第11話
銃声を耳にした捜索隊の者たちがホワイトの元に集まってきた。彼らの多くが集まったのを見計らって、ウィーチャーズから頭だけとなった男が紹介された。
捜索に参加した男たちは捜索に入る前にウィーチャーズから魔物についての説明がなされていた。そして、何が見つかるか、見つけるべきかは誰もがわかっているはずだったのだが、実際にそれを目にすることになれば話は別だ。捜索隊の面々は食い荒らされた生首を目にしてようやく自分たちが何を相手にしているのかを認識したようだ。そして多くの男が青ざめ、胃の中身を周囲の木々の根元に吐き出す者も出てきた。
ここにいる男たちは普段狩りなどに従事する者も多く、捜索となれば毎度駆り出されることになるため、時には酷い損傷を受けた遺体も目にすることがある。だが、この塚の魔物の所業を目の当たりにしては胃のざわつきは抑えられないようだ。
「シクラ殿、この顔に見覚えは……」ウィーチャーズは問いかけた。
「ない……少なくとも、住人ではないはずだ」
他の男たちも同様に首を横に振るが、草地に転がるそれとまともに目を合わせる者は少ない。彼らの村の住人の中で最近行方をくらました者はおらず、それならばよそ者に違いないというのが彼らの判断らしい。
「よそ者か……」とホワイト。「なるほど」
集まった男たちを眺めるが何かがおかしい。
「これで全員か?」
その問いかけに男たちは傍にいる仲間たちを見回すがすぐには判断はつかないようだ。
「改めて問うが、この中ににさっき何者向けて銃を撃った者はおるか?」
ホワイトは目前に並ぶ男たちに問いかけた。
「あっ……」
男たちは突然の問いかけに戸惑っているが該当者はいない。誰もが首を左右に振る。誰もが銃声を耳にして駆けきたにすぎない。発砲していないからこそ駆けつけてきたのだ。
「シクラ殿、ここに捜索隊の全員は揃っているか点呼してくれないか」とウィーチャーズ。
「えっ、あぁ……わかった」
シクラは速やかに言葉の意味を理解した。ここにいない者がさっきの銃声の主、もしくは何らかの関わりがある可能性がある。ならば、その者はそれを知らせに来ないのか。どこへ行ってしまったのか。
「セシル、隊員の人数を確認してくれ」とシクラ。傍の男に手振りを混じえた指示を出す。
「はい!」短い顎髭の男が応じた。
「他は周囲を確認して欠員がいないか確かめてくれ。誰か姿が見えない者がいないか確かめてくれ」
シクラの呼びかけに男たちは慌てて辺りを見回し欠けた顔がないかと確認を始めた。最初は意味もなく首を振るだけだったが、ほどなく頭もそれを理解し、冷静に居合わせた顔から欠員の判断を始めた。そこからほどなくして答えが導き出された。
「ロードスがいない」これはアイアンウインドの声だ。「どこにいるんだ」
その声に男たちは辺りを見回し、ロードスの姿を探す。声をあげ呼びかけるが返事はない。
「コキアもいない……」コルトが声をあげた。
「あぁ、あの二人は一緒だったはずだ」
「そういえば、途中から姿を見てない」
金髪の男がばつが悪そうに呟く。その男に他の者たちの視線が集中する。溢れる不安と渦巻く恐怖が出口を求めて逆巻いているのが感じられる。
「皆さん、落ち着いてください」
ウィッチャーズは両手を二度打ち男たちの注意を引いた。混乱手前の男たちの気を引くことに成功した彼はさらに言葉を続ける。
「あの発砲音が彼らによるものなら彼らはこの付近にいるでしょう。まだ、さほど離れた場所にはいないはずです」
正教会の対応で場慣れもあるのだろうが、さっきの手打ちにも思考を一時中断させる術式が仕込まれているようだ。
「彼らの行方を探すことにしましょう。何か面倒に巻き込まれているのかもしれません」
「彼のいう通りだ。隊列を組みなおし捜索を再開する」
違和感なく思考を再起動された男たちは素直にウィーチャーズの言葉に従いロードスたちの捜索の準備を始めた。
「よい術式だな。後で教えてくれ」ホワイトはウィーチャーズに思考を送り込んでおいた。
ウィーチャーズはばれたかと無言で一瞬口角をあげた。術式は特別部秘伝のようだ。
まもなく、捜索隊は改めて互いに安全な距離を保ち行動を開始した。
みなぎる緊張の中、さほど間を置かずに発見されたのは損傷が激しい頭部が三人分、その一つはほぼ肉が食いつくされた骨となって顎と頭骨が離れてしまっていた。これらに関してはウィーチャーズの術が効いていたのか、感覚が麻痺をしたためか皆冷静さを保ち行動していた。
そんな彼らに再度動揺を与えたのはロードスが使用していたと思われる猟銃とその近くの倒れていた男の遺体だった。裸で下草の上で仰向けに倒れている若い男の胸には拳が幾つも入るほどの大穴が開き、血まみれとなった下草が穴の向こう側から覗いている。その周囲の木々には赤黒い肉片が飛び散り、血まみれだ。猛獣向けの弾丸を近距離から浴びたためだと思われる。
シクラ達捜索隊が動揺したのはその惨状より、倒れている男にあるようだ。彼らは男が何者か知っていた。当然ロードスとも面識があることは間違いない。ロードスは裸で丸腰の男をなぜ撃ち殺したのか、それが彼らを戸惑わせているようだ。
「お前たち、この男を知っているな」ホワイトの問いに男たちの脳裏に一つの名が湧き上がってくる。
「ケンジュだ。ケンジュ・フルィチ」男の遺体を見つめながらシクラが答えた。
何人かが頷き、同様の呟きを漏らす。
この状況でも誰もがケンジュ側に非があるのではないかと感じている。誰であろうとロードスが丸腰の男に発砲などするわけもない。
「こいつは子供の頃から悪さが絶えず、盗みや暴行を繰り返していた」シクラがため息まじりに呟いた。「ついには数年前に村を出て行った、それ以来行方知れずだったが……」
ここにいる男たちの中でもケンジュの被害者は含まれ、それが心象を悪くしているようだ。村一番の悪ガキが再び顔を見せたかと思えば裸で森に倒れていた。彼らのもう一つの戸惑いはケンジュの全身を薄く覆う茶色い体毛だ。
「そういうことか」ウィーチャーズはその原因に気づいたようだ。
「何です?」とシクラ。
「とりあえず、ここまでのあらましは見えて来ましたよ」
「どのように……」
その推理には十分に納得がいく。ホワイトは口を出さず解説は彼に任せて置くことにした。その説は刺激に満ちているため法衣の男が説くことが適切だろう。
「彼がどのような立場だったかは別にして、今回の牛泥棒に関しては重要な手引き役だったことは確かでしょう」
この言葉はノードの住民にとっては何の意外性もないようだ。
「その土地勘からこの森をに野営地を選び、目くらましに塚の魔人を使った。その理由はこの地元に伝わる伝説が大きく影響している。この一帯なら近づく者は少ないこともわかっていましたからね」
男たちからの反論はまったく浮かび上がることなく納得しか伝わってこない。ケンジュは悪行に関しての信用は万全のようだ。
「彼らは牛泥棒だけで留めておけばよかったのでしょうが、塚にまで手を出してしまった」
「あぁ……」
ウィーチャーズを囲む男たちからどよめきが起こる。これも意外性ではなく納得だ。
「以前にも話したかもしれませんが、あのような塚を暴く動機の中に金銭的な理由もあるのです。中に高価な宝物が隠されていると考えての犯行ではないでしょうか」
何人かが首を振るが、それは同意と呆れが混ざりあった感情からだ。
「まったく……」シクラは深く溜息をついた。「根も葉もない噂だが根強く残っている。実際に行動に及んだのは今回が初めてだが……」
「だが、どうしてこんなことに」先を催促する声が上がった。
「ロードスがどうして……」
ケンジュの行動は納得いくものだが、相手がケンジュであってもロードスが丸腰の男に向かって発砲するのには誰もが納得がいかない。
「なぜ、ロードスが彼を撃つことになったのか」ウィーチャーズの言葉に皆が息を呑む。「それは彼が人の姿をしていなかったからでしょう」
「人の姿をしていない……どういうことだね」
誰もが塚の魔物の正体を十分に把握をしていないようだ。人と塚の魔物は別物ではない。人が塚の魔物をなす精霊に囚われ魔物へと変異するのだ。すなわち魔物は人でもある。
「あっ、ケンジュがあの魔物だった……からか?」アイアンウィンドがいち早く結論にたどり着いた。
「はい、魔人と化したのはケンジュでそれが起こったのは我々が捜索に入る前のことでしょう。それは残された頭部の傷み具合から判断できます。ケンジュを含むあの野営地にいた牛泥棒達は塚を訪れ財宝を目当てにそこを荒らした。当然金目の物など出てこない。そして出てきた壺を投げ捨て、その中に封じられていた精霊を解き放つ結果となった。精霊が捕らえたのはケンジュで他の者は魔物と化した彼に全員殺害された」
その遺体は頭を除いて食われたに違いない。かなりの大食漢と感じられるが、それは人としての基準であって、アイリーンもそれぐらいは簡単にたいらげる。
「だから、あの時野営地には誰もいなかった」誰かの呟きが聞こえてきた。
「はい」
「……だとすると、俺たちが魔物と出会わなかったのはただの幸運か」
それは間違いない。あの時は互いに十分に距離が隔てられた森の深部にいたのだろう。そのため気配を悟ることもできなかった。
「おそらくロードスさんはこちらとはぐれてしまい、コキアさんとともに森を徘徊する魔物に出遭うこととなった。そうなれば、事情を知り猟師でもある彼がとる行動はただ一つです」
「魔物を倒すために発砲する」
「それが当然の流れでしょうね」
その流れに皆が安堵したようだが、新たな疑問と不安が頭をもたげてくる。
「それならロードスはどこへ行った」囲みの後列から声が響いた。
「コキアもだ」
「今どこにいる。魔人はいなくなったはずだぞ」
男たちが口々に問いを投げかける。
「それは……」
「まさか……」
何人もの男が一つの説に行き着いたようだが、それを口に出すにはあまりに重く喉の奥から上がっては来なかった。




