第14話
先のイタチが言っていた通り何匹もの獣が奇妙な新参者を目にしていた。そいつが現れたのはつい最近の事である。そして狙うのは鹿など大型の草食獣だ。人も狙うことがある。
幸運なことにアイリーンは銃撃の際、傍に居合わせた猪に会うことができた。
「彼が地面を掘り返して食事を取っている時にその新参者の獣と人が鉢合わせとなったそうです。それは人の武器で倒されはしたが、入れ替わった」
「入れ替わった。どういう意味だ」とホワイト。
「文字通りのようです。別の人が獣になったようです」
「あぁ、精霊が乗り物を変えたと理解してよいのか?」
「おそらく」
「それはどこに行ったかわからないか」
「一人は森の奥へ逃げ去り……」アイリーンが木立の先を指差す。「少し間をおいて魔人と化した一人が後を追いかけたようです」
「銃声とケンジュの呪いが解け切れていなかったことを考えると、我らが駆けつけたのはそのすぐ後の事だな」
あの時の状況から考えて魔人と化したのはロードスとコキアのうちのどちらかだろう。逃げ出したのはそれを免れた一人となる。
「はい」
ホワイトは鼻を使い地面を掘り返す大柄の猪を見下ろした。
「銃撃を伴う騒ぎの中よくそれを見届けておいてくれた。お前が健やかに過ごすことを祈っているぞ」
猪が軽く鼻を鳴らした。
「どちらが逃げたとしてもそちらが生き延びることができたとは思えん、さほど距離を隔てることなく倒れて、転がっておるかもしれぬ、少し探してみようか」
少し北に移動すると、近くで人の匂いがするとの証言を得ることができた。
「人はいませんが、匂いがする。何か残されているのでしょう」とアイリーン。
「誰かの持ち物か」それとも遺体か。
「仕掛け罠かもしれません」
「それも考えられるな。案内してくれ」
「こちらです」
アイリーンは右手を指さして歩き出した。先に見えた巨木の向こう側に回り込むとその幹に不自然な枯れ葉の小山が発見された。付近の枯れ葉をかき集め山積みにしただけに見える。
「あれか。ならば実に雑な仕事だ」
二人で枯れ葉の山に近づき、その周囲を慎重に崩していく。罠が仕込まれていては面倒だ。少し枯れ葉を払いのけると黒光りする鉄の棒が現れた。周りの葉を払いのけるとそれは猟銃の銃身であることがわかった。アイリーンが慎重に枯れ葉の山の中から猟銃を取り上げる。
「銃床にかすれていますが、文字が刻まれています。コキア・ラング」
ホワイトはアイリーンから差し出された銃を受け取る。
「コキアの銃か。彼が隠したのか、そんな暇はなかったはずだ。そもそも武器を手放してどうするつもりだ」
これを隠したとすれば心当たりは一人しかいない。
「お母さま」とアイリーン。「これは背嚢ではありませんか」
崩れた枯れ葉の山から肩掛けが覗いている。アイリーンが肩掛け掴み上に引き上げる。舞い散る枯れ葉の中から使い込まれた革の背嚢が出てきた。中に何が入っているのか、箱型に近い背嚢の形が丸く膨らみ腐敗臭が感じられる。
「これが人の匂いの元か……何が入っている」とホワイト。問わずとも大体の予想はつく。
アイリーンは背嚢の口を開き上下を逆さにして振った。大きく開いた背嚢上部の取り出し口から大きな塊が転げ落ち、その後に雑多な小物が地面に落ち跳ねて転がる。
「これで獣の正体は知れたな」とホワイト。
「はい」
背嚢から出てきた出てきた最も大きな塊はコキアの頭だった。これで誰が彼を殺害し、その頭部を背嚢に詰め込んだかは容易に推測できた。
ホワイトとアイリーンが森を出て村に入ると住民の中でロードスの帰還の報が漂っていた。そのロードスはコキアが自分の目の前で新たな魔物となってしまったと話しているらしい。
「どういうことだ……」
ホワイトは通りで立ち止まり、行き交う住人たちの意識を改めて走査してみた。まだ、この話を知らぬ者も多いようだが、この知らせは戻ってきたロードス自身から語られているため、悪意の第三者が介在する余地はない。
「ロードスが無事なのはよいとしても、コキアはここにいる。魔物になろうはずもない」
ホワイトはアイリーンが背負う背嚢に目をやった。アイリーンなら人の首など平気で下げて歩けるが、住人たちには刺激が強すぎるため背嚢に戻しておいた。両手を空けることができるためなおよい。
「そいつが何者か確かめる必要があります」
「まぁ、待て。我らがその首を下げて出向いても無用な騒ぎをひき起こすことになりかねん」
「ではどこへ」
アイリーンは声を出すと同時に問いの答えを察したようだ。警備隊詰所の方角へ顔を向ける。
「そう、シクラだ。ウィーチャーズもいればなお心強い」
警備隊詰所へ二人に入り、シクラの執務室へと向かう。その扉の前でライタと呼ばれていた青年と出くわした。彼はこれからシクラと共にツクミの店へ出向く予定らしい。彼は一目で捜索に同行していた派手女二人組と認識した。素性を知らぬものからすればそれも無理はない。
「シクラ殿はこの中だな」
「はい」
ライタは扉へと進むホワイトの勢いをそぐために前に立ちふさがるが、抗しきれず後ずさる。
「あの……今は取り込み中でして」これが精一杯だ。
「わかっておる。ロードスの件だろう。我らもその件でやってきた」
幸運な事にウィーチャーズも一緒にいるようだ。
「こちらも急用なのだ。彼に話さなければならぬことがある」とホワイト。
ライタを力ずくで押しのけ、シクラの執務室の扉を開ける。
二人とも外で騒ぐライタの声を聞きつけていたようだ。出かける準備をしていた手を止めて、室内でホワイトたちを待ち構えていた。
「なんだね、乱暴に」シクラは断りもなく自室に入ってきたホワイトを睨みつける。
「ホワイト、殿、何のようだね」とウィーチャーズ。
こちらはシクラよりいくらか冷静だ。アイリーンが担ぐ背嚢と手にした猟銃も目に入っている。
「ロードスが戻ってきたようだな」
「そうだ」
「さらにコキアが獣に変異したとも聞いたが……」
「どこでそれを……」
「ここへ向かう道中でだ。その話はもう多くの者が知っている」
ホワイトの言葉にシクラは顔をしかめた。
「だが、コキアはもう生きてはおらぬ、故に彼が魔人になるなどありえん」
「コキアが死んでいる……?」
「そうだ。これを心して見るがよい」
ホワイトがアイリーンに目くばせすると彼女はシクラの執務机まで歩み出た。
「まずは彼の猟銃だ。銃床に入っている名を確認するとよい」
アイリーンは手にしていた銃を静かにシクラの執務机の上に置いた。銃を落ち着いた手付きで回転させ、銃床が目につくようにして前に出し指で示す。シクラはそこに書かれている所有者の名を声に出さず読み上げ軽くうなずいた。
「それとこれは彼の背嚢だろう」
アイリーンが担いでいた背嚢を背中から下ろし机の上に置き手で示した。少なくともシクラとライタには見覚えのある品のようだ。
「そして、中に入っているのは……」
漂う腐敗臭に皆が胸騒ぎを覚えている。先の展開の予想は半ばついているようだ。だが、それが外れる事も祈っている。ホワイトが事を煽るだけの派手女である事を期待して。
アイリーンは背嚢を机から取り上げ逆さにして揺さぶった。背嚢から転がり出てきた中身をアイリーンは表情を変えず手で動きを止める。机の中央で虚ろな目つきで天井を見つめるコキアの頭を目にしてライタは短い悲鳴を上げ、シクラは眉をひそめた。
「ことは急を要する。わかるな」とホワイト。
「あぁ……」
ツクミの店に現れたロードス、彼が語る姿を消していた間の出来事、コキアの変異、そして目の前にあるコキアの首、交錯する情報で混乱をきたしたシクラにはこの返答が精いっぱいのようだ。できる男のようだが、これらの情報を一気に詰め込まれては混乱も無理はない。
「早急にツクミの店に現れたロードスの正体を確かめる必要がある」ホワイトはシクラへと眼差しをむけた。
「彼の言葉の真偽も判定せねばならん。わかるな」
「そうだな」混乱しながらも頷く。
「そこには我らも同行させてもらう」




