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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第15話

 シクラが率いる警備隊の動きには少しまどろっこしさを感じたが、ロードスと相対するには彼らが持つ権威が必要だ。ノードの住民たちとの面識が薄いホワイトとしては後ろ盾がぜひとも欲しい。彼らはもってこいの存在となる。加えて白い法衣を纏うウィーチャーズがいればその力も相まって百人力だ。

 シクラとウィーチャーズの入店に合わせて、ホワイトたちも戸口をくぐり中へと入る。壁際に人だかりができ、その中心にロードスが座っている。正確にはロードスだった存在だ。力を持つ者が彼の意識を探ればその正体は一目瞭然となる。ロードスの意識はまだ感じられるが、魔人が本性を現せばその意識も消し飛んでしまうことだろう。

 シクラを筆頭とした警備隊とウィーチャーズの出現に客たちの視線が向けられる。

険しい表情で黙り込んでいるシクラの態度からロードスの帰還を好意的に受け止めてはいないことも一目瞭然のようだ。では、彼らは何のためにここまでやってきたのか。何が起こるのか。漠然とした思いが湧き上がる。

「お前はロードスなどではない。それを装っているだけの存在だ」

 ホワイトはシクラがロードスへの声の掛け方に迷っている隙をついて前に出て、ロードスに向かい指を突きつけた。ホワイトの言葉に居合わせた男たちからどよめきが上がる。

 シクラはホワイトの勢いに息を飲むが、戸惑いが強く言葉を出すことができない。彼にとってロードスは親しい住民の一人である。詰所で変わり果てたコキアの姿を目にしても、それがロードスの姿をとっていれば言葉選びにも戸惑ってしまう。

 居合わせた客たちは何を言っているのかと、ホワイトとロードスの間で視線を往復させる。ロードスは感情を見せず言葉を発することのない。

「その身体の中にロードスはまだかろうじて残っている。魔人はそれを使ってロードスを装っているのだ。お前たちがロードスから感じる違和感はそれゆえのことだ」

 居合わせた者たちに動揺が走る。誰も少なからず本来のロードスとの違いは感じていた。それを様々な理由をつけ自分を納得させていた。加えてよそ者の女のいうことなど信用できないし、信じたくもない。

「わたしの言葉を信用したくないのは無理もない。だが、もうお前たちが知るロードスはこの場にはもうおらん」 

 派手女に反論したいのはやまやまだがホワイトの勢いに圧倒され、男たちはそれを口にすることができない。ホワイトの後ろで黙り込んでいるシクラと帝都の術師ウィーチャーズへ助けを求めるように男たちの視線が向かう。

「このロードスがお前たちに話したコキアの変異はロードス自身に起きた変異だ。ロードスは先の捜索で魔人と化したケンジュと遭遇した。そして、それを撃ち倒したまではよかったのだが、倒れたケンジュから離れた精霊に捕らわれる結果になってしまった。すぐに逃げるようにと告げたのはコキアではなく、ロードスだ。それが彼が人としてとった最後の行動だ」

「シクラ、ウィーチャーズ」ホワイトは二人に声を掛け、少し横へと退いた。

「お前たちが詰所で目にしたものについてこの者たちに話してやってはくれまいか」

「……この人のいうことに間違いはない」シクラが重い口を開いた。

「コキアはどうなったんだ?」

 シクラの表情から返答の予想は半ばついているようだが、聞かずにはいられない。まだ望みがあるならそれにすがりたい。

「……」

「残念なことだが……」嫌な役回りは引き受けよう。これがリズィア・ボーデンだった頃からの彼女の立ち回りだ。

「コキアはすでに亡くなっている。魔人と化したロードスから逃げきれなかったようだ。遺体と遺品は我らが発見し回収した後、警備隊に手渡しておいた。近いうちに正当な癒しを受け、弔われる事となるだろう」

「あぁ……」男たちから悲観が溢れだす。

 ホワイトの言葉に二人の猟師の最後を思い浮かべる者もいる。

「さて、皆の理解は得られたようなので、改めて問おう。お前は何者だ」ホワイトはロードスの姿を取る者を見据えた。

 男たちの視線がテーブルに添えられた椅子に座るロードスの姿をした存在に注がれる。彼らはそれをもうロードスとは見ていない。

 かつてロードスだったものは軽く体を震わせ始めた。

「皆の者!危険だ。そいつから離れろ!」

 ホワイトの叫びに男たちは跳ね飛び、素早く警備隊の後ろへと退いていった。だが、事の成り行きは見届けたいようだ。店外へ走り出す者はいない。遠巻きに輪を描き店内に留まっている。

「来るぞ」

 警備隊とウィーチャーズに注意を促す。

 それは人離れした獣を思わせる重厚な咆哮を上げた。そして、瞬時に体を倍に膨らませ、身体を茶色の剛毛が覆いつくし伝説の魔人へと変異した。男たちはその迫力にさらに後方へ退いた。腰を抜かし、手で背後へ下がる者もいる。それでもシクラと警備隊、ウィーチャーズはまだその場に留まっている。大したものだ。ホワイトは身体の巨大化に耐えきれず弾け飛んだ衣服を目にして、ケンジュが裸で倒れていた意味を理解した。

 正体を現した塚の魔人はテーブルを横に跳ね飛ばし、転げている椅子を掴み上げホワイトに向かい投げつけた。ホワイトは片手を前にかざし、構築した防壁でそれを受け止めた。椅子はホワイトの前で力を失い床に落ち転がった。

 精霊が魔法に戸惑っている様を目にしてホワイトは口角を上げた。

「アイリーン!奴を取り押さえろ。だが、殺してはならんぞ。乗り物を替えられてはは犠牲者が増えるだけだ」

 ロードスには悪いが今は彼の身体を檻として精霊を封じておく他手立てはない。

「はい、お母さま」

 真っ赤な踊り子めいた衣装をはためかせアイリーンがホワイトの脇から飛び出していく。男たちはその動きに目を奪われた。さっきまでとらわれていたはずの魔人への恐怖はそっちのけとなり、今はアイリーンの肢体に釘付けとなっている。彼女の姿の元となった踊り子もその容姿と動きで男たちを魅了していた。

 魔人にはそんな思いは全くないようだ。前面へと飛び出したアイリーンにためらいなく鋭い鈎爪を振り下ろす。獣はアイリーンに向かい執拗に鈎爪を振り回すが、彼女はそれを舞でも踊るかのように巧みにすり抜けかわしていく。目の前では死闘が演じられているが、それを目にしている男たちに両者の動きは優れた舞と映り、それに興奮さえ覚えている。それは警備隊も同じことで冷静なのはアイリーンの正体を知るウィーチャーズぐらいだ。

 アイリーンは少しの間ではあるが、男たちを楽しませた後、魔人を仕留めにかかった。右腕を掴み取り背中に向かい捩じり上げる。左腕も同様に背中で拘束し、伸ばした指で縛り上げる。獣は苦痛に甲高い咆哮を上げた。

「シクラ、ウィーチャーズ、捕縛の用意を!」

 ホワイトの声に警備隊は我に返り、捕縛のために用意した取り縄や鎖、他の拘束具を手に前進する。それを目にした魔人は渾身の力を込め、右手の拘束を強引に振りほどいた。普段のアイリーンならそのような事態には陥ることはないが、今回は手加減を加えている事が災いした。右手の自由を得た魔人は素早く鈎爪を自分の首筋へ深く食い込ませた。ロードスの身体を捨て乗り物を替え逃げ出すつもりだ。

「止めろ!」

 獣は力任せに首筋に食い込ませた鈎爪を搔き下ろす。首筋から血が溢れだしロードスの半身を赤く染め上げる。

「くっ、ウィーチャーズ!皆に防壁を」

「承知!」

 ウィーチャーズは大仰に両手を振り、店内の男たち全員を白色光で包み込む。

これでひとまずは安心だろう。

「奴は次の身体を狙っている。油断するな」

 アイリーンがロードスの身体の拘束を解き、彼はゆっくりとうつ伏せに倒れこんだ。 ロードスの体が命を失えば、精霊は即、別の体を捕らえるために動き出すだろう。

 変異が解け始めて獣の姿が縮み、剛毛が消え始めロードスに戻っていく。もう精霊はロードスの身体を離れている。精霊はどこに行ったのか。精霊が自身で動ける範囲は狭く限られているはずだ。ホワイトは周辺の意識を走査した。

 この店にいる者たちは厨房に至るまでウィーチャーズの力によって守られている。では、どこにいるのか。移動可能距離が予想外に広いのならすでに取り逃がしている恐れがある。アイリーンもまだ精霊の気配を捕らえてはいない。

 どこにいるのか。

 ここでわたしが慌ててどうなるのか、精霊は身体が必要だ。改めてホワイトは店内の気配を走査した。使える身体なら何でもよい。贅沢は言ってられないはずだ。人の身体にこだわる必要はない。素早い移動に適していれば何でもよいはずだ。

「見つけた」ホワイトは天井に向け拳を突き上げた。

 ホワイトの言葉と同時に天井に穴が開き、砕けた木っ端が床に降り注いだ。天井には屋根まで貫通する大穴ができ青い空が見える。木っ端とともに落ちてきた塊の一つが動き出し、店の出入り口に向けて走り出した。

「そいつを捕らえろ!」

 ホワイトが指さしたのは茶色の毛を纏ったネズミだった。魔人の精霊の影響だろう。よく見かける個体より遥かに巨大な体躯をしている。ネズミは警備隊や客の男たちの足元を駆け抜け出入口を目指す。アイリーンは指を細く伸ばしその後を追いかけた。アイリーンの指は戸口の手前で追いつき、その体に巻き付き捕らえ手元へ引き寄せた。ネズミは脱出のためアイリーンの指に激しく噛みつく。

「ネズミをこれに」

 ホワイトは傍のテーブルの上に置いてあった酒壺を取り上げた。幸い中身はほぼ飲み尽くされている。

「はい」

 アイリーンはホワイトが手にした壺に指で捕らえたネズミを突き入れた。すかさずホワイトが壺に蓋をする。

 精霊が憑いたネズミは酒壺の中で盛んに暴れているがネズミの力で壺の破壊は叶わない。

「ウィーチャーズ、封印を頼む」

「心得た」

 ホワイトが蓋を押さえ抱える壺にウィーチャーズが短い詠唱と共に手をかざすと壺に魔法文様が現れ、僅かに輝きを帯びた後にそれが壺の表面に刻み込まれた。

「これでよい。お前はこの地に二度と戻って来れぬように天駆ける星の一つにしてくれるわ」

 ホワイトは壺に声を掛けると酒壺は金色の輝きに包まれ屋根の穴から上空へと飛び出していった。壺は猛烈な速度で上昇し、やがて目で追えぬほど小さくなって姿を消した。金色の光点が消えても警備隊と客たちはその様子をしばらく眺めていた。

「…あいつはどこに行ったんだ」男の一人が呟いた。

「天空の果てだ。あれはこの地からただ遠ざかるのみで帰ってくることは叶わぬ」とホワイト。

「…本当かい?」

「もう安心だ。誰も何者も魔人に変異する恐れはない」

 ホワイトの言葉だけではまだ不安は解消できないようだ。そこでウィーチャーズに目配せをした。やはりこれにも権威による保証が必要だ。

「それはわたしからも保証をしよう」ウィーチャーズ、「ホワイト殿は見事に塚の魔人をこの地から追放した。金輪際戻ってくることはないだろう。またも我らはあの楽園の護人に救われたのだ」

 ウィーチャーズの言葉に男たちから歓声が上がった。これは彼らの真の心の現れだ。長く続いた呪縛からようやく解き放たれたわけだ。

「ロードスは気の毒なことになったがわたしから十分な癒やしを与えるゆえ、後はこちらで丁重に弔ってやってほしい」

「ありがとうございます……」

 シクラをはじめとする居合わせた男たちは静かに頭を下げた。


 翌日帝都より正教会特別部の一団がノードに訪れた。その前にウィーチャーズは緊急の依頼を理由に村から姿を消し、対応はシクラに委ねられることとなった。

 事の解決にあたった帝都の術者としてホワイトは特別部から聴取を受けることとなったが差し障りなく切り抜けることができた。


 一連の騒ぎが落ち着いた後はホワイトたちが訪れる都度、住民たちからの質問攻めが待っていた。派手女としての位置づけは変わらないようだが、好感は持たれてはいるようだ。これも彼らに受け入れられた証拠だと思うようにしているが、面倒な気もする。特に彼らが気になるのはアイリーンのようだ。あの容姿だ、無理もない。

 伸びる指や移動速度などの人離れした身体的な能力については魔法によるものだと説明をしておいた。嘘ではないのだからそれでいいだろう。彼らもそれで納得をしていた。魔法、実に便利な言葉だ。

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