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吸血鬼の地味な日常  作者: 護道綾女


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第8話

 荒らされた魔人の塚には既に何も残っておらず、それが有していた力も感じ取れなかった。これでは何の手がかりも得ることはできない。

「少し辺りを探ってみよう」ウィッチャーズは僅かな望みを託し、ホワイトとシクラに協力を求めてきた。

 暴かれた塚の下に掘られた穴の大きさから見て、そこに収められていたのは一抱えもない壺程度と見られる。封じられていたのは魔人そのものではなく、魔人の核、もしくは中核をなす精霊を封じた容器だろうとウィーチャーズは考えた。それが無事なら再封印も可能なのだが。

「これは何ですか……」

 ウィーチャーズから説明を受け、三人で周辺の下草を慎重に掻き分けている最中にシクラが何かを探し当てた。

「手は触れないでください。そのままに」ウィーチャーズの言葉にシクラは拾い上げようと伸ばした手を引いた。

「すぐそちらに行きます」

 離れた位置にいたウィーチャーズはすぐにシクラの傍に駆けつけた。そして、シクラが指差す先の下草を手で退けた。下草の根元に転がっていたのは乾いた土にまみれた壺の残骸だった。蓋は原型を留めているが本体は強い力を受けばらばらに粉砕されている。そこに貼られていた護符は蓋に残ってはいるが既に効果は失っている。二百年ほど経っているからのだから無理もない。何事においても永遠はない。どんな封印も放置すれば時間経過によって劣化していく。だが、人の寿命はそれに対して短く、百年もしないうちに当事者は姿を消し、その記憶は失われてしまう。どこでも起こりうる事態といえる。この塚は伝承による恐怖によってようやく保たれていたのだろう。

「塚が暴かれたのはいつの事だと思われますか」とシクラ。

「その判断はつかない」ウィーチャーズは短い息をついた。

「暴かれてしばらく経つのかもしれない。その場合は封じられていた存在はこの地を離れたか、元いた世界へ帰還していると考えられる」

 これは極めて楽観的な見方といえる。厄介者が勝手にこの地から出て行ったというに等しいからだ。現実はそれほど甘くはない。

「つい最近であれば、それはまだ近くに潜んでいる可能性がある」

 むしろ、ウィーチャーズはこちらの可能性が高いと見ているようだ。

「はぁ……」

「しばらくは異変に備えて用心をしておく必要があるでしょうな」

「わかりました」

 かと言って、普段の見回り警備以外の事ができるわけもない。目立った被害がない状態では帝都の正教会も例の精霊討伐隊も動きはしないだろう。

「ここに封じられていたのは何者なんでしょうか。それがわかれば少しは対策の立てようもあるのですが……」シクラは砕けた壺に目を据えたまま呟いた。

 もっともな話だ。ホワイトは黙ったまま頷いた。

「それについては添えられていた碑文を調べれば何かわかるかもしれん。我らで当たってみる事にしよう。なぁ、ウィーチャーズ殿」

「……望むところだ」ウィーチャーズの口角は上がったが、本心は別のところにある。隠された悪態もホワイトの脳裏に突き刺さってきた。


 ほどなくホワイト達は野営地へと戻り、全員で撤収となった。シクラは帝都へ応援要請のため使いを出したが、それは対外的な気休めに過ぎないとシクラも承知しているようだ。あちらはあちらで忙しい。残念なことだが、要請が受け入れられるのは実際に何かが起こってからの事だろう。そのため、彼にとってホワイト達からの申し出は渡りに船であり、歓迎を持って受け入れられた。

 不満なのは捜索を早々に切り上げ、酒を飲んで一泊した後帝都へ戻るつもりでいたウィーチャーズである。だが、彼も現場を目の当たりにしては後に引けない程度には責任感を持ち合わせたお人好しだった。そのため、帝都へと戻ることはなく事件が落ち着きを見せるまでノードに逗留することを約束した。

「まぁ、これでも飲んでくれ」

「これが例の……」

「そうだ」

 ウィーチャーズは目の前に置かれたカップに注がれた琥珀色の液体を目にして頬を緩めた。ここは楽園の巨大な厨房の隣にある使用人向けの食堂だった部屋だ。伝説の魔導師の住処とあって、いくら期待をしてついてきたが、本来の家具は運び出され、置かれているのは間に合わせのテーブルに椅子、食器までが間に合わせの木製であり、これでは帝都の安酒場と変わらない。

 アイリーンが持ち帰った徳利から琥珀色の液体が注がれて、ウィーチャーズはようやく気を緩めた。そして、それを口に含み喉から胃に落とし、これが待ち兼ねた品であることを悟り満面の笑みを浮かべた。残念に思っているのは、せっかくの逸品が軽く釉が塗られただけの粗末な徳利に入れられている点だ。

「高価なガラス瓶に詰めろというのか。そんなものは意味はない」アイリーンが傍から言葉を投げた。

「確かにそれが相応しい酒だが意味はない。これは持ち帰りのための容器であり、このおかげで皆が酒を楽しむことができるのだ」

「そういうことだ」

 アイリーンに言いたいことは言われてしまったが、これはよい仕組みだ。最初は徳利代も含めて代金を請求されるが、次回からは徳利持ち込みならば酒代だけでよい。

「こちらの料理もどうだ」ホワイトは眼前のテーブルに並ぶ料理を指差した。

「アイリーンに酒と共に人気の料理をいくらか持ち帰らせた。腹に溜まる品も揃えておいた」

「ありがたいね」

 夜中から馬車に揺られて過ごし、到着後は歩き通しだった。目の前に並べられている料理は帝都の酒場と大差はなく、味は少し濃い目だが、使われている肉から慣れない風味を感じているようだ。

「肉は地の物を使っているのだろうな」

 食感の違いはあってもよい刺激になっている。

「地の物、あぁ、ロードスのような男から仕入れているわけか。これもいいさ。帝都じゃ豚か鶏が大半だからな」

「猪に熊、鹿にウサギにイタチなんでもありのようだ」とアイリーン。

「牛にヤギ、ひつじは……売るほどいるだろうに」

「そう、あれは売り物だ。加工して帝都に送ればいい値が付く。端物や臓物は家族で平らげる。よって他の者の腹に入ることは少ない」

「なるほど……」

「注意しろ、その酒も下手に広まれば同じ憂き目にあう」ホワイトは手元のカップを掲げた。

「承知した」

 ウィーチャーズもそれに応じるように手元のカップを掲げ、中身を軽く口にした。

「ところでだ、あそこに封じられたのは何者なんだ。あんた達との関りは本当にあったのか」

「碑文によると……封じたのは本物のアイラ・ホワイトだ。彼女を筆頭とした従者の一団による行いだろう」

「じゃぁ、なぜそれをあんたが知らない」

 ウィーチャーズとしては当然の疑問だろう。ホワイト自身も不思議でならなかった。

「碑文の期日から察してそれはわたしが既に楽園におらなかったからだだろう。それならばアイリーンも楽園から姿を消していたはずだ。知りようもない」

「例の浮遊要塞にまつわる騒ぎで失踪していた当時の話か」

「そのようだ……」

 これはまだ彼女がリズィア・ボーデンだった頃の話である。ホワイトと例の浮遊要塞「空中庭園」との関わりを知っているのは友人であるアクシール・ローズとそのメイドフレア、目覚めた当時彼女を匿ったジョニー・エリオットとごく限られている。ウィーチャーズも要塞のための慰霊祭に呼ばれて真相を知ることとなった。

「塚に添えられた碑文にはここに魔人を封じる程度の文言と代表者としてアイラの名が記されていただけだが、彼女のことだ詳細な記録は残されているはずだ」

「それはどこにある」ウィーチャーズは身を乗り出した。「詳しい事情を知ることができれば、適切な対策の立案のしようもある」

「思いのほか真面目なのだな」

「仕事となればな、ただし報酬はしっかりといただく」

 失職となったのはそれが原因だ。正教会に黙って、氏素性を問わず相談に乗り仕事を引き受けた。世のため、人のため、そして金のためそれが信条の男なのだ。皮肉なことに腕の確かさが評判となりそれが仇ともなった。

「いいだろう。行動録は地下の書庫にまとめてある。それは調べればアイラ達の当時の動きを知ることができる」とホワイト。

「だが、その前に目の前にある料理を平らげることにしよう。まずはそれからのことだ」

「そうしよう」

 ホワイトはウィーチャーズのカップに酒を注いだ。ウィーチャーズは一気に飲み干した。

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