嘘偽りはないようだ。強い意思を持ち、自分を引き取ってくれたマークを心から尊敬している。だからこそ、別邸からの撤退は彼女を芯から落ち込ませた。使用人たちの身を案じてのこともあったが、それを自分の至らなさゆえの事として捉えている。

「今回の家出は鉄壁の自信の裏返しといったところね」

 ローズはスイサイダルパレスの屋根に腰を掛け、階下にある応接間の様子を窺っていた。フレアとエリオット共に屋根の上でローズが聞き耳を立てているなど思いもしてしない。二人とも通信妨害に防壁が施された部屋での会話が外部に漏れることがあるなど疑ってもいない。だが、相手がローズであることを忘れている。それに民間で手に入る防壁などたかが知れていることも。

 フェリスが家を飛び出し、東部地域に迷い込んだのは睡眠不足と心身の疲労による発作的な行動と思われる。思い悩んだ末に自ら命を絶つなどの行為に及ばなかったのは何よりの幸いだ。それとライデンに拾われたのも功を奏している。その後スイサイダルパレスでの生活により生気を取り戻し、仕事中にフレアを見かけた事が転機となったようだ。

 店内を自信に満ちた態度で歩き、いかつい店員たちが頭を下げ一目置く少女はいったい何者なのか。それがフェリスの持ち前の好奇心を刺激した。そして彼女が旧市街でも知られている「塔のメイド」であることを知り、今回の企てを思いついたようだ。これに関してはエリオットからのけしかけも影響している。彼としては別邸攻略の成功の暁にはいくらかの見返りを期待している。フレアも話の全体像を耳にして面白味を感じているようだ。

「まったく、あの二人は……」

 そういうローズもフェリスに興味が出てきた。

 フェリスから一通りの説明を聞き終えて、フレアとエリオットが考えついたのはローズに頼んで屋敷で暴れまわる精霊を祓ってもらうという極めて単純な作戦だ。

「それでは条件が……」

 フレアによるとフェリスは最初は問題の解決をローズに委ねることを難色を示したようだ。

「条件?……あぁ試練というのはお前の賢明さ、力を示すことなんだろ」そこにエリオットが割って入った。

「なら、街一番の吸血鬼に頼んで邪魔者を排除する程の力を見せつけるのもその賢明さを示すいい手段になるんじゃないか」

 フェリスはフレアを用心棒として雇い、屋敷での問題は自身の力で始末をつけるつもりだったようだ。どのように暴れまわる存在を祓うのか。それについては考えが及んでいなかったようで、フレアから指摘を受けようやく気がつくような始末だ。

 ともあれ。持ち前の鉄壁の自信は取り戻したようだが、力技だけでは火事場を歩き回り捜索をするのと変わらず、解決には至らない。まずは火事を消し止める必要がある。

「ローズ様ならきっと引き受けてくださるはず……」とフレア。

 それに興味本位であれこれと詮索をすることもない。正教会に依頼を持ち込むのは敷居が高く、街の術師は当たりはずれがあり高額な場合がある。その点ローズなら信頼感は抜群だ。フレアがいろいろと利点を付け加え、エリオットがそれに同意を示しす。二人がかりでの説得によりフェリスはローズへの依頼に対して首を縦に降った。

「また勝手なことを受けあって……」だが、拒む気はない。

 話はこれぐらいでいいだろう。ローズは屋根の上で聞き耳を立てるのを切り上げ塔へと戻った。

 ローズは帰宅したフレアから何食わぬ顔をしてフェリスからの相談内容の報告を受けた。別邸における対策の主軸はローズによるお祓いだ。少し困らされてもよいかと思いはしたが、フェリスに免じてやめておくことにした。

 「彼女がそれでよければ、話を進めなさい」ローズはそうフレアに告げるだけにとどめておいた。後は放っておいてもフレアとエリオットがうまく周辺の手配を済ませるだろう。


 ローズの予想通りフェリスとローズの対面の段取りは速やかに進み、三日後の夜には双方がザツィットにあるデンドロビューム家の別邸で顔を合わせることとなった。

 闇に沈む別邸の玄関前へローズたちが到着すると、そこにはフェリスがエリオット緊張の面持ちで立っていた。どうやら日暮れまもなくに馬車でこちらに到着しそれからずっと待っていたようだ。

「こんばんは、フェリス・デンドロビュームです。よろしくお願いします」

 フレアとともに近づいていくローズに目を留めたフェリスは恭しく頭を下げた。旧家の元でしつけられただけのことはある。

 直接の面識がなかった二人だが、ようやくここで顔を合わすこととなった。簡単な挨拶の後にフェリスは事のあらましを改めてローズに説明した。溢れ上がる緊張を心中に閉じ込め、エリオットはそれを黙って眺めている。

「それじゃぁ、俺はこれぐらいでお暇させていただきます」

 しばらくフェリスの横に立っていたエリオットはフェリスの落ち着いた話しぶりに安心した様子で傍を離れていった。

 東の顔役がまるで娘を気遣う父親のようだ。

 馬車で去っていくエリオットを見送った後、ローズはフェリスに声を掛けた。

「さて、夜は短いわ。こちらも始めるとしましょうか」

「はいっ!」エリオットからローズについていろいろと聞かされているようだ。それに加えて別邸での体験が脳裏に蘇り緊張が高まる。

「まぁ、気を楽にしてなさい」

「はい」 

 ローズは玄関に向かい静かに歩き出した。フレアとフェリスが後に続く。その途上でフェリスが慌てて手にしていた鞄の中をまさぐり始めた。扉の鍵は閉ざされたままだった。扉を開けるには鍵が必要だ。

「鍵は不要よ。中の連中に誰が来たのか、思い知らせて上げましょう」

 フェリスはともかくフレアはこの言葉の意味を素早く理解したようだ。そう、屋敷に巣くう存在は単数ではない複数なのだ。多数といった方が雰囲気が掴みやすいだろう。

 ローズは玄関扉を開錠するために内側のつまみを力を使い回してみた。何かがローズの力を阻もうと抵抗を試みる。だが、その抵抗に意味はない。扉の向こう側で乾いた破裂音が響き、扉はローズが手を触れぬまま内側へと開いた。それと同時に寒風が外へと流れ出す。

「えっ?」

「行きましょう」ローズは口角をあげた。

「はい……」

 ローズを先頭にフェリス、フレアの順で邸内へと入っていく。全員が入ると扉が背後で独りでに閉まり、鍵が施錠された。

「あっ!」フェリスが声を上げる。いちいち賑やかな娘だが、これはよくある反応だ。通常手を触れずに物が動くことはない。

「心配することはありません」

 ローズは玄関広間で立ち止まり屋敷内の気配を走査した。なんともおびただしい数の気配が感じられる。一つ一つの力は知れていても、これだけの数の存在に好きに暴れられては心身に不調をきたすのも無理はない。これに相対することを試練と称するなら、マークはフェリスのことを気遣う事のない不届きものと言ってよいだろう。

「とんでもない数の存在が屋敷内に集まり巣くっているようですね」ローズはフェリスに眼差しを向けた。

「はい……おわかりですか」

「でも、これだけの数が自然に集まることはありえません。何者かが策を労して精霊を呼び寄せ、さらにそれに引かれた存在がこの屋敷に集まり好きに振舞っているようですね」

「そんなことに……」予想通りではあるが、衝撃は強い。「どうすればいいんですか?」

「その原因を探し出し、根源を断った後に残存勢力を一掃する。それだけのことです」

 乾いた破裂音が一つ、そして寒風が流れた。

「わたしにも慈悲の心はあります」ローズの口角が上がる。

 また、破裂音が玄関広間に響く。寒風が三人の髪を揺らす。

「黙ってこの屋敷から出ていくなら後を追うこともありません。さぁ、今のうちですよ。さっさとここから出てお行きなさい」

 フレアの頬が引きつっている。何が起こるのか察しがついているようだ。これから展開するのは無慈悲な殲滅だ。ローズは正教会の術師のように説得を以って元の世界に押し戻す、外の世界へ導くようなことはしない。ただ、消し去るのみだ。

「フェリスさん、この玄関広間から奥へ続く廊下の先、その左側には何がありますか」

「厨房です。そこは裏手にある勝手口と繋がっています」

「わかりました。では、まずはそこにまいりましょうか」また、破裂音と寒風が流れた。

「二人ともわたしについてらっしゃい。離れないように」

「はい」

 ローズが歩を進めるたびに邸内に破裂音が響き、廊下を寒風が通り抜ける。時には音が三回ほど連続で発生することもある。

「この音は何ですか?」

 あまりに頻繁に起こるためにフェリスが訝し気に周囲を見回した。

「精霊が消滅する音です」

「えっ……」

「音が鳴り、風が吹くたびに精霊が一つ姿を消しています。ローズ様が張り巡らせた防壁に触れたが最後その希薄な身体は宙に霧散します。その時に起こるのが、あの音と風です」

「まさか、音の数だけ精霊が消滅している」

 呑み込みが早く頭もよいようだ。

「そのまさかです……」フレアが口角を引きつらせる。

「静かにしてなさい。遊びに来たんじゃないんですよ」ローズは改めて二人に釘を刺しておいた。

 厨房から感じる力は別格で、そこに彼らを惹きつけた誘因仕掛けが施されているとのだろう。単独で乗り込むならともかく、フレアとフェリスを連れているなら十分に注意をする必要がある。

 ローズは閉ざされていた厨房の扉を手を使わずに開け放った。こちらは何の抵抗もなく開けることができた。ここにいる存在は十分な自信を備えているようだ。人など取るに足らぬ存在だと認識している。相手が人ならばそれも間違いはないだろう。

 ここでもローズを先頭に三人で一列に並んで戸口から厨房へ入っていく。最後尾のフレアが室内に足を踏み入れた瞬間に、壁に設えられた戸棚や引き出しが一斉に開き、その中に収められていた銀器が宙に飛び出し三人を取り囲んだ。これだけの物を動かすことができるなら大した力の持ち主だ。これは自慢に値する。

「ひっ、銀」フレアが声をうわずらせ、恐怖の叫びを上げる。

「落ち着きなさい。当たらなければどうという事ないというでしょ」

「……で、ですが」

 フェリスも脅威を感じているが、彼女が気にしているのは鋭い切っ先を持つ包丁やナイフなどのようだ。

 銀のスプーンやナイフにフォーク、皿に燭台それらは球体をなして三人の周囲に浮かんでいる。襲いかかってこないのはローズが構築した防壁のおかげだ。だが、銀器はおとなしくしてはいない。防壁を通り抜けようと終始、身を捩り動いている。

 銀はローズやフレアのような存在にとっては恐怖の的だ。触るだけで火傷を負い傷跡も修復できない。

「まぁ、これでは動きは取れないわね。邪魔なものは片づけてしまいましょう」ローズの口角が上がり長い犬歯が露わとなった。

「あなたはこの屋敷の中で一番力がありそうね」

 ローズは天井に向かい穏やかな口調で話しかけた。

「それに免じて助けてあげてもいいんだけどどうします?条件はこの銀器を速やかに片づけてここから出ていくこと。どう悪い条件ではないと思うけど」

 それに対する回答はフレアも感じ取ることができたようだ。厨房に巣食う存在から肌で感じ取れるほどに敵意がみなぎる。それに応じてフレアは身構えた。

 周囲を囲む銀器が一度背後に退き、次にそれらは荒れ狂う蜂の群れのように厨房内を乱舞し始めた。そしてローズの防壁にその先端を突き立てた。銀器が互いに擦れ合う音で厨房が満たされる。ここまで来るとフェリスも状況が理解できた。だが、取り乱すことはない。この場をローズがどのように収めるのか、そちらに興味があるようだ。

 エリオットから言い聞かされている。姐さんといれば何が起ころうと心配はいらない。

「まったく……」とローズ。「残念だわ。さようなら」

 耳をつんざき別邸を揺らす破裂音と共に銀器が力を失い、それは銀の雨となり床に落ち甲高い金属音を立てた。窓や勝手口が開き寒風が勢いよく流れ出し、庭の木々を激しく揺らせた。

「これで終わりよ。お疲れ様」

 ローズの言葉にフェリスは釣り糸が切れたようにその場に座り込んだ。気丈に振舞ってはいたが、やはり身に堪えてはいたようだ。

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