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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第9話

 ホワイト達が食堂での宴を済ませ、地下へと降りたのは夜中になってのことだった。彼女たちは夜も更けてから堆く積もった過去の書類の山の整理に入っていったが、当然のごとくノードの住人たちの大半はもう寝床に入っていた。

 シズクも夫のシンと共に一度は眠りについたが、彼女は夜中に目を覚ました。シンと共に床につきはしたが眠ってなどいなかった気がする。ずっと薄いまどろみの中を漂っていただけだ。今はそれも完全に晴れてしまった。

 原因は例の獣だ。

 獣は牛泥棒が化けた偽物であることが判明し、全頭ではないとしてもいくらかの牛は持ち主へと戻り事件は一応の解決をみた。捜索に関わった男たちの多くはこれをもって騒ぎの終結としたいようだ。捜索から戻ったシンにそう聞かされ、彼もそれで折り合いをつけた様子だ。後は警備隊に任せればよい。彼がどう思っているかはともかくとして彼女としてはどうにも釈然としない。

 まだ、何も解決はしていない。それが彼女の思いだ。

 牛泥棒は姿をくらまし、魔人の塚は無残に荒らされていたことが同行した帝都の人たちによって確認された。それを聞いて落ち着いていられるものか。シズクの不安は牛泥棒より魔人の塚にある。塚が暴かれた時期は定かではないらしい。暴かれてから時間が経っているのなら害はないかもしれない。村にこれといった被害が見られないためだ。しかしながら、念のためしばらくは経過観察が必要だろうというのがあの人たちの見解らしい。

 だが、男たちは「時間が経っているなら害はない」の部分しか聞いていないようだ。確かにいつまでも捜索に駆り出されるのは面倒だという気持ちはわからないでもない。誰もが本来の仕事を持っている。だから、いつまでも正体不明の獣になど関わってなどいられない。それが本音だろう。

 しかし、獣の目撃者としてシズクは塚が暴かれていたと聞いては落ち着いてはいられない。

自分が目にしたのが偽物、雑な着ぐるみによる変装などとはどうしても信じられないのだ。あれが牛泥棒の変装ではなく本物だったとしたらどうするのか。

 これらの思いが床の中で浮かんでは消えてを繰り返し、満足に眠りにつくことができなくなり、シズクはついに一人寝床から起き上がった。シンを起こさぬように寝台から抜け出し、寝室を出た。

 足音を潜め、音を出さぬように居間の扉を開けて中に入った。ランプの灯火もなく、暖炉も消されている居間は窓から入る月光のみで静まり返っている。

 シズクは薄闇の中をすり足で歩き、二人掛けの椅子に腰を降ろした。前に置かれたテーブルで頬杖をつく。何もない壁をぼんやりと見つめ、次に背もたれに身を任せ、天井を見上げる。どれくらい経ったかはわからないが、それを繰り返しているうちにようやく眠気がもよおしてきた。

「ふぅ……」やっとのことだ。シズクは軽くため息をついた。

 ややあって大きな欠伸もでた。顎が外れんばかりに大口を開くが闇の中でのことだ、誰が見ているわけでもない。

 不意に何かの悲鳴が耳に入った。それに続き荒く地を駆ける蹄の音が聞こえた。慌てて口を閉めたために口の中を嚙みそうになる。

「何っ?」シズクを包みかけていた睡魔が消し飛び、意識が鮮明になる。

 シズクは急いで椅子から立ち上がり窓辺に駆け寄った。窓際に貼りつき、窓の外に目をやると家のすぐそばを走り去り遠ざかる茶色い巨体が目についた。外に放している牛に違いない。それに続いて何頭もの牛たちが猛然と窓辺を走り過ぎていく。何者かに追いかけられてるのか。シズクは窓の外にそれらしき姿を追ったが見つけ出すことはできなかった。本当にもう寝ているような余裕はなくなった。何か一大事が起きているのかも知れない。

 シンに知らせなければいけない。シズクは寝室に向かい駆け出していった。


「昨夜何かが出た……というのだな」

「えぇ、もっとも今回は本人もそれを直接目にしたわけではないようですが……」

 昼前のことだ、ノードにいたヴィセラがホワイトに面会を求め楽園へとやってきた。ウィーチャーズも同席を求められ顔を出しているが、前夜の酒と寝不足の影響か少し思考は混沌としすぐれないようだ。ヴィセラにも少なからずその傾向がみられるが、こちらは少し事情が違っている。

 朝一番に叩き起こされ乱暴に断ち切られた鹿の首を眼前に突きつけられては無理もない気もする。

「シズクさんが騒ぎを目にしたのは昨夜の夜中のことだったそうです。眠れず居間で座っていたところ、外を切羽詰まった様子で走り去っていく牛たちを目にしました。それで大急ぎで夫のシンさんを起こして何が起きているのか確かめるため外に出ようと話しました。それについては何がいるかわからない闇の中を動くのは危険という理由でシンさんに止められ、準備を整え明るくなってから外へ出たそうです……」

 再びヴィセラの脳裏にシズクたちが村の仮住まいに押しかけてきた記憶が蘇り、言葉が詰まる。

「お前も気を落ち着けろ。目の前の茶を飲むといい」

「はい」

「アイリーンが入れた鎮静効果があるといわれる茶だ」

 その効果は定かではないが、鼻をすぅっと抜ける香気はそれらしき味わいを感じさせる。

「ありがとうございます」

 朝起きてすぐに鹿の生首を提げた夫婦に叩き起こされ、それを目の前に突きつけられてはそれが記憶がこびりついても仕方がないだろう。ノードの住民ならともかく、ヴィセラは長く街に住み、きれいに切り分けられた肉しか目にしたことがないのだ。

「シンさんの判断は妥当だろうね。夜動ける者に対して夜目の利かぬ人はひどく不利となる」とウィーチャーズ。

 話し合いの場はいつもと同じ使用人たちの食堂だ。窓はないが厨房は近いため、飲み物などならすぐに用意ができる。

「彼らは外に出てすぐに放している牛たちの確認を始めました。そちらはすでに落ち着きを取り戻し、無事の確認もとれたようなのですが、草地のはずれで見つけたのが……」

「鹿の生首か……」

「はい」

 これを見つけたシズクたちはすぐに動き出した。ノードではシズクがシンを引き連れ、生首片手に捜索隊の主だった面々の元を訪問しているとみられる。ヴィセラも現在の状況をふまえ、こちらにも話が回ってくるだろうと考え、先手を打って知らせにやってきたわけだ。

「それは災難だったな」とウィーチャーズ。「だが、よく知らせてくれた。素直に助かったといっていいのかは少し複雑だが……」

「助かったのは間違いないだろう。このような事実は早めに知るに越したことはない」ホワイトはウィーチャーズに目をやった。

「それはそうだ」軽く息をつく。

「何か心当たりがあるのですか」

 ヴィセラは人の意識を読めないながらもホワイトとウィーチャーズのやり取りに含みを感じ取ったようだ。

「あぁ……ヴィセラ、お前も以前の魔人を封じたのは楽園の術師だったという話は聞いていただろう」

「えぇ……」

「塚にあった碑文によりそれは確かめられた。あの塚に魔人を封じたのはわたしのかつての従者を筆頭とした一団であることがわかった。当時の出来事を記した行動録も地下で保存され、このウィーチャーズと共に目を通しもした」

 ウィーチャーズが同意を示し、無言で頷く。

「それについてわたしが知らなかったのは、それがなされた時にはわたしはこの地にはいなかった。東の砂漠の地下深くでアイリーン共々深い眠りに落ちていた頃だ。それでも彼女たちはこの地を守り過ごしていたようだ……」

 ウィーチャーズの視線がナイフのように意識に食い込むのを感じた。

「悪い、思い出話をしている場合ではなかったな。行動録には二百年前の出来事が仔細に書き込まれていた。それによると、魔人の出自やノードに現れた経緯までは定かにできなかったようだが、その形態などはしっかりと掴んでいた。魔 ホワイト達が食堂での宴を済ませ、地下へと降りたのは夜中になってのことだった。彼女たちは夜も更けてから堆く積もった過去の書類の山の整理に入っていったが、当然のごとくノードの住人たちの大半はもう寝床に入っていた。

 シズクも夫のシンと共に一度は眠りについたが、彼女は夜中に目を覚ました。シンと共に床につきはしたが眠ってなどいなかった気がする。ずっと薄いまどろみの中を漂っていただけだ。今はそれも完全に晴れてしまった。

 原因は例の獣だ。

 獣は牛泥棒が化けた偽物であることが判明し、全頭ではないとしてもいくらかの牛は持ち主へと戻り事件は一応の解決をみた。捜索に関わった男たちの多くはこれをもって騒ぎの終結としたいようだ。捜索から戻ったシンにそう聞かされ、彼もそれで折り合いをつけた様子だ。後は警備隊に任せればよい。彼がどう思っているかはともかくとして彼女としてはどうにも釈然としない。

 まだ、何も解決はしていない。それが彼女の思いだ。

 牛泥棒は姿をくらまし、魔人の塚は無残に荒らされていたことが同行した帝都の人たちによって確認された。それを聞いて落ち着いていられるものか。シズクの不安は牛泥棒より魔人の塚にある。塚が暴かれた時期は定かではないらしい。暴かれてから時間が経っているのなら害はないかもしれない。村にこれといった被害が見られないためだ。しかしながら、念のためしばらくは経過観察が必要だろうというのがあの人たちの見解らしい。

 だが、男たちは「時間が経っているなら害はない」の部分しか聞いていないようだ。確かにいつまでも捜索に駆り出されるのは面倒だという気持ちはわからないでもない。誰もが本来の仕事を持っている。だから、いつまでも正体不明の獣になど関わってなどいられない。それが本音だろう。

 しかし、獣の目撃者としてシズクは塚が暴かれていたと聞いては落ち着いてはいられない。

自分が目にしたのが偽物、雑な着ぐるみによる変装などとはどうしても信じられないのだ。あれが牛泥棒の変装ではなく本物だったとしたらどうするのか。

 これらの思いが床の中で浮かんでは消えてを繰り返し、満足に眠りにつくことができなくなり、シズクはついに一人寝床から起き上がった。シンを起こさぬように寝台から抜け出し、寝室を出た。

 足音を潜め、音を出さぬように居間の扉を開けて中に入った。ランプの灯火もなく、暖炉も消されている居間は窓から入る月光のみで静まり返っている。

 シズクは薄闇の中をすり足で歩き、二人掛けの椅子に腰を降ろした。前に置かれたテーブルで頬杖をつく。何もない壁をぼんやりと見つめ、次に背もたれに身を任せ、天井を見上げる。どれくらい経ったかはわからないが、それを繰り返しているうちにようやく眠気がもよおしてきた。

「ふぅ……」やっとのことだ。シズクは軽くため息をついた。

 ややあって大きな欠伸もでた。顎が外れんばかりに大口を開くが闇の中でのことだ、誰が見ているわけでもない。

 不意に何かの悲鳴が耳に入った。それに続き荒く地を駆ける蹄の音が聞こえた。慌てて口を閉めたために口の中を嚙みそうになる。

「何っ?」シズクを包みかけていた睡魔が消し飛び、意識が鮮明になる。

 シズクは急いで椅子から立ち上がり窓辺に駆け寄った。窓際に貼りつき、窓の外に目をやると家のすぐそばを走り去り遠ざかる茶色い巨体が目についた。外に放している牛に違いない。それに続いて何頭もの牛たちが猛然と窓辺を走り過ぎていく。何者かに追いかけられてるのか。シズクは窓の外にそれらしき姿を追ったが見つけ出すことはできなかった。本当にもう寝ているような余裕はなくなった。何か一大事が起きているのかも知れない。

 シンに知らせなければいけない。シズクは寝室に向かい駆け出していった。


「昨夜何かが出た……というのだな」

「えぇ、もっとも今回は本人もそれを直接目にしたわけではないようですが……」

 昼前のことだ、ノードにいたヴィセラがホワイトに面会を求め楽園へとやってきた。ウィーチャーズも同席を求められ顔を出しているが、前夜の酒と寝不足の影響か少し思考は混沌としすぐれないようだ。ヴィセラにも少なからずその傾向がみられるが、こちらは少し事情が違っている。

 朝一番に叩き起こされ乱暴に断ち切られた鹿の首を眼前に突きつけられては無理もない気もする。

「シズクさんが騒ぎを目にしたのは昨夜の夜中のことだったそうです。眠れず居間で座っていたところ、外を切羽詰まった様子で走り去っていく牛たちを目にしました。それで大急ぎで夫のシンさんを起こして何が起きているのか確かめるため外に出ようと話しました。それについては何がいるかわからない闇の中を動くのは危険という理由でシンさんに止められ、準備を整え明るくなってから外へ出たそうです……」

 再びヴィセラの脳裏にシズクたちが村の仮住まいに押しかけてきた記憶が蘇り、言葉が詰まる。

「お前も気を落ち着けろ。目の前の茶を飲むといい」

「はい」

「アイリーンが入れた鎮静効果があるといわれる茶だ」

 その効果は定かではないが、鼻をすぅっと抜ける香気はそれらしき味わいを感じさせる。

「ありがとうございます」

 朝起きてすぐに鹿の生首を提げた夫婦に叩き起こされ、それを目の前に突きつけられてはそれが記憶がこびりついても仕方がないだろう。ノードの住民ならともかく、ヴィセラは長く街に住み、きれいに切り分けられた肉しか目にしたことがないのだ。

「シンさんの判断は妥当だろうね。夜動ける者に対して夜目の利かぬ人はひどく不利となる」とウィーチャーズ。

 話し合いの場はいつもと同じ使用人たちの食堂だ。窓はないが厨房は近いため、飲み物などならすぐに用意ができる。

「彼らは外に出てすぐに放している牛たちの確認を始めました。そちらはすでに落ち着きを取り戻し、無事の確認もとれたようなのですが、草地のはずれで見つけたのが……」

「鹿の生首か……」

「はい」

 これを見つけたシズクたちはすぐに動き出した。ノードではシズクがシンを引き連れ、生首片手に捜索隊の主だった面々の元を訪問しているとみられる。ヴィセラも現在の状況をふまえ、こちらにも話が回ってくるだろうと考え、先手を打って知らせにやってきたわけだ。

「それは災難だったな」とウィーチャーズ。「だが、よく知らせてくれた。素直に助かったといっていいのかは少し複雑だが……」

「助かったのは間違いないだろう。このような事実は早めに知るに越したことはない」ホワイトはウィーチャーズに目をやった。

「それはそうだ」軽く息をつく。

「何か心当たりがあるのですか」

 ヴィセラは人の意識を読めないながらもホワイトとウィーチャーズのやり取りに含みを感じ取ったようだ。

「あぁ……ヴィセラ、お前も以前の魔人を封じたのは楽園の術師だったという話は聞いていただろう」

「えぇ……」

「塚にあった碑文によりそれは確かめられた。あの塚に魔人を封じたのはわたしのかつての従者を筆頭とした一団であることがわかった。当時の出来事を記した行動録も地下で保存され、このウィーチャーズと共に目を通しもした」

 ウィーチャーズが同意を示し、無言で頷く。

「それについてわたしが知らなかったのは、それがなされた時にはわたしはこの地にはいなかった。東の砂漠の地下深くでアイリーン共々深い眠りに落ちていた頃だ。それでも彼女たちはこの地を守り過ごしていたようだ……」

 ウィーチャーズの視線がナイフのように意識に食い込むのを感じた。

「悪い、思い出話をしている場合ではなかったな。行動録には二百年前の出来事が仔細に書き込まれていた。それによると、魔人の出自やノードに現れた経緯までは定かにできなかったようだが、その形態などはしっかりと掴んでいた。魔人の正体は精霊の一種と思われる」

「精霊ですか」

「そう見てよいだろう。行動様式としてはその精霊は単体で動き回る能力は乏しく、近寄ってきた生き物に飛び移る程度と思われる。だが、乗り物となる生き物の種類は問わない。ネズミなどの小動物から狼などの獣、もちろん人もその範疇に入るだろう。そして、入り込んだ際にその宿主の体を変異させるこの点は他の精霊と変わらないといえる。その姿については例の魔人の描写が実に的を得ていたようだ。背の高く茶色の長い毛に覆われた獣だ。ある程度は宿主の体系に依存するはずだが、人がとらわれた場合はそのような姿になると見てよいだろう」

「まさか、目撃例の中に本物が混じっていたってことは……」とヴィセラ。

「その懸念が現実となったのかもしれん」とホワイト。「今までは偶然痕跡が発見されなかっただけなのかもしれない。それが今回ようやく明るみに出た……」

「痕跡とは……」そう口に出したが、ヴィセラはもう察しがついているようだ。答えを恐れ、軽く身を引いている。

「そう、察し通り生首だ」ホワイトの回答にヴィセラは息をのんだ。「魔人は犠牲者の首を現場に残していく。今まではそのようなことはなかったようだがな」

「森で動物の死骸が見つかることは珍しいことではありません。熊など捕食者も潜んでいますから、稀にそれが人であることもありました。ですが、頭だけというのはめずらしく初めてとのことです。大抵は体の柔らかい部位を食われた状態か、すでに骨だけとなっている場合が多いようです。それでシズクさん夫婦はただ事ではないと感じたようで……」

「それで不安を感じ、方々に声を掛けて回っているのだな」

「はい、そう思われます。これはやはり魔人の仕業でしょうか。魔人は何者でしょうか?」

「二百年前はその素性はわからずじまいだったようだが、元は人だったことは確かなようだ。今回も同様だろうとわたしは見ている。まず候補に挙がるのは塚を暴いた者たちだ。塚の周囲には多くの足跡が残されていた。どういう意図があったか、おそらく何か宝が隠されていると思い違いをしていたのだろう。仲間で協力し塚を暴いた。そして、精霊を封じた容器を取り出し破壊した。現れた精霊に一人が囚われ、残された者は……」

「その場から逃げ出したか。森の奥深くで首だけになって転がっているかもしれないな」ウィーチャーズが溜息交じりに呟いた。

「もうすでにそれさえも獣たちに食いつくされ骨もばらばらになっているかもしれないが……」

「それを避けるためにも再度の捜索が必要かな」

人の正体は精霊の一種と思われる」

「精霊ですか」

「そう見てよいだろう。行動様式としてはその精霊は単体で動き回る能力は乏しく、近寄ってきた生き物に飛び移る程度と思われる。だが、乗り物となる生き物の種類は問わない。ネズミなどの小動物から狼などの獣、もちろん人もその範疇に入るだろう。そして、入り込んだ際にその宿主の体を変異させるこの点は他の精霊と変わらないといえる。その姿については例の魔人の描写が実に的を得ていたようだ。背の高く茶色の長い毛に覆われた獣だ。ある程度は宿主の体系に依存するはずだが、人がとらわれた場合はそのような姿になると見てよいだろう」

「まさか、目撃例の中に本物が混じっていたってことは……」とヴィセラ。

「その懸念が現実となったのかもしれん」とホワイト。「今までは偶然痕跡が発見されなかっただけなのかもしれない。それが今回ようやく明るみに出た……」

「痕跡とは……」そう口に出したが、ヴィセラはもう察しがついているようだ。答えを恐れ、軽く身を引いている。

「そう、察し通り生首だ」ホワイトの回答にヴィセラは息をのんだ。「魔人は犠牲者の首を現場に残していく。今まではそのようなことはなかったようだがな」

「森で動物の死骸が見つかることは珍しいことではありません。熊など捕食者も潜んでいますから、稀にそれが人であることもありました。ですが、頭だけというのはめずらしく初めてとのことです。大抵は体の柔らかい部位を食われた状態か、すでに骨だけとなっている場合が多いようです。それでシズクさん夫婦はただ事ではないと感じたようで……」

「それで不安を感じ、方々に声を掛けて回っているのだな」

「はい、そう思われます。これはやはり魔人の仕業でしょうか。魔人は何者でしょうか?」

「二百年前はその素性はわからずじまいだったようだが、元は人だったことは確かなようだ。今回も同様だろうとわたしは見ている。まず候補に挙がるのは塚を暴いた者たちだ。塚の周囲には多くの足跡が残されていた。どういう意図があったか、おそらく何か宝が隠されていると思い違いをしていたのだろう。仲間で協力し塚を暴いた。そして、精霊を封じた容器を取り出し破壊した。現れた精霊に一人が囚われ、残された者は……」

「その場から逃げ出したか。森の奥深くで首だけになって転がっているかもしれないな」ウィーチャーズが溜息交じりに呟いた。

「もうすでにそれさえも獣たちに食いつくされ骨もばらばらになっているかもしれないが……」

「それを避けるためにも再度の捜索が必要かな」


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