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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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懐かしい香り 第1話

今回はローズたちのお話です。スイサイダル・パレスの用心棒ライデンは家出娘を拾います。彼女は資産家の養女であり、次期当主の候補のようです。当主となるにはある試練を克服せねばなりません。それにローズも手伝うことになります。

 帝都の東部地域は古くから一般人が近づくべき場所ではないとされてきた。ここ数十年間でその雰囲気は幾分か軽減され、刺激的な歓楽街の要素が強く打ち出されるようになってきた。しかし、まだ危険な匂いは比喩的にも物理的にも色濃く漂っている。それを体感するために足を踏み入れるのは本人の自由ではあるが、その際は十分な注意が必要だ。

 フレアが帝都に訪れ、ローズと出会った頃には既に新市街は十分な発展を遂げてはいたが、浜と呼ばれていた東端部はまだローズの狩場とあって、警備隊も踏み入ることをためらうような治安の悪さと言い知れない妖しさを漂わせる地域だった。

 今でもそれは広い街路を外れると当時と変わらない。しかし、その雰囲気も陽光の力により解けてしまうのか、それとも抑えこまれてしまうのか、朝の雰囲気の元では街全体が穏やかで眠たげに見える。夜に備えて身体を横たえまどろむ肉食の獣といった風情か。

 例外的な存在はフレアの来訪を知っている者達だろう。集金などの定例訪問の際にはそこに居合わす全員にフレアの来訪が通達されているのだろう。そのためフレアと関わることのない雑用係までが緊張し、掃除などの途中で偶然フレアと目を合わせることになると、奇妙にこわばった笑顔を返してくる。一体どんな通達を出しているのか、彼女としてはそちらの方が気になってくる。

 東部地域の顔役の一人であるジョニー・エリオットの拠点であるスイサイダルパレスの門番ともなると手慣れたもので、心の動静はうちに押し込め平然と仕事をこなす。彼らが明らかな緊張を表に出したことはフレアがローズの代理で出向くようになって両手で数えるほどもない。

「こんにちは」

 フレアはスイサイダルパレスの入り口前に立つ彼らに来訪を告げる。開店前で掃除や換気のため入り口扉は開け放たれている。そこから床の清掃などの開店準備の様子が見て取れる。そのままフレアが店内に入ったところで門番たちは抵抗をすることはないだろうが、彼女は彼らがエリオットへの報告を済ませるまで待つことにしている。彼らが「お入りください」といい、その場を譲った後に初めて店内へと進入する。

 開店時は扉から入ってすぐの位置で案内を待つが、準備中の場合はエリオットの所在だけを聞き一人でそこへ向かうことにしてる。店内の構造は関係者立ち入り禁止の地下区画に至るまですべて頭に入っている。集金の際は通常入り口から一階の大広間を抜けて二階への階段へと向かう。

 大広間では並べられたテーブルや客席が片づけられ開店前の掃除の真っ最中だ。夕方までに床を磨き上げ客席を並べなおす。夜はひどく汚れることもあり、フレアが立ち寄った際にあまり好ましくない匂いが漂っていることもある。今漂うのは洗剤の刺激臭だ。それらもやがて洗われ、開店前には無難な香料が振り撒かれることだろう。

 彼らもスイサイダルパレスの従業員だが担当は日中だ。夜の営業中に荒れた店内を整え開店前には帰っていく。彼らにもフレアの来訪は告げられている。

「今日はお嬢さんがやってくる。粗相がないように」要約すればエリオットの通達といってもこんなところだろう。

 ローズの代理人であり「塔のメイド」と呼ばれている少女のことは帝都に住んでいれば多くの者が知っている。だから、エリオットとしては多くを口にするまでもないと思っているのだろう。

 彼らとしては、入り口前に陣取るあのいかつい門番達が恭しく頭を下げて通すお仕着せの少女がただ者であるはずがない。少女が何者であろうと彼らが頭を下げるのなら自分たちも下げておくのが無難だろう。おそらくその程度の認識だとフレアは考えている。

 傍を通るフレアに掃除を進めつつ頭を下げる従業員たちにフレアも笑みを浮かべ軽く頭を下げながら通り過ぎていく。これがいつもの対応なのだが、彼らの中で掃除の手を止めフレアを凝視する者がいた。肩より少し赤い髪を首の後ろで纏めている。大きめの男物の作業着を身に着けているが、女であることは間違いない。背丈はフレアと同程度、見た目も同世代に見える。この店では女性の従業員は珍しくもない。給仕に踊り子なら何人も目にしている。しかし、これまで作業着姿の若い女は目にしたことはなかった。彼女はなぜこのような場所で働いているのか。そんな疑問が湧きだし、フレアも広間を離れ階段室へ入るまで彼女から目を離すことができなかった。

 まぁ、人の生き方はいくらでもある。フレアはそう自分を納得させエリオットが待つ部屋へと向かった。


「一階で見た目がわたしと変わらないような女の子が働いていたけど、誰かの妹か娘さんなの?」

 いつもの売上金集計の立ち合いが終わってからフレアはエリオットに気になっていた疑問を投げかけた。この店に職を求めてやってくる男女は多くいるだろう。男はともかくとして若い女が男物の作業着を着て掃除をするとは思えない。エリオットがあの見た目の少女を掃除に回すのも解せない。他に使い道がありそうだ。それにあの態度も気になる。

「フェリスのことですね。赤毛の小娘で男向きの服で掃除を手伝っている」

 エリオットはそう答えると傍にいるライデンに目くばせをした。ライデンは無言で軽く頷いた。フェリスは彼と関係があるようだ。

「一週間程前の事です。ライデンがここへ出てくる途中にですが、そのフェリスが路地裏でつまらねえ連中に絡まれているところに出くわして、それを助けたのはいいんですが、彼女ときたらわたしは行くところがない、何でもするから仕事を世話してくれと食いつかれて、そのまままた放り出すわけにもいかず……」

「あぁ、家出娘なのね」とフレア。「素性はわからないの?」

「何があって家を飛び出してきたのかはわかりませんが、ここに来た時の服装から見て、まぁ裕福な家庭にいたのは確かでしょうね」

「何も話さないの?」

「フェリスという名前以外はだんまりです。後はなんでもするから置いてくれの一点張りです。それならと男に混ぜて掃除をやらせてみましたが、音を上げることもなく。仕切り役のトマスからよく頑張ってるの評価が出る始末です」

「まぁ」フレアは思わず噴き出した。「で、これからどうするつもり」

「いつまでも置いとけないんで、知り合いの旦那に家出人の届けがないか当たってもらっているところです。それからどうするか考える算段です」

「あら、彼女もいい人に拾われたわね」

「いい人だとよ」エリオットはライデンに目を向けた。

「歳は違っても娘がいる身としちゃ放っておけなかったもんで、はい」

 ライデンは毛のない後頭部を右手で擦りながら軽く頭を下げた。

 

 ここで話が終わっていれば、これはちょっといい話で留まっていたのだろう。

 だが、この件にフレアが絡んだことのフェリスが持つ行動力と我の強さがそうはさせなかった。

 二日後の昼下がり、塔にいたフレアの元へエリオットから通話が入ってきた。

「こんにちは、お世話になってます。こちらジョニー・エリオットです」

 強面の顔役に似合わぬどこかひそめた小声が通話機から流れ出てきた。

「えぇ、何の御用かしら」

 口調からして折り入っての相談に違いないだろうが、フレアが予想できる範囲なら彼らが自前で解決するだろう。その手段に関しては彼女の知るところではない。

「今、お時間はありますか」

「えぇ、問題ないわ」

 エリオットの口調に釣られてフレアも声音を落とす。えらく慎重で、どこかで聞き耳を立てている者がいるかのようだ。スイサイダルパレスでエリオット相手に、そこまで考えさせるとは一体何者なのか。

「フェリスの件で聞いてやって欲しい話があるんです」

「フェリスってあの、掃除係の女の子……」やはり、あの家出少女のことだ。

「そうです、あいつが是非とも聞いて欲しいことがあると言い出したもんで……」

「あぁ……」

 家出娘相手にそこまでするとは人がよすぎるのか、それとも弱みでも握られているのか。どうにもおかしな流れになってきた。 


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