第2話
事の発端はともかくとして、エリオットがフェリスに入れ込むのもそれなりの頷ける理由があるのだろう。だが、それにこちらが加担するかとなれば話は別だ。これはフレアの一存で決められることではない。エリオットの話によるならばフレアの手に負えずローズの力が必要になる可能性が大きい。それもフェリスの話がつまらぬ与太話でなければの話だ。
日が暮れてローズが目覚め、いつも通り着替えの手伝いを始めたがフレアはその話題を切り出す機会を決めかねていた。
「フレア、どうしたの。あなた何か話したいことがあるんじゃないの?」
フレアがローズの髪を梳かす頃になって、ローズの方が切り出すこととなった。
「……はい」
相手はローズなのだ。話をどう切り出すか躊躇しているうちにそのもやもやが漂い出て彼女に伝わってしまったようだ。
もう既に話さずともすべてを承知しているだろうが、それでも口頭で伝える必要はある。もう知られているなら、返って気楽に話すことができる。
「ライデンさんが街で拾ってきたフェリスという女の子がいるんですが……」
「昼間の掃除を手伝わせているって家出娘ね。犬猫じゃあるまいし、あの人たちも物好きなことね」
やはり、話すまでもないようだ。
「その子の素性がわかったらしいんです。まぁ、彼女がエリオットさんに話したからなんですが……」
フレアの手によりローズの漆黒の髪の流れが整い艶やかさが増していく。
「どういう娘だったの?」
「旧市街の資産家の養女だったようです」
「まぁ、何があったのかしら、先方とそりが合わなかったとか……」
「そこまでは聞いていないんですが、彼女としては新市街なら家人や使用人に見つからないだろうという算段でやってきた。身を隠すつもりだったようです。そこで彷徨い歩いているうちに危ない地域に入り込みすぎて、絡まれているところをライデンさんと出会ったようです」
「……会ったのが彼でよかったけど、ずいぶん大胆なことをするわね」
「えぇ……」
彼女の大胆さはそれだけでは済まない。それがフレアを躊躇させた理由だ。
「それでどうしたの、それじゃ拾った犬や猫の自慢話にしかならないでしょ」とローズ。
「はい……」ローズに促されフレアは先に進む。ここからが本題だ。
「彼女とは集金の時に顔を合わせたんですが、後でわたしが何者だったか聞きつけて、わたしと話をするために口利きをして欲しいと言い出したそうなんです」
「理由は?」
ただ有名人と話してみたいなどの理由ならエリオットが連絡を入れてくるわけもない。それなら彼もフェリスを怒鳴りつけていることだろう。
「彼女が言うにはわたしに旧市街の家に戻るために、そこでの面倒を解決するために協力をして欲しいらしいんです」
「つまり、自分だけじゃ相手に歯が立たないから、わたしたちにも協力して欲しいと……とんでもなく大胆ね。身の程知らずというのか」ローズは呆れの溜息を漏らした。
これもたまにローズたちの元に舞い込んでくる街の何でも屋案件である。そのためフレアも言い出すのを躊躇っていた。
「それにしても彼らしくないわね」それについてはフレアも同意見だ。
「そんな面倒の解決なら彼らの得意分野じゃないの。あの人ならあらゆる手段を使って解決し、その謝礼を取る。それが彼らの仕事の一つでしょ。それをあなたを頼るなんて、何が原因かしら」
それ以上はフレアも先方から聞いていない。何か彼らの手に負えない存在が背後に控えているのか。
「彼らが二の足を踏むとしたら、警備隊、貴族辺りだろうけど、それで泣きついてくるとは思えないわね」
「そうなんですよね」
そんな軟なことではあの稼業はやってはいけない。見つからなければ何でもありのはずだ。
ローズはエリオットの真意を測るためフレアをスイサイダルパレスに出向かせる旨を伝えておいた。エリオットは自分から要請したにも関わらず緊張した声音で聞き届けた。おそらく、ローズから直接返信が来るとは思ってもみなかったのだろう。
「エリオットさんに限りそのようなことはないと思うんだけど、もし軽い考えでフレアに連絡を入れたのなら少し説教が必要でしょうね」
これが今回の要請に対してのローズの見解だ。説教となるかどうかはエリオットがローズの関心を引けるかどうかに掛かっている。軽い考えであるか否かの判断はすべてローズの一存に掛かっている。それに対して反論が受け入れられることはない。
翌日の夜にはフレアはスイサイダルパレスに出向くこととなった。日を置かずしてフレアの来訪となり店内は緊張感に包まれることとなった。フレアは入り口で門番に来訪を告げ、いつものように騒がしい一階を抜け階段を上り二階へと向かった。目指すのは奥の応接室だ。
応接室では既にエリオットとフェリスが座って待機していた。部屋に置かれた革の長椅子に並んで座る姿は仕事や学業の面接にやってきた親子を思わせる。フェリスの服装は前回に目にした身に合わない作業服ではなく良家の子女を思わせる落ち着いた蒼のドレスである。なるほど、この装いでこの辺りをうろついていたなら悪い虫が寄りついてきても無理はないだろう。
「こんばんは、ご足労ありがとうございます」
扉を開け姿を現したフレアにエリオットは素早く椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。
「……こんばんは」
一瞬遅れてフェリスが立ち上がり、口ごもりつつもフレアに頭を下げる。
「こんばんは」
互いの挨拶の後フレアはエリオットたちの対面の席に腰を下ろした。
「早速だけと、聞いて欲しい話というのは何かしら」とフレア。
「それは先日の昼にお話しした通りフェリスが家に戻る手伝いをお願いしたいんですが」
ここで普段のエリオットに戻る鋭い目つきでフェリスに視線を送る。
「フェリス、お嬢さんにお話ししてくれ。まずは自己紹介からだ。それから何を手伝ってほしいのか、じっくりとお前の口から話してくれ。このお人に話を聞いてもらえない限りは姐さんにお前の願いは届きようもない」
エリオットの低く落ち着いた口調にフェリスは何度か真剣な面持ちで頷いた。
「はい、頑張ります」
「おぅ、やってみろ」
「こんばんは、ランドールさん」フェリスは座ったまま軽く頭を下げた。
「わたしはフェリス・デンドロビュームといいます。幼い頃は別の名前だったのですが、そちらは記憶にありません。育ての親のマーク・デンドロビュームさんに引き取ってもらってこの名前を名乗るようになりました。五歳の時に養女としてデンドロビューム家に入って以来幸せに暮らしてきました。変化があったのは半年前の事です。半年前にお父さんは病のために亡くなりました。お父さんは死を予見していたのでしょう。亡くなって間もなく遺品の中から遺言書が見つかり、そこにはわたしに当主の座を譲ると書かれていたのです」
「それはすごいじゃないですか」フレアは思わず口に出してしまったが、フェリスの顔は曇ったままだ。
その遺産が元でデンドロビューム家に居づらくなってしまったのか。遺言書が元でもめ事が発生したのか。それはよくあることだ。ローズがお家騒動と呼ぶ類の諍いで時に暴力沙汰に陥り、命のやり取りにまで発展することがある。それで彼女は家から出てきたのか。確かに少女には手に負えない荒事ではあるが、その程度ならエリオット達で対処は可能だろう。彼なら遺産のいくらかを取り分に喜んで引き受けるだろう。こちらに泣きつく必要などどこにもない。
「……でもそれには条件がありました」とフェリス。
「どんなです」
「ある種の試練といいますか。遺言書にはブーヒュースにある別邸に移り、そこで自らの優れた力を示してみよ。それをやり遂げることができたなら当主の座はお前のものなるだろうと書かれていたのです」
「謎解きのようなものですか?」
「わたしもそう思ってついてきてくれた使用人と共に別邸内をくまなく探したのですが、何も見つけることができませんでした。そうしているうちに屋敷でおかしな出来事が起こり始めました。何かおかしなものが出て暴れまわるようになりました。それは昼夜を問わず、場所も構わず現れ物音を立て、周囲にある物を投げ散らかすなどするのです。厨房に現れた時は鍋や刃物が飛び交い、料理人はマリーは逃げまどって転び、危うく大怪我を負うところでした」
フレアがエリオットに目をやると彼は無言で頷いた。彼が連絡を入れてきたのはこれが原因のようだ。




